万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘空飛ぶ時代’の盲点-安全と景観は大丈夫?

2019年01月28日 16時48分43秒 | 社会
 SF小説などでは必ずと言ってよい程に、読者に未来を感じさせる道具として‘空飛ぶ自動車’が登場してきます。未来人たちは、空飛ぶ自動車を自由に操って、大空を駆け巡っているのです(身体にプロペラを装着させる形態もありますが…)。‘空飛ぶ時代’はもはや夢物語ではなく、ドローンの配送ビジネスへの活用や自動車各社の開発によって既にその時代は目の前に迫っております。こうした近未来テクノロジーに関するニュースは人々を‘わくわく’させる一方で、現実に‘空飛ぶ時代’が訪れるとすれば困ったことも起こりそうなのです。

 陸上の交通では、交通インフラとして道路や線路等が敷設され、交通ルールも法規として定められておりますので、自動車や電車等がどこでも自由に走っているわけではありません。このため、交通量のキャパシティーに限界があるためにしばしば渋滞も発生し、目的地に到着するまで相当の時間を要する場合もあります。‘空飛ぶ自動車’やドローンの開発が熱心に進められてきた理由の一つも、陸上交通の限界を越えて、人々により快適な移動手段を提供することあるのですが、陸から空へと移動空間が変化したとしても、交通に伴う問題が解決されるとも思えないのです。

 既存の航空輸送にあっても、管制システムの下で厳格な運用が行われており、操縦桿を握るパイロットが飛行機を自由に操っているわけではありません。今日では、むしろ航空機自体に自動操縦装置が組み込まれており、パイロットが自ら操縦する場面は限られています。‘空飛ぶ自動車’が登場したとすれば、それは、‘自動車’なのか、‘航空機’なのか、という分類の問題がまず発生します。前者であれば、陸上の交通法規に従わなければならないのですが、道路を走っているわけではありませんのでこれは非現実的です。一方、後者に分類すれば、今度は航空法に基づいて飛行する義務が生じ、運転者の自由度は著しく低下します。道路がいわば滑走路となって離陸する陸空兼用の車体であれば、移動空間の違いによって法規を切り替えることともなりましょう。何れにしましても、現行の法体系では‘空飛ぶ自動車’に対応できないことは確かなようです。

 また、交通法規は、事故防止の役割を果たしています。この点に鑑みますと、‘空飛ぶ自動車’であれ、ドローンであれ、空飛ぶ時代にも何らかの安全対策を要します。仮に、空飛ぶ物体同士が空中衝突を起こしたり、航空機や鳥と接触するような事態が発生した場合、その被害は陸上交通よりも甚大、かつ、広範囲に及ぶかもしれないからです。空から突如として降ってきた搭乗者や物体が陸上を歩く人や建物を直撃すれば、死亡、負傷、火災、家屋の破損といった被害や損害が生じます。さらには、送電線を切断したり、公共施設を破損すれば、経済や社会全体の活動が麻痺してしまう怖れもあるのです。常に頭上から何かが落ちてくるリスクがある状態では、人々は、のんびりと街を歩くことも難しくなりましょう。それとも、陸上であれ、空中であれ、全ての移動手段は完全に自動運転化され、単一の交通管制システムに統合されるのでしょうか。

 加えて、多くの人々が‘空飛ぶ自動車’で移動し、配送手段として大量のドローンが飛び交う時代に生きる人々は、必ずしも心地よい景観の中で暮らす住民になれるとは限りません。窓を開ければ、自然界の鳥や虫よりも大型の自動車やドローンが高速で目の前を通過してゆき、雲霞の如く群をなして飛ぶ物体で視界が遮られてしまうからです。透けるような青い空に白い帯を描きながら消えゆく飛行機雲を懐かしむ人は、もはや、この時代にはいなくなっているかもしれません(あるいは、航空機と同程度の高度を飛行すれば視界を確保できますが、それでも離発着の際には視界に入る…)。果たして、人類は、劣悪となった景観に耐えうるのでしょうか。

 ‘空飛ぶテクノロジー’は人々に夢を与えますし、それ自体は、人類が到達した先端的な技術レベルとして評価することができます。その一方で、それが一般に普及する前に、社会や人々に与え得るリスクを正確に把握し、法整備を含めた安全や景観等に対する十分な対策を講じておく必要があるように思えます。企業等も同分野の研究開発に多額の投資を行っていますが、それが人類により快適な空間をもたらさず、人々から危険視されてしまう場合には、たとえ人類の‘夢’を叶えるための巨額投資であっても無駄になってしまう可能性も無きにしもあらずではないかと思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする