万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

TPP11による雇用創出効果の誤算-拍車がかかる‘人手不足’

2019年01月04日 13時22分52秒 | 国際政治
 昨年末、2018年12月30日に、日本国が主導したとされるTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)が発効する運びとなりました。2019年は、TPP11の誕生と共に幕開けしたといっても過言ではありません。国境を越えて環太平洋に地域に自由貿易圏が出現したことで、マスメディア等の論調は凡そ期待論で一色です。しかしながら、同経済圏が立脚している比較優位説を含む経済理論には重大な欠落、あるいは、現実との乖離が潜んでいる点を考慮しますと、リスク面にも関心を寄せる必要があるように思えます。

 そこで、本記事では、まずはTPP11期待論が主張する雇用創出効果について考えてみることとします。従来、雇用創出効果は、人々に就業の機会を与えるプラス効果として理解されてきました。特に、戦後、先進国は一貫して高い失業率に苦しめられており、雇用創出は、通商政策のみならず財政政策や産業政策など、あらゆる経済関連の政策において実現すべき課題とされてきたのです。

 こうした雇用創出効果への期待に応えるように、2017年12月12日に開かれた経済財政諮問会議において、日本国政府は、TPP11、並びに、2019年2月1日に発効を予定している日欧経済連携協定(EPA)において、それぞれ、46万人、29万人の雇用創出を見込むとする試算を公表しています。両協定を合わせれば、近い将来、日本国内には新たに75万人の雇用が生まれることとなるのです。仮に、従来の政策評価の基準、即ち、雇用創出=プラスに従えば、TPP11がもたらす雇用創出効果は国民からも歓迎されたことでしょう。

 しかしながら、このプラス評価は、雇用状況の変化によって一転します。特に日本国は、TPP11加盟国の中で唯一深刻な人手不足が指摘されている国です。言い換えますと、たとえTPP11の経済効果として46万人の雇用、あるいは、日欧経済協定を加えて75万人の雇用が増えたとしても、それは日本国の現状の人手不足をさらに加速化させるマイナス効果しかもたらさないのです。それでは、現実に、70万人規模の雇用が増加した場合、日本国政府はどのように対応するのでしょうか。

 TPP11、並びに、日欧経済連携協定では、EUの原則の如き‘人の自由移動’は認められておらず、各国の労働市場は自由化の対象外とされています。このため、これらの協定のメカニズムにビルトインされる形で、労働力の過不足が加盟国間において自動的に調整されるわけではありません(同自律的調整機能がイギリスのEU離脱の原因となっている…)。しかしながら、70万人の新たなる‘人手不足’が既に予定されているとしますと、昨年末の入管法改正で顕著となった、‘移民政策’をめぐる日本国政府の動きは注目されます。入管法改正に際して新設された新たな在留資格では、5年間で最大34万人の外国人労働者の受け入れを上限として設定しておりますが、その他の永住資格や在留資格等を含めますと、政府は、一般の日本国民の支持や同意もなく、日本国の労働市場の開放に踏み切っております。言い換えますと、TPP11や日欧経済連携協定の成立によって生じる‘人手不足’については、これらの協定の枠外における事実上の‘移民’受け入れ政策で対応しようとしていると推測されるのです。

 そして、自由貿易圏の形成とは、国境を越えた競争の激化を意味しますので、労働コストにおいて劣位にある日本国の企業には、国際競争力を高めるために積極的に安価な労働力を求めて外国人を採用する動機が生じます。あるいは、入管法改正で新設された資格では、外国人に対して日本人と同等、もしくは、それ以上の賃金を支払うことを義務付けていますので、既に懸念の声が上がっているように、日本人の所得水準は、加盟国の所得レベルが平準化するまで徐々に低下してゆくことでしょう(先進国の所得水準の低下と新興国の上昇の同時進行による平準化するよりも、新興国のボトムアップによる平準化が望ましい…)。しかも、日本国政府は、日本国内での外国人による起業や外国企業の誘致を推進しておりますので、日本国内でTPP11加盟国の事業者が拠点を設ける場合には、本国出身者を雇用する可能性も高くなります。かくして、日本国は、急激な外国人人口の増加に見舞われ、その対応だけで地域社会が疲弊し、異文化間の摩擦に苦慮するリスクもあります。

 米中貿易戦争の影響が広がる中、TPP11や日欧経済連携協定の発効によって日本国内に新たに76万人の雇用が生まれるかどうかは怪しいところですが、自由貿易協定や経済連携協定を締結した結果、日本国が多民族国家へと変貌し、一般の日本国民が様々な危機や困難に直面するとなりますと、果たしてこの方向性が望ましいのか疑わしくなります。その先に何が待ち構えているのか、人々の日常生活から国際体系に至るまで広範な領域で一方的に変化を迫る移民問題は、今年もまた、日本国のみならず、人類が真剣に考えるべき重大な問題となるように思うのです。

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