万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

リスク含みの自衛隊海上幕僚長発言ー対中抑止力が低下?

2016年09月27日 15時10分00秒 | 国際政治
米の航行自由作戦に参加せず=武居海上幕僚長
 アメリカを訪問中の自衛隊の武居智久海上幕僚長は、出席したシンポジウムの席で、稲田防衛相が示した南シナ海問題関与強化の方針に対して、始終、消極的な発言であったと報じられております。幕僚長の発言には、幾つかの意味で重大なリスクが潜んでいるように思えます。

 第一のリスクは、シビリアンコントロールが、逆の意味で蔑にされる可能性です。シビリアンコントロールの意義とは、軍部の独断による暴走を抑えるために、民主的に選ばれた政府が、軍部をコントロールするというものです。武居海上幕僚長は、南シナ海への関与については”通常の訓練”と説明し、現状では、アメリカが実施している航行の自由作戦に参加する計画も、単独実施の予定もないと述べています。この発言は、防衛相の方針の否定とも受け取られ、両者の間に方針の不一致が見られます。中国側からしますと、海上自衛隊のトップの消極的な態度は”渡りに船”であり、”日本参加の可能性”という抑止力が効かなくなり、南シナ海における活動を活発化させるリスクがあります。また、実際に何らかの軍事衝突が日中間で発生した場合、政府と自衛隊との間の隙間風が、中国側に利用されるかもしれません。

 第二のリスクは、日中関係改善に関する武居幕僚長の認識です。武居幕僚長は、”数年間行われていない海自と中国海軍の高官交流や艦艇の相互訪問を再開することが、両国の関係改善につながる”とする認識を示し、日中軍部の交流と友好促進に関係改善の効果を期待しています。しかしながら、中国の南シナ海での行動は、たとえ両国が友好関係にあったとしても、国際法を踏みにじり、仲裁判決まで無視する中国の暴挙は、到底、許容はできません。国際法秩序の問題は、中国が、違法行為を停止するまで解決することはないのです。この点、幕僚長の発言は、日中関係が改善されれば、南シナ海での拡張主義的行動が黙認されるとする誤ったメッセージを中国に与えかねません。

 そして、第二のリスクに関連して指摘し得る第三のリスクとは、日本側の無理解です。”彼を知り己を知れば百戦して殆うからず”と述べた『孫子』の兵法によれば、中国の思考や行動パターンに対する理解の欠如は、日本側の敗因となりかねません。即ち、日中交流を深めれば敵対関係が解消すると信じる日本側の甘い姿勢は、日本国を”敵”と定め、対日勝利を唯一の目的として行動する中国にとりましては、表面的な友好を演出し、相手を油断させるチャンスでしかないのです(もっとも、幕僚長が”裏の裏をかいている”可能性も否定できませんが…)。

 以上に述べましたように、武居海上幕僚長の発言には、南シナ海において法の支配を確立すべき重大な時期に、対中抑止力を低下させてしまうリスクがあります。否、これまでの日本国の努力に水を差しかねないのです。常々自衛官の発言を無視するマスコミが、今般の発言に限って積極的に当発言を報じるのも、自衛隊が中国寄りであることをアピールしたい中国側の意向が働いているとも推測されるのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。


にほんブログ村
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする