万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国暗黒大陸への予感―外国人入国者への規制強化

2020年03月16日 13時37分58秒 | 国際政治

 習近平国家主席の3月10日の武漢訪問は、全世界に向けた最後の仕上げとしての‘中国安全アピール’でもあったのかもしれません。今では立場が逆転し、‘疫病を克服した偉大な国家’を自認する中国は、海外からの入国者に対して二週間の待機措置を課しています。しかしながら、外国人入国者への規制強化は、防疫のみが目的ではないように思えます。

 仮に中国政府にもう一つの目的があるとすれば、それは、情報遮断であるのかもしれません。新型コロナウイルスが爆発的な感染を起こした理由は、早ければ11月の時点で最初の感染情報を得ていながら当局がこの事実を公表せず、隠蔽してきたところにあります。その後も国家ぐるみでの情報隠蔽がなされ、全人類を恐怖に陥れる今日の事態に至りました。このため、一党独裁体制の病理とも言える情報隠蔽体質に対する批判は高まるばかりなのですが、この外部からの批判、おそらく中国の耳に届くことはないように思えます。何故ならば、中国政府が隠したいことの数は、以前よりも増えている可能性が高いからです。

 そもそも、武漢における惨事や中国の現状については情報が極めて乏しく、情報隠蔽と情報操作を常としてきた中国政府発表の情報は信用することができません。また、感染者数や死亡者数すら怪しく(武漢上空の亜硫酸ガスの濃度から推定するしかない?)、真偽の混ざった様々な情報が交差しています。すなわち、中国国内で起きている出来事について、外部の人々は知るすべがないのです。例えば、今般の有毒ウイルスの流出元と目されている武漢のウイルス研究所についても、証拠隠滅のための爆破説が流される一方で、それを‘デマ’として打ち消すカウンター情報も流布されています。封鎖が解除され、外国人であっても現地を訪れることができさえすれば、同ウイルス研究所の如何は一目瞭然であり、情報の真偽は直ぐにでも判別できるはずなのです。もっとも、武漢は未だに封鎖は解かれていませんので、現時点では無理なのでしょうが、共産党幹部やその家族の感染情報もある首都北京や上海でも、当局が隠したい場所や事実は数多くあることでしょう。実際の被害の大きさを、外部者の誰も知ることができないという点において、新型コロナウイルス事件は、天安門事件をも彷彿とさせます。

情報公開が体制崩壊と同義となり得る中国共産党にとりましては、外国人が自国の情報を自由に入手し得る状況は悪夢なはずです。とりわけグローバル化が進展した今日では、中国から外部に発信された情報はネットや在外中国人等を介して中国国内に逆流してきます。こうした情報によって中国国民による政府批判が高まることが予想されるとなりますと、たとえ新型コロナウイルス禍が終息したとしても、中国政府が、メディアのみならず、如何なる外国人に対しても自由な取材や情報発信を許すとは思えないのです。

こうした中国の情報隠蔽願望を考慮しますと、今後にあって、新型コロナウイルス対策を口実とした外国人ジャーナリストなどに対する‘締め付け’強化も大いにあり得ます。あるいは、今般の2週間の待機期間は、中国政府にとりましては外国人に対する‘再教育期間’であるかもしれませんし、この間において、中国国内における情報収集や対外発信に関する何らかの‘指導’が通達されるかもしれません。そして、中国政府によって予め許可あるいはセットされた場所でしか撮影は許されず、発信内容についても検閲が付されるか、あるいは、当局にとりまして都合の悪い内容は削除されることでしょう。

かくして、中国は、改革開放路線以前の状況に逆戻りし、かつてのソ連邦も顔負けの、鉄のカーテンならぬ‘紅いカーテン’で閉じられた暗黒大陸となるのかもしれません。しかもこの‘紅いカーテン’、共産党が創り出した‘仮想現実’を映し出すスクリーンでもあり、ITやAIが行きわたった理想的な未来社会が映し出されているのです。如何なる状況をも自己の都合のように利用するのが中国共産党の行動原則ですので、‘新型コロナウイルス対策’という名の情報統制強化には警戒して然るべきではないかと思うのです。


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中国の罪は‘うつしてやる’感染者と同じでは?

2020年03月15日 13時33分32秒 | 国際政治

 新型コロナウイルスは、今やヨーロッパ諸国において猛威を振るっており、各国政府とも非常事態宣言を発するなど、感染拡大を防ぐべく対応に追われています。一方、震源地でありながら一早くに危機脱出を‘宣言’した中国では、人民日報系の環球時報がヨーロッパ諸国に対して‘反省せよ’と上から目線で訓示を垂れています。‘中国を見習った対応をしないから感染が広がったのだ’と言わんばかりに…。

 中国のこの非常識で傲慢な態度、けんかを売っている、あるいは、挑発しているとしか思えないのですが、自国中心主義の極みである中華思想の‘脳内序列’からしますと当然なのかもしれません。そして、他国の安全や権利を慮らない中国の思考傾向こそ、今般の世界大でのパンデミックを引き起こした最大の原因であったと思うのです。

 国家レベルのみならず、個人レベルにあっても自己中心的な性格の人物は他者を害しがちです。自らの言動が相手に与える不快感や相手に与える侵害性を全く理解も想像もせずに、自らの欲望や心情の赴くままに行動するからです。常に自分自身の損得や自己保身しか考えませんので、相手の立場に立つことがないのです。一般の社会にあっても、こうした人物はサイコパス型として警戒されるのですが、日本国内にあっても、新型コロナウイルスの感染拡大は、利己的な人物の言動がもたらす危険性を知らしめることとなりました。

愛知県の蒲郡市では、陽性反応のために県から自宅待機を要請されていた男性感染者が、‘コロナウイルスをうつしてやる’と暴言を吐いて飲食店を利用したため、同店で働いていた女性が感染者となる事件が発生しています。この事件は多くの人々の怒りを買い、同感染者は世間から凄まじい批判を浴びたのです。おそらく、この行為を個人の自由の範囲として擁護する人は誰一人としていなかったのではないでしょうか。法律の専門家によりますと、刑事上の傷害罪も問われると共に、同容疑者は損害賠償を請求される可能性もあるそうです。また、仮に、感染させた女性が死亡するような事態に至りますと、傷害罪どころか、殺人罪まで問われるかもしれません。実際に、飲食店からの被害届を受けた警察も事件を重く見て、業務妨害の罪で捜査を開始したと報じられています。

同容疑者は、2週間という長い日々を自宅で過ごさなくてはならず、ストレスが溜まっていたのでしょう。鬱積した不満を解消する方法として選んだのが、他者に自らの病気をうつすことであったとしますと、それは、‘むしゃくしゃ’していたから、あるいは、自分一人で死ぬのは嫌であるから他の人を殺すような、利己的で身勝手な無差別殺人犯の動機と変わりはありません。たとえ数パーセントであれ死亡する確率がある新型コロナウイルスの場合、‘うつしてやる’‘と殺してやる’は、殆ど同義となりかねないのです。

同事例を国レベルに置き換えますと、中国は、昨年の段階で、極めて高い有毒性と感染性を有するウイルスが既に武漢において拡散し始めていることを知っていたはずですので、拡散防止を求められた同容疑者と立場は同じです。つまり、この時点で、中国は、自らの国が他国に感染を広げる危険性のある感染者であることを自覚していたはずなのです。それにも拘わらず、中国は、団体旅行客の出国は禁じたものの、自国民の海外への出国を全面的に止める措置をとりませんでした。この行為は、自らが感染者であることを承知し、他者に移す可能性があるリスクを知りながら外出して他者と接触した上記感染者の行動と、‘悪意’という点において変わりはないのです。

他害性のリスクを知っていたか否かによって、罪の深さは違ってきます。知らなかった場合は無罪であっても、知っていた場合は有罪となる他害行為は少なくありません(‘善意’であっても過失致死が問われることも…)。国レベルの場合には、全ての中国人が感染者であるわけではなく、さすがに‘うつしてやる’と広言はしませんでしたが、何らの罪なき無辜の人々が死亡したり、人体に著しい害を与える危険性のある感染病であるだけに、未必の故意は成り立ちます。中国は、目下、新型コロナウイルスの外来説を唱えて国際社会における責任から逃れようと必死ですが、この拡散の罪は、新型コロナウイルスの発生源問題とは無関係であって、責任を問われるべき罪なのです。

中国は、‘ウイルスごときで謝る必要はない’とも言い放っているそうですが、自らの罪深さを自覚しない自己中心に徹したメンタリティーこそ、今般のパンデミックの元凶なのではないでしょうか。危機にあってこそ、その人の真の人となりが現れ、真価が問われるとも申します。国レベルであっても同様であり、新型コロナウイルス禍にあって、中国は自らの国柄、すなわち、共産党一党独裁体制の他国に対する無神経で傲慢な醜悪さを図らずも露わにしてしまったように思えるのです。


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新型コロナウイルス米軍起源説は野生動物起源説の放棄

2020年03月14日 12時34分13秒 | 国際政治

 中国外交部の耿爽報道官は、定例記者会見で新型コロナウイルスは米軍が武漢にもたらしたものだという見方もある」との見解を示したと報じられています。この発言、アメリカのポンペオ国務長官による中国批判に反発してツイートした、同外交部趙立堅副報道局長の主張を下敷きにしております。いよいよ中国は本格的に新型コロナウイルス禍の責任をアメリカに押し付け始めたのですが、米軍起源説は矛盾に満ちています。

 中国の描く理想的なシナリオとは、手段を択ばずに自国内での感染を凡そ終息させた後(もちろん、表向きですが…)、WHOにパンデミックを宣言させ、その責任をアメリカに転嫁するというものなのでしょう。全世界的に感染者が増加すれば、中国としては、医療チームの派遣や不足がちの医薬品を提供することで‘救済者’の立場に自らを置くことができますし、既に膨大な数の感染者データを収集していますので、他国に先駆けて一早く治療薬やワクチンなどを開発すれば、中国系製薬会社が一気に世界市場のシェアを占めるチャンスとなるかもしれません。このシナリオを実現するためにこそ、他国からの糾弾や対中感情の悪化を回避し得る責任転嫁が必要なのです。

 そこで、同ウイルスの感染が武漢から広がったことは誰もが否定し得ない事実ですので、‘感染地’と‘出生地’を分けるという詭弁を思いついたのでしょう。同ウイルスの感染拡大は武漢から始まるものの、それがこの世に出現した場所は武漢ではない、と主張すれば、もはや中国は責任を問われることはない、と考えたのかもしれません。趙立堅副報道局長に先立って、2月末ごろから中国共産党幹部から同様の声が聞こえてきており、既にその兆候は見られました。かくして中国政府の至上命題は武漢と同ウイルスとの分離に定められ、米軍起源説もその一環として理解されます。

 それでは、米軍起源説には信憑性があるのでしょうか。同説の背景となるのは、おそらく、10月18日に武漢で開催された軍事オリンピック(世界軍人運動会)にあるものと推測されます。同オリンピックは4年に一度開催され、今般の武漢大会は中国が初めて開催国となった大会です。全世界の諸国から選りすぐりの軍人達が集まりますので、当然に、米軍チームも参加しています。中国としては、アメリカにおいてインフルエンザが流行していましたので、インフルエンザによる感染者や死亡者の中には新型コロナウイルスによるものが混じっており、同ウイルスに感染していた米軍チームの一員が持ち込んだと主張したかったのかもしれません(むしろ、逆に、軍事オリンピックにおいて、中国軍が米国軍のチームに対して、新型コロナウイルス、もしくは同ウイルスに近いインフルエンザウイルスを密かに使用、あるいは、感染させたため、帰国した米国軍人を通してアメリカにおいて感染拡大が起きた可能性もあるのでは?)。

いずれにいたしましても、中国による米国持ち込み説、自らの公式見解が虚偽であったことを認めざるを得なくなります。何故ならば、新型コロナウイルスの遺伝子を解析した結果、同ウイルスは、RaTG13、すなわち、中国の固有種である雲南菊頭コウモリに寄生するウイルスと塩基配列が96%一致しており、中国政府は、新型コロナウイルスは野生度物を宿主、あるいは、中間宿主とするものと凡そ断定してきたからです(武漢の海鮮市場において取引されている野生動物から感染…)。南北アメリカ大陸の野生動物が起源であったとする説もありましょうが、そうであれば、同大陸で最初に爆発的な感染が起きるはずです。つまり、米軍の感染者が中国原産の野生動物に起源を有するウイルスを持ち込むはずもなく、同説の主張は、結果として公式見解である野生動物起源説を自ら否定しているのです。

おそらく、新型コロナウイルスが人工ウイルスであることは凡そ確定的であるために、何としても、武漢のウイルス研究所からの流出説を打ち消したかったのでしょう(英国で製作された『刑事フォイル』という第二次世界大戦中の英国軍の内部状況を描いたTVドラマでは、細菌兵器の研究所からのウイルスの流出によって、近隣の住民が感染してしまった問題を扱っており、このようなことが絵空事ではない可能性を示唆している…)。実際に、中国で実施された民間世論調査の結果では、同説への支持が最も高いそうです。

そして、中国が米軍持ち込み説を唱えたことは、もう一つの可能性をも浮上させてきます。それは、武漢のウイルス研究所から直接に流出したのではなく、軍事オリンピックの一か月前に当たる9月18日に実施されたとされる人民解放軍による対生物兵器軍事演習との関連です。武漢封鎖に先立って中国政府は人民解放軍を投入しましたが、敢えて演習を実施した背景には、中国政府はバイオセーフティーレベル4の研究所が設置されている武漢でのウイルス流出を予測していた可能性はあります。もしくは、演習にあって‘本物のウイルス’が使用されたとは考えられませんが、何らかの‘演習用ウイルス’が人民解放軍兵士、あるいは、近隣の住民に感染した可能性もないわけではないように思えます(香港紙によれば、最初に感染者が確認されたのは11月17日…)。

その一方で、中国が米軍による外来説を唱えるならば、アメリカの研究所で保管・研究されてきた中国由来の人工ウイルス、あるいは、有毒ウイルスが武漢に持ち込まれことを主張することになります。持ち込みの経路としては、中国によるアメリカの研究機関からのウイルス盗取、もしくは、米軍が故意に散布したかの何れかとなりましょう。既にアメリカやカナダ等からの中国人研究者によるウイルス盗取が報告されていますので、後者よりも前者の可能性の方が高いのでしょう。あるいは、海外から盗み取ったウイルスをさらに強毒化すべく、高度なバイオ技術を駆使した遺伝子操作が加えられたのかもしれません。そして、仮に、後者であった場合には、事態は別次元の段階へと移行します。何故ならば、中国は、アメリカが自国に対して生物兵器を使用したと主張するに等しくなるのですから。

中国網日本語版(チャイナネット)では、「中国側は、これは科学問題であり、科学的で専門的な意見を聞く必要があると終始考えている」としていますが、科学の強調は、中国でさえもはや新型コロナウイルスの出現を自然現象とは捉えていない証左でもあります。中国によるアメリカに対する責任転嫁は、同ウイルスをめぐる様々な自己矛盾や事実を明るみにし、藪蛇となって自らに返ってくるように思えるのです。


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孫氏のマスク100万枚寄付は‘買占め行為’となる?

2020年03月13日 10時29分28秒 | 日本政治

 報道によりますと、ソフトバンク・グループを率いる孫正義氏は、100万人分簡易PCR検査配布計画は撤回したものの、今度は、100万枚のマスクを寄付する方針を発表しました。既に配布用マスクは発注済みとのことですが、この行為、アリババ・グループのジャック・マー氏を真似たのかもしれませんが、よく考えてもみますと、やはり偽善なのではないかと思うのです。

 日本国内で発生したマスク問題は、国内シェアの8割が中国からの輸入品であった上に、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて急激に需要が高まったところにあります。需給バランスの激変がもたらした品不足と価格高騰であり、国民の多くは、未だにマスクを購入できない状況に置かれています。人々がマスクが手に入らずに困っている時に、介護施設並びに開業医に限定されているとはいえ、100万枚ものマスクが大量に提供されるのですから、孫氏は、‘救世主’のように見えるかもしれません。しかしながら、マスク不足の最大の原因は供給不足にありますので、経済のメカニズムからすれば、むしろ状況を悪化させる可能性もないわけではありません。

 供給不足の状況にあって、マスクメーカー、あるいは、卸事業者に一度に100万枚のマスクが発注されれば、市中に出回るマスクの量は減少します。小売りでは、マスクが購入できたとしても一人一パックといった制限が付されておりますが、ソフト・バンクはIT大手の立場を利用できますので、メーカー、あるいは、卸に対して直接に大量注文を出すことができたのでしょう。計画を発表した直後に‘発注完了’とツイートしており、その調達力には驚かされます。折しも、東京都も、事業者と特別の契約を結び、350万枚のマスクを発注したそうです(防御服の5~10万枚は既に中国に送られていますが、東京都にはマスクの備蓄はないのでしょうか…)。このため、両者を合わせて同時期に450万枚のマスクが発注されたこととなります。メーカーは増産で対応するのかもしれませんが、政府の要請もあって、既に工場はフル稼働の状態であったはずですので、市中のマスク不足、並びに、価格上昇に拍車がかかる結果を招く可能性も否定はできないのです。
 
 それでも、寄付先は介護施設や開業医とされていますので、高い感染リスクに晒されている人々が優先されることになり、100万枚のマスクは一般の人々を対象に配布するよりも有効に使われるとする反論もありましょう。フランスでは、マスクは政府の統制下に置かれ、医療機関に優先的に配布される措置が採られましたし、東京都も、上記のマスクは医療機関に重点的に供給するそうです。公的機関がマスク供給を実施する場合には、病院や保健所などとの連携もあり、医療機関等におけるマスクの備蓄状況が把握されていますので、ニーズに応じた公平かつ的確な配布が可能です。しかしながら、孫氏は民間の一個人でしかありませんので、どのようにして配布先を決定するのか疑問なところなのです。

全国すべての介護施設や開業医を対象とすれば100万枚では到底足りませんし、これらのマスク不足データを網羅的に収集することも困難です。申請制とするのかもしれませんが、全国から寄付依頼が殺到した場合、100万枚を以ってしても十分に応えられるとは思えません。となりますと、孫氏の一存や人脈、あるいは、ソフトバンク・グループの経営戦略や利益に沿って提供先が決定される公算が高いということになりましょう。また、東日本大震災に際して打ち上げられた巨額寄付につきましても、実際には公表通りには寄付されていなかったとする説もあり、100万枚のマスクもその行く先は怪しいのです。

IT大手のトップは、常々、災害や貧困など、人々が困窮する状態に陥った時をチャンスと捉えて、哀れな人々に恵みを与える慈善者の顔をして登場してきます。いわば‘恩’を上手に売るのですが、こうした行為が現代という時代に生きる人々の心に響くのかと申しますとそうとも思えません。‘富者は貧者に施しを’的な発想は、時代遅れになっているように思えるからです(偽善であれ‘ポーズ’が大事…)。ITやAIが人類史において未来に向けて先端的な時代を切り開いているように見えながら、その実、それを牽引している人々のメンタリティーは、前近代的な段階に留まっているのではないかと疑うのです。

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危険な‘マスク外交’―美談には裏がある?

2020年03月12日 13時17分28秒 | 国際政治

 武漢で発生した新型コロナウイルスが中国にあって猛威を振るっていた時、日本国政府並びに地方自治体等は大量のマスクを中国に送り、中国国民を支援しました。そして日本国が武漢化のリスクに直面する今日、その際の恩返しの意味を込めて、中国の代表的な企業であるアリババ・グループのトップ、ジャック・マー氏が、日本国の東京都に対して10万枚のマスクを寄贈しています(中国建設銀行も5万枚を寄付)。

マスクをめぐる日中両国間の相互支援は‘マスク外交’とも称され、新型コロナウイルス禍がもたらした日中友好の象徴とする向きもないわけではありません。とりわけ‘マスク外交’を高く評価しているのは中国側であり、レコードチャイナ曰く、中国共産党系の環球時報は、アメリカのシンクタンクであるブルッキングス研究所による分析を紹介したそうです。‘マスク外交’は、短期的であれ、積年の日中間の敵対感情を融解させる効果があったと…。冷戦時代には、中国が得意とする卓球を介して対中融和を促進させる‘ピンポン外交’なるものが存在していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大が全世界的な脅威となっている今日、この役割は、‘マスク外交’に託されているかのようです。

 確かに、‘マスクの恩をマスクで返す’ストーリー自体は、誰もが分かりやすい報恩の美談です。それがライバル同士の過去の恩讐を越えた友情に結び付けば、古今東西を問わず、昔話や小説等、否、‘道徳の教科書’にも登場しそうなストーリーと言えましょう。しかしながら、この芝居がかった‘日中友好物語’は、真の意味での美しいお話なのでしょうか。

中国の善意をも利用する狡猾な世論誘導や見え透いた美辞麗句に騙され続けてきた日本国の側からしますと、ステレオタイプの美談に単純に感動する時代は既に過ぎ去っているようにも思えます。もちろん、素直に受け取る人、あるいは、騙されてしまう人も少なくないことでしょう。しかしながら、少なくとも様々な国や勢力の利益や思惑が渦巻く政治の世界では、こうした美談の出現やその流布は、むしろ警戒すべき対象として認識されています。政治的な美談とは、何らかの意図を以って専門の脚本家によって念入りに作り込まれているケースが多く(自然に起きた出来事を事後的に利用する場合もありますが…)、得てして心理的効果をも計算し尽くした工作活動の一つであるからです。‘美談には裏がある’が常識なのです。

 美談に仕組まれる心理効果とは、相手方の良心が相手の行動を制約するように仕向けることです。つまり、相手方が自らの良心や善意に誠実に従って行動すれば、仕掛けた側の望む方向に自発的に向ってしまうように筋立てを作るのです。そして、仮に仕向けた方向に動かないとすれば、相手方を倫理・道徳的に批判し、‘罰する’口実を得ることもできます。結果として、相手方は自らの良心を満足させることはできるのですが、その結果は、仕組んだ側の思い通りに動かされ、著しい不利益を被ることもあるのです。

 今般の‘マスク外交’の美談も、その先に日中友好の罠が待ち受けているのですが、新型コロナウイルス禍において露呈した中国という国の底知れぬ恐ろしさは、同国が日本国にとりまして危険な隣国であることを示しています。友好を深めるべき国ではなく、仮に、中国の思い通りに日中友好が深化すれば、日本国は、今後とも中国の情報隠蔽や虚偽情報の発信に振り回され、日本国の独立性そのものを侵食されかねない事態に至ることとなりましょう。

 ‘美談には裏がある’と言おうものなら、ひねくれ者、あるいは、親切心をぶち壊す悪しきクラッシャーと見なされるかもしれません。かくして悪役を引き受けなければならないのですが、こと権謀術数に長けた中国が相手方ですので、‘マスク外交’のその先、すなわち、中国の利己的な思惑を読むことは重要です。大勢に反しても危ない時には危ないと言えるのが自由主義国の優れたところですので、ここは、警戒論が登場すべき局面なのではないかと思うのです。

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新型コロナウイルスは本当に抑え込まれたのか?

2020年03月11日 11時42分28秒 | 国際政治

 東日本大震災から9年目の日を迎えた今日、日本国は、再度、深刻な災害に見舞われています。新型コロナウイルス感染症という疫病が、全国レベルで蔓延するリスクに直面しているのです。日本国内では国民の多くが感染防止のためにマスクを着用し、日本国の武漢化を防ごうと懸命に努力していますが、その一方で、震源地となった武漢では、初めて習近平国家主席が姿を現し、「ウイルスは基本的に抑え込んだ」としてウイルスに対する‘勝利’を宣言したと報じられています。

 タイミング的には、2月3日に共産党政治局常務委員会の席で習主席が生産の再開を指示し、同月24日に中国の工業情報化省が自動車産業や電子等の優先的な再開を通達したとされていますので、国家主席の武漢訪問は、中国における生産再開を内外に向けて告げるパフォーマンスであったのかもしれません。武漢市は中国有数の自動車産業の集積地であり、日本国の自動車メーカーである本田技研工業も3月11日から同市での生産を再開するそうです。経済失速によって権力の足元が揺らぐ事態を恐れた習主席は、今の時点で、武漢安全宣言を出しておきたかったのでしょう。

 また、共産党一党独裁体制にあって個人独裁の地位を固めてきた習主席としては、新型コロナウイルスの封じ込めは、自らに対する批判の封じ込めをも意味したはずです。同ウイルスの感染拡大の責任は習主席にあるとされており、武漢市民をはじめ国民の間では同主席、並びに、人災を引き起こした一党独裁体制に対する不満が燻っています。先日、中国国内のネット上に武漢市民が同市当局を批判する動画が削除されることなくアップされたそうですが、武漢市民の不満を察知した主席は、‘武漢市当局によってひどい目に遭っている武漢市民を救うためにやって来た指導者’として登場したかったのかもしれません(狡猾なマッチポンプ?)。

 そして、もう一つの狙いがあるとすれば、一党独裁体制の優位性のアピールです。‘中国は、習主席を指導者とする共産党一党独裁体制であるからこそ、新型コロナウイルスを封じ込めることができた’とする…。日本国内のメディア等でも、中国の強硬な封じ込め政策を評価する見解が散見されますが、あるいは、中国礼賛記事は、一党独裁の方が民主主義体制よりも優れていると人々に認識させるようとする、中国共産党の巧妙な世論誘導なのかもしれません。

 習主席の武漢訪問は、企業活動の再開、国民の不満払拭、及び、体制維持の一石二鳥以上を狙った政治的演出である可能性が高いのですが、肝心の封じ込めについては疑問が残ります。統計的には湖北省以外での新たな感染者の数は海外感染者を含めて二桁台で推移し、メディアの関心も中国以外の諸国での感染拡大に移っています。中国自身の態度も、海外からの逆流への警戒へとシフトしており、日本国からの入国者に対しても2週間の隔離措置がとられるようになりました。しかしながら、ウイルス封じ込めは、‘事実’なのでしょうか。習主席が宣言したように、仮に封じ込めに成功していたならば、武漢市はおろか、より安全であるはずの北京や上海でも新型コロナウイルス発生以前の活気に満ちた都市の光景が戻っているはずなのです。

 新型コロナウイルスの発生以来、中国は、嘘を嘘で塗り固め、情報隠蔽に奔走してきました。感染拡大の最大の原因はこうした中国の悪しき体質にあり、WHOも巻き込む形で他国の人々にまで甚大な被害を与えてきたのです。中国発の情報を信じたばかりに痛い目にあってきたのですから、誰が中国の言葉をそのまま信じるというのでしょうか。それとも、‘オオカミ少年’のように、最後の情報だけは‘事実’なのでしょうか(もっとも、中国の場合には、リスクを過小に装って発信…)。

 実際に、新型コロナウイルスが回復後も体内に潜伏するタイプのウイルスであれば(‘チフス’のメアリの事例がある…)、結核菌の感染者がストレプトマイシンの登場で死の恐怖から解放されたように、同ウイルスを体内で完全に除去・弱毒化する治療方法や治療薬、並びに、長期的に免疫効力が維持されるワクチン等が開発されない限り、現時点での封じ込めは困難です(あるいは、人工ウイルスの作成者である故に、中国は、同ウイルスが潜伏型ではないことを知っている?)。また、新型コロナウイルスの特徴の一つは、潜伏期間も長く、無症状であっても感染力を持つことにありますので、凡そ14億人とされるすべての国民に信頼性の高いウイルス検査を実施しないことには‘封じ込めた’とは言えないはずです(陰性判定後に陽性となるケースも…)。

 以上に述べましたように、中国における‘封じ込め’は極めて怪しく、むしろ今後の中国情勢が気にかかるのですが、習主席独裁体制の元では、現実はどうであれ、表向きは‘封じ込められたこと’にして物事が動いてゆくのでしょう。しかしながら、習主席の‘勝利宣言’によってウイルスからの防御措置が解除されば、‘隠れ感染者’が増大するリスクは高まります。このような事態が予測されるため、多くの中国国民は同宣言を、むしろ暗澹たる気持ちで聞いていたのではないでしょうか。如何なる犠牲を国民に強いても同主席の言葉を‘実現’しようとするならば、やはり、中国は虚飾に満ちた非人道的な国と言わざるを得ないように思えるのです。

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実体経済の再構築に投資を―新型コロナウイルス・ショックへの対応

2020年03月10日 12時39分58秒 | 国際経済

 新型コロナウイルの感染拡大は遂に全世界の株式市場に及び、ニューヨーク証券取引所では、ダウ平均が一日の下げ幅としては過去最高を記録しました。日本国も例外ではなく、日経平均も2万円台を割り込み、世界的な経済減速への不安感が広がっています。新型コロナウイルス・ショックは、全世界規模での株式市場の大暴落という表面的な現象としては、大恐慌やリーマンショックなどの過去に起きた金融危機の発生時と変わりはないのですが、その危機のメカニズムを観察しますと、今般の新型コロナウイルス・ショックには一般の金融危機とは著しく異なる点があるようです。

 第一の違いは、相場下落の原因です。一般の金融危機のケースでは、実体経済と離れた投機的な行動が金融危機を誘発しました。当時、金融機関や個人投資家を含む多くの人々は、値上がり益を期待して株式や金融商品等の買いに殺到していました。市場では所謂バブルが発生していたのであり、このバブル崩壊こそ相場下落の主因なのです(マネーの消失)。買いに走っていた人々が、上昇の限界を予感して売りに転じますと、雪崩を打つように相場の下落が起きたのです。

 一方、新型コロナウイルス・ショックの主たる原因は、中国の武漢に始まる感染症の世界レベルでの拡大です。世界の工場でもあり、かつ、14億の人口を擁する巨大な消費市場でもある中国では、目下、国民に厳しい移動制限や外出制限を課す封鎖が敷かれています。都市部での感染リスクもあって、農村の出稼ぎ労働者は職場に戻らず、工場も稼働停止、あるいは、一部稼働の状態が続いています。今日のグローバル時代にあっては、中国も、完成品のみならず部品等の製造拠点として海外企業のサプライチェーンに組み込まれていますので、生産縮小の影響は同国一国にとどまらず、全世界の企業に深刻な‘供給不足’をもたらすのです(‘供給不足’には、現地日本企業並びに中国企業が生産した完成品、及び、自国での生産に必要な中国製部品等の二つの側面がある…)。しかも、近年では、中国は巨大な消費市場に成長していますので、中国向けに輸出品を製造している、あるいは、現地でビジネスを展開している海外企業にも打撃を与えるのです(‘需要の喪失’)。

 第二の相違点は、連鎖的拡大経路の違いです。一般の金融危機では、金融機関、企業、そして、個人間の貸借関係の破綻が危機を拡大させます。平たく申しますと、‘貸借チェーン’の一部に欠落(債務不履行)が生じると、そこを起点に経営破綻が広がってゆくのです。特に留意すべきは、多角的に複数の貸借関係を構築している金融機関の破綻です。何故ならば、金融機関の破綻は、同心円状に危機が一気に企業から個人に至るまで広範囲に拡大してゆくことを意味するからです。しかも、近年の金融工学の発展とIT化により、危機拡大の速度は一段と速まっています。

 それでは、新型コロナウイルス・ショックの連鎖的拡大経路はどうでしょうか。感染という病理的な意味では、人から人への感染ということになるのでしょうが、経済ショックとしての感染経路はウイルスのものとは違っています。そしてそれは、一般の金融危機とも違っているようなのです。その違いとは、危機拡大の方向性が前者とは逆の点です。上述したように、今般のショックの主因は生産と消費の両面における不足の発生にありますので、実体経済から金融への方向で波及しています。また、集団心理に煽られた特定市場での投機行為を伴いませんので、バブル崩壊時ほどには回収不能、あるいは、不良債権を一気に金融機関が抱え込むこともなく、同機関を中心とした同心円状の危機拡大は発生し難いのです(もっとも、金融機関には株式保有による含み損は生じる…)。

 以上に二点ほど主要な違いを述べてきましたが、この違いは、今般の新型コロナウイルス・ショックに対する対応は、一般の金融危機とは異なる対応となすべきことを示しています。金融発となる後者では、公的資金の投入といった金融機関に対する救済策が主たる手段でしたが、今般のケースでは、実体経済の再構築、あるいは、再生こそが肝要となりましょう。むしろ、実体経済における需要と供給との関係に注目すれば、巨額のマネーが泡と消える金融危機よりも危機脱出は容易であるかもしれません。何故ならば、需給の両面における不足が原因ですので、不足分は補えば解決するからです。

 単純すぎるとする批判もありましょうが、中国からの輸入品の供給不足については、国内生産に切り替える、あるいは、代替輸入先を探すといった方法で対処することができます。それは、グローバルに事業を展開する大手企業にとりましてはサプライチェーンの組み換えとなりましょうし(国内回帰も選択肢に…)、部品や日用品等を製造してきた国内の中小企業にとりましては、失地回復、あるいは、新たなビジネスチャンスともなりましょう。また、中国市場における需要の不足につきましても、新製品や新サービスの開発により国内需要を掘り起こす、または、中国以外の海外市場に販路を求めることで対処し得るかもしれません。そして、金融機関も、株価下落に嘆くよりもこうした企業の経営戦略の見直しにおいてこそ、有望な投資先や財政支援のチャンスを見出すべきなのではないでしょうか(投資判断の基準はSDGsのみではない…)。

 行き過ぎたグローバリズムの歪が顕在化する今日、新型コロナウイルスは人々に禍をもたらしつつも、国内経済とグローバリズムとの関係を再調整し、両者の調和点を探る契機となるかもしれません。そして、今般の一件によって露わとなった一党独裁体制を敷く中国という国の恐ろしさは、たとえ同ウイルス禍が終息したとしても、将来に向けて中国離れの流れを方向づけたにしたのではないかと思うのです。


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緊急事態宣言と民主主義の強化はセットで

2020年03月09日 12時58分32秒 | 日本政治

 新型コロナウイルスの感染拡大は、政府の判断ミスと不手際が重なったこともあり、日本国の防疫体制の脆さを露呈することとなりました。有事に際しての生物兵器の使用もあり得る時代ですので、法整備が急がれるところなのですが、その一つとして進められているのが首相による緊急事態宣言の発令です。

 フランス第五共和国憲法をはじめ、諸外国の憲法を見ますと、大抵の場合、大統領権限の一つとして非常事態宣言の発令権が記されています。憲法に同規定を置かないアメリカでも、1976年に大統領に同権限を付与する国家非常事態法が成立しています。戦争や大規模な自然災害など、全国民の命が危険に晒されるような危機が発生した場合、個々の国民が自由に行動しますと混乱の内に多くの国民が犠牲になりますので、同宣言の発令により、緊急時における一時的措置であれ、私人の基本的自由や権利を一定の範囲で制限する必要があるからです。理屈としてはその通りであり、誰もが納得するところなのですが、私権の制限が不可避となりますので、同宣言を警戒する向きもないわけではありません。国家が国民から基本的な自由や権利を奪う口実に使われるのではないか、という…。

 それでは、日本国の現状はどうでしょうか。日本国は議院内閣制を採用しておりますが、日本国憲法には、首相に対して非常事態宣言の発令を認める条文は置いていません。このため、日本国では、緊急事態が発生したとしても政府は強制力を伴った私権制限的な措置を採ることができず、同宣言の欠如が日本国の存立と国民の生命を危うくすると指摘されてきたのです。こうした状況下にあって、突然に新型コロナウイルスの問題が持ち上がったのですが、指摘されてきた懸念は現実のものとなり、自宅待機を‘要請’された感染者が外出する事態も報告されています。‘ウイルスをうつしてやる’と言い放ってタクシーで家を出て繁華街の飲食店で遊んでいた感染者もいたというのですから驚きです。感染者が意図的に伝染病を他者に感染させた場合には、刑事罰の対象になると共に賠償責任も生じるらしいのですが、それでも、強制力を以って外出を禁じていたならば、感染拡大は防げたはずですし、他者の健康を害することもなかったはずです(うつされた側は怒り心頭に発するはず…)。

感染者数の増加が止まらない状況を受けて最初に緊急事態を宣言したのは、中国からの訪日客も多く、かつ、ビジネスでも関連が強い北海道でした。もっとも、地方自治法には行政の長に緊急事態の発令権は明記されていませんし、同宣言は、県民に対して週末の外出を控えるように呼び掛けたに過ぎません。北海道のケースは協力要請のアピールとして理解されるのですが(鈴木知事が非常事態と緊急事態を区別したのかどうかは不明…)、強制力の欠如が感染拡大を許す現状を重く見た政府は、感染予防の分野に限定する形であれ(新型インフルエンザ等対策措置法)、首相による緊急事態の発令を可能とする法改正に着手したのです。

新型コロナウイルス禍の発生により、日本国では首相の権限強化が図られ、一先ずは、緊急事態に即応し得る体制を整えつつあります。その一方で、不安が残されているとすれば、それは、上述したように、国民の基本的な自由や権利を制限する根拠として利用されてしまうことです。ジョージ・オーウェルの『1984年』でも、世界を分割統治する三大国は結託しながら常に有事の状態を維持しており、それを理由に、国民は政府による徹底した監視体制の元に置かれ、不自由な生活を強いられています。実際に、北朝鮮の体制も、休戦状態にあるとはいえ、朝鮮戦争以来の戦時体制が金一族の世襲による独裁体制を正当化しています。一党独裁国家である中国あっても、新型コロナウイルス対策を根拠として、習政権は、国民監視体制を一層強化しようと狙っているのですから、日本国にあっても、首相の権限拡大に不安を感じる国民も少なくないはずです。

将来的には、首相による非常事態宣言の発令権は防疫の分野に限らず、有事や災害等の緊急事態一般にも拡大するのでしょうが(憲法改正の論点となるかもしれない…)、こうした国民の不安を解消するためには、国民と首相との間の信頼関係をより強固にする必要があるように思えます(加えて、首相には優れた統治能力と判断力、そして、国民に対する強い責任感も求められる…)。過去においても政党間の打算により誕生した内閣や支持率が一桁台でも辞任を拒んだ首相が存在したのですから、少なくとも現状の制度ではこの要件を十分に満たしてはいないのです。

首相権限の拡大と民主主義の強化はセットとして進められるべきであり、そのためには、首相公選制の導入(あるいは大統領制への移行…)、首相リコール性の創設、国会によるチェック機能の強化、非常事態の必要性を公平・中立的な立場から審査する機関の設置、非常事態の長期化を防止するためのイニシアティブの導入などの制度も検討されましょう。これらの他にも様々なアイディアはありましょうが、民主的制度を活用すれば、それは国民の基本的な自由や権利を護る安全装置ともなり得ます。政府の統治機能と個人の自由や権利を調和的に両立させるには、制度的工夫が欠かせないと思うのです。


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新型コロナウイルス禍を機に生物兵器開発の規制強化を

2020年03月08日 12時58分58秒 | 国際政治

 中国の武漢から全世界に拡散した新型コロナウイルスは、中世において人類の人口を激減せしめたペストの如く、今日の人類に死の恐怖をもたらしています。人類滅亡のシナリオさえ脳裏をよぎるのですが、感染性、並びに、有毒性の高いウイルスの出現は、核兵器をも上回る脅威であえることは疑い得ません。

 ‘人類滅亡の危険性’という基準からしますと、核兵器、化学兵器も、そして、生物兵器も変わりはありません。このため、何れに対しても、国際社会は国際法の制定で対処しています。特に核兵器については、近年、核兵器禁止条約の制定に向けた動きがあるものの、一先ずは核拡散防止条約(NPT)に基づいて厳格なチェックシステムが設けられており、各国とも、同条約が義務付けているIAEAによる査察を受け入れています。NPT体制と称されるシステムは、核が平和利用に限定されるよう、国際レベルにおいて核管理機能を果たしているのです。そしてそれ故に、北朝鮮やイランのようにNPTに違反して密かに核兵器を開発・保有しようとする国が現れると、軍事制裁をもオプションとする国際問題に発展するのです。

 その一方で、表舞台で脚光を浴びる核の陰に隠れてか、化学兵器や生物兵器に対する関心は薄く、これらの兵器に対しても国際条約が存在していることさえ、殆ど忘れられています(ウイルスなどの感染性を用いた兵器は、敵のみならず味方にも甚大な被害を齎す可能性があるため、核兵器よりも使用される可能性は低いと認識されていたためか…)。本記事のテーマとなる生物兵器に対しては、1975年3月26日に生物毒素兵器禁止条約が発効しており、その第1条では取得・保有等の禁止が掲げられています(中国も加盟国…)。全面的な禁止に踏み込んでいる点においては、核兵器よりもむしろ徹底していると言えるかもしれません。

しかしながら、今般、新型コロナウイルスの感染拡大によって炙り出されてきたのは、同条約の現実における実効性です。同ウイルスに関する人工ウイルス説は、中国における生物兵器開発の実態を背景としています。否、人工ウイルス説の真偽を別としても、武漢のウイルス研究所においてキメラウイルスを作成する極めて危険な実験が行われていたことは事実です。同研究所には、高レベルの遺伝子工学、特に機能獲得性研究によってウイルス界の‘フランケンシュタイン’を生み出す能力があるのです。

 因みに2月末頃から中国政府が、当初の公式見解であった武漢市の海鮮市場発生地説を覆してまで外来説を持ち出し(野生動物由来説を放棄…)、自国を有害ウイルスが持ち込まれた被害国として振舞おうとしているのも、世界各国の研究機関による遺伝子の塩基配列の解析から新型コロナウイルスが人工ウイルスであることが動かしがたくなったからなのかもしれません。そして、人工ウイルスであるとすれば、全人類は、中国による違法な生物兵器開発の被害者と言うことになるのです。

 断罪される立場にある中国としては、いずれは人工ウイルスであることが‘バレる’のであれば、他者に責任を転嫁した方が得策であり、そのターゲットを、既にインフルエンザが猛威を振るっているアメリカに定めたのかもしれません。もっとも、新型コロナウイルスの塩基配列は、中国固有種である船山コウモリ、雲南キクガシラコウモリ、中国馬蹄コウモリ等を宿主、あるいは、中間宿主するウイルスとの間に高い共通性があり、同じくコウモリ、またはハクビシンを経由したとされるSARSウイルスとも共通する遺伝子情報を含んでいますので(SARSウイルスにも人工ウイルス説がある…)、遺伝子操作が加えられているとはいえ、‘中国原産’であることは確かです。

この種の研究は、冒頭で述べたように人類を滅亡に導きかねない危険性があります。ウイルスとは他の生物の細胞に寄生して内在化されますので、最悪の場合には、回復後も潜伏するHIVのように生涯にわたって免疫システムや内臓、さらには神経系等までを蝕み、寿命を縮めてしまうかもしれないのです。こうした危険性を考慮しますと、生物兵器の研究・開発に対して国際社会は規制強化の方向で臨むべきなのではないでしょうか。もちろん、ウイルス性の伝染病の予防や治療のためにはウイルス研究自体は必要でしょうし、遺伝子工学も、それが人類の健康や農水産物の改良のために有益であるならば、全面的に否定すべき研究でもありません(もっとも、遺伝子組み換え食品を有害と見なす拒否反応はありますが…)。しかしながら、ウイルス研究も核兵器と同様に‘平和的利用’に限定すべきであり、有害性を増幅させるような研究については禁止を徹底すべきように思えます。否、生物毒素兵器にあって全面的に禁止されているからこそ、公的には‘存在していない’と見なされ、野放しになっているかもしれないのです。

NPT体制にあってはIAEAといった査察のための専門機関が設けられていますが、生物兵器についても同様の査察機関を設立するのも一案です(新型コロナウイルスに対する今般のWHOの機能不全からしますと、WHOには何も期待できない)。また、武漢のウイルス研究所は人民解放軍との繋がりも指摘されていますので、軍と研究機関との完全分離の義務化も検討課題となりましょう(もっとも、敵国が生物兵器を使用した場合に備えた、無毒化や弱毒化に関する防御的な研究は必要となるかもしれない…)。また、今日では、ベンチャー企業や民間研究所も手軽に遺伝子工学を活用できる状況にありますので、規制や査察の対象は、人工ウイルスを作成し得る実験室を有する全ての民間組織にも広げる必要もあるかもしれません。何れにしましても、人類を滅亡に導くリスクの高いウイルス研究を止めさせませんと、全人類は、悪意のある国や組織によって滅亡の淵に立たされかねないと思うのです。人類史上最大の大虐殺になるかもしれないのですから。

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何故お米まで品薄になったのか?

2020年03月07日 13時18分58秒 | 日本政治

 中国発の新型コロナウイルス禍は、日本国内では、深刻なモノ不足をもたらし、人々の日常生活にまで支障をきたすようになりました。入手が困難となったモノは、マスクや除菌製品といった感染防止のための商品にとどまらず、紙製品一般にまで及んでいます。その中でいささか奇妙に感じられるのは、お米の不足です。新型コロナウイルスとお米との間には何らの直接的な関係がないように思えるのですが、何故か、品薄になっているというのです。

 多くの人々が、近い将来、自由に買い物に出かけることができなくなる事態を予測し、主食であるお米の備蓄を増やそうとしたのかもしれません。感染者、もしくは、その疑いがあれば、二週間ほどは自宅での閉じこもり生活を強いられますし、あるいは、今後、感染が爆発的な拡大を見せるとすれば、日本国政府も中国と同様に全国民に対して長期的な外出規制を敷く可能性もあるからです。こうした予測に基づいて人々がお米の買い溜めようとしたのであるならば、新型コロナウイルスとの間に接点を見出すことができます。

 その一方で、もう一つの見方があるとすれば、それは、世界規模で懸念されている穀物不足です。日本国内ではそれ程には危機的には報じられておらず、情報量も少ないのですが、ソマリアやエチオピアといったアフリカ諸国では、新型コロナウイルス以上に甚大な被害を与えています(蝗害)。イナゴの大群に襲われますと、襲撃を受けた地の田畑の作物は全てのイナゴに食い尽くされ、一面荒れ地になってしまうのです。穀物の収穫は諦めざるを得ず、イナゴの大群が去った後には、人々がその日の食事にも困る深刻な飢餓が待ち受けています。一時、イナゴの大群がインドに達し、中国に襲来するとする情報も流されていました。また、世界各地での干ばつや酷暑、さらにはオーストラリアで山火事が発生するなど、近年の異常気象による穀物収穫量の減少も懸念材料の一つとなりましょう。

 おそらく、真偽が入り混じった情報に最初に反応したのは、マスクと同様に危機や商機に敏感な中国人であったのかもしれませんが、在日中国人の購買行動につられる形で日本国内でも買占め行動が発生し、日本国民の間でもお米不足に対する漠然とした不安感が広がったのかかもしれません。折しも新型コロナウイルスに対する警戒感からのモノ不足が重なり、国民の買い急ぎ的な消費行動を増幅させたとも考えられるのです。

 こうしたお米の品薄の原因については憶測に過ぎませんが、イナゴの大量発生や異常気象による穀物収穫量の減少は紛れもない現実の脅威ですし、何れにせよ日本国内において一時的であれお米の入手も困難となったのも日本国民の多くが現実にあって経験した事実です。不意を突いたかのようにお米が突然に店頭から消えたことに、多くの国民も驚いたことでしょう。

日本国政府は、新型コロナウイルスの対策に忙殺されていることでしょうが、何故、お米の品薄が発生したのか、人々の情報への反応や消費者心理を含め、分析を急ぐべきです。そして、これを機に、日本国政府は穀物事情に関する内外の情報収集に努め、今後、コメ不足や米価の高騰が起きないように予め準備を進めておくべきように思えます。その際には、2011年8月8日に復活したコメ取引にも注意を払うべきかもしれません。現在、東京穀物商品取引所にてコメの先物取引が行われていますが、価格上昇を期待した内外からの投機的な資金の流入もあり得るからです(新型コロナウイルス・ショックにより証券市場から商品市場へと資金が移動する可能性も…)。

新型コロナウイルス禍はパンドラの箱を開けたかのようであり、日本国の予想外に脆弱な食糧・生活必需品供給システム、一部の人々による利益目的の悪質な買占め、農産物輸出促進の農政、並びに、予測される穀物不足など、様々な問題等も、人々の目の前に現れるようになりました。感染拡大の防止については後手後手の対応が批判を浴びましたが、日本国政府は、新型コロナウイルス問題から派生的に生じる様々な危機に対して先手先手で手を打ち、汚名を返上すべきではないかと思うのです。

*大阪堂島取引所と誤って表記していたため、2024年10月3日に訂正いたしました。記事に誤りがあり、大変申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。
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新型コロナウイルスショックによる買いだめは合理的行動では?

2020年03月06日 13時31分03秒 | 国際政治

 新型コロナウイルスの感染拡大は、人々の消費行動にも多大な影響を与えています。最初に起きた現象は深刻なマスク不足であり、店頭からあっという間に商品が消えてしまいました。次いで、感染予防とは触接には関係のないトイレットペーパー等の紙製品にも飛び火し、国民の多くが入手困難な状況に置かれることとなったのです。

 今なお続く消費者の買いだめ行動に対しては、新型コロナウイルスショックによって集団心理が煽られたパニックの一種とする否定的な見方が大半を占めています。とりわけトイレットペーパーに関してはデマの拡散が原因とされており、発信元となった人物まで特定され、ネット上で袋叩きにされる事態ともなりました。こうした状況を重く見た政府並びに製造業者も、必要な供給量は確保できているとして、国民に対して冷静に対応するよう呼び掛けています。しかしながら、買いだめに走る消費者の行動は、実のところ、合理的な判断に基づいているのではないかと思うのです。その理由は、今般の新型コロナウイルスに発するモノ不足については、長期的な不足状態の継続を予測させるだけの合理的な理由があるからです。

 第1の理由は、中国の現状です。日本国内で最初に始まったマスク不足は、発生源国となった中国に原因がありました。同国では、武漢のみならず他の都市も封鎖措置がとられたため、深刻なマスク不足に陥ったのです。このため、日本国内での感染拡大が始まる以前にあって、既に在日あるいは訪日中国人によってマスクが大量に同国に送られていました。中国への転売を目的とした買占めは、マスクに限らず、他の感染予防関連の商品にも及んだことでしょう。実際に、日本国内で騒ぎとなる以前から、市内の一般のスーパーマーケットでも除菌グッズなどを大量に買い占めている人物が目撃されています。この現象から合理的に推測されるのは、中国において封鎖、並びに、生産活動の停滞が長期化するにつれ、感染予防関連の商品のみならず、日常生活において一定量が必ず消費される他の日用品についても、同様の事態が起きるのではないか、とするものです。

第2の理由は、日本国内では、多くの消費者が日用品の殆どが中国からの輸入に依存していると信じている点です。実際に日本国内で販売されているマスクの約8割は中国製品であり、他の製品についても同様に考えてもおかしくはありません。

 第3に挙げられる合理的な理由は、パルプ需要拡大です。トイレットペーパーの品不足については、‘マスク生産に原料のパルプが優先的に供給されるため、他の紙製品が不足する’とするデマが元凶とされています。しかしながら、この‘デマ’、‘嘘から出た実’になる、あるいは、本当になる可能性も否定はできません。何故ならば、全世界的にマスクの増産と供給が至上命題になっているからです。上述したように、中国はマスクの一大生産地です(マスクに関しては、中国からの輸入激減で当然に品不足になる…)。しかしながら、原料となるパルプや再生パルプは輸入に頼っており、今後、凡そ14億の中国国民が毎日マスクを消耗品として使用するとしますと、中国一国だけでもその量は膨大です。現状では、日本国のパルプの輸入依存度は凡そ17%程度ですが(主要な輸入先はアメリカ、カナダ、ブラジル…)、日本国内でも需要が拡大する中、国際商品市場においてパルプの需要が急増し、日本国にあっても海外勢、特に中国勢に買い負けて不足をきたす可能性もないわけではないのです。

 第4の理由は、値上がり予測です。品薄状態を背景に、マスクをはじめとした様々な関連商品の高値販売が既に報告されています。加えて、上述した国際商品市場におけるパルプ需要の高まりによる価格上昇が起きれば、これらの商品は、今後とも値を上げてゆくことでしょう。将来的な値上がりが予測される場合、消費者は、価格が安いうちに大量に買いだめておこうとするものです。

 第5の理由は、誰もが自らも感染者となり、二週間の隔離措置、あるいは、外出自粛措置を受ける可能性がある点です。日本国内での感染者は遂に1000人を越えましたが、実際には、桁違いの感染者が存在しているのではないかとする指摘があります。既に相当範囲に感染が広がっているとすれば、自覚症状はないものの自らもどこかで感染している可能性があり、2週間の隔離は他人事ではなくなります。感染した場合を想定すれば、凡そ2週間分の生活必需品をストックすることは、万が一に備えた合理的な行動となりましょう。

 そして第6に挙げられる理由とは、日本国政府も、中国と同様により強硬な封鎖措置をとる可能性です。仮に中国レベルの外出規制が導入されれば、日本国民もまた、日常のお買い物にも支障を来たし、日用品の入手も困難となります。また、生産活動も停止状態に至れば、これまで使用してきた愛用品も簡単には手に入らなくなるかもしれません。長期に及ぶ自宅での引きこもり生活が予測される場合、できる限り備蓄を増やそうとする行動は理解に難くありません。

 アメリカやオーストラリアでも同様の現象が起きており、‘デマ’の有無は関係がないのかもしれません。このように考えますと、今般の国民の行動は危機感に駆られたパニックというよりも、一斉に合理的な行動に走った結果と言えましょう。そしてこの問題を解決するには、国民が冷静さを取り戻せば済むというわけではなく、予期せぬ事態の発生や、外部環境の急激な変化に対応し得るよう、硬軟を取り混ぜて日本経済の柔軟性を高めてゆく必要があるのかもしれません。買占めや転売、並びに、海外への優先的な輸出に対しては厳しく対処すべきですし、輸入パルプの減少と価格上昇予測に対しては、先を見越して国内で生産可能な再生パルプの利用に切り替えるといった措置も考えられましょう。如何にすれば、国民生活へのマイナス影響を最低限に止め、かつ、日本経済を維持し得るのか、日本国政府、並びに、企業を含めた日本国民の力量が問われているように思えるのです。

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中国の‘武漢隠し’の意図とは?

2020年03月05日 13時45分25秒 | 国際政治

 フェイクニュースに騙されないよう、しばしば情報リテラシーを磨くように勧められます。しかしながら、入手した情報の真偽を確実に判断するには事実を事実として証明する確固とした証拠が必要ですので、真相が闇の中にある場合には、個人の能力には自ずと限界があります。情報リテラシーは、政府やメディア等によって情報が隠蔽されたり、統制されたりする状況下ではその意味を失うのです。こうした場合には、せめてもあらゆる情報に対して懐疑的な姿勢で接してゆくしかありません。

 新型コロナウイルスに関する情報も、まさに情報リテラシーが及ばない領域にあるように思えます(如何に情報リテラシーを高めても、真偽を知ることは難しい…)。中国等の国家や国際組織が裏側で激しく情報戦を展開しており、目下、同ウイルスの有毒化説と弱毒化説の両者が同時に主張されているように(カモフラージュのために二種類のウイルスがばら撒かれているとの説も…)、時にして正反対の情報も流布されているからです。事実を知るのは、中国共産党幹部や各国の諜報機関などのほんの一握りの人なのでしょうが、事実から疎外された人々でも、現実に起きている現象から情報の真偽、あるいは、事実の一旦を伺い知ることはできます。

 例えば、習近平国家主席が武漢と新型コロナウイルスとの関連性を報じる報道を一切禁じる指令を出したとする情報があります。つまり、武漢を発生地とする新型コロナウイルス禍は、天安門事件と同様に‘なかったこと’にされそうなのですが、この情報も真偽は不明です。しかしながら、その後の中国メディアの報道の変化から同情報の真偽は見定めることができます。以前と変わりなく武漢に関する新型コロナウイルス関連の情報が頻繁に報じられているならば偽情報の可能性が高く、ぱったりと報道が止むようであれば、凡そ事実と見てもよいこととなりましょう。

 なお、‘日本国のマスコミも中国共産党の強い影響下にある’とする情報についても、同様の方法でチェックすることができます。日本国内で、武漢と関連付けた新型コロナウイルスの報道が減少すれば同情報の真実性は増し、変化がなければ、マスメディアの中国支配は日本国民が心配するほどのことではないのかもしれません。もっとも、2月下旬頃から武漢の地名をメディア等で目にする機会が減ってきているように思えるのは気のせいでしょうか…。

 仮に、今後、中国政府が武漢隠しを徹底するとしますと、その意図は、どこにあるのでしょうか。最もあり得るのは、やはり、新型コロナウイルスと武漢のウイルス研究所との関連性を断ちたいのではないか、という推測です。最近、中国共産党の幹部が‘新型コロナウイルスの感染地は武漢であるけれども、発生地ではない’といった趣旨の発言をし、また、習主席も、‘新型コロナウイルスの発生源を調査せよ’と命じたとも報じられています。これらに先立つ2月の下旬には、中国の政府系研究機関も同ウイルスの発生地は武漢の海鮮市場ではない可能性があるとする見解を発表しており、新型コロナウイルス外来説を主張し始めているのです。

こうした、断片的な情報から推測されるシナリオとは、アメリカ、あるいは、カナダ等の海外の研究機関からの盗取、あるいは、武漢のウイルス研究所の独自開発の何れかによって武漢のウイルス研究所に保管されていた新型コロナウイルスが、意図的であれ偶発的な事故であれ、外部に漏れ出てしまったというものです。流出元が武漢ウイルス研究所ですので、中国の責任は重大であり、それ故に、何としてもこの大罪から逃れるために、武漢の地名と切り離して外来説を唱えたのかもしれません。仮に盗取であれば、部分的には事実を含んでいますし、有毒ウイルスを保有していたアメリカやカナダ等の政府に圧力をかけることもできます(外国を同ウイルスの‘誕生地’とすることで批判の対象を分散する、あるいは、巻き込んで言論統制に協力させたい?)。それとも、別の国から武漢に持ち込まれたものであり、自らも被害者の立場に置きたいのでしょうか(‘日本肺炎’の名称に対してネット上等で強い反発があったのも、加害国にされる恐れがあったから…)。

個人レベルでの情報リテラシーの向上では対応し得ない問題領域においては、現実の動きと照らし合わせて真偽を判断するしかありません。それまでの間は、最悪の情報が事実であることをも想定した備えが必要となりましょうし、真相に辿り着くためには、新型コロナウイルスを取り巻く様々な政治勢力の動きをも冷静に観察すべきではないかと思うのです。

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パンデミックを起こしているのはWHOでは?

2020年03月04日 11時03分13秒 | 国際政治

 中国においてSARSに類似した強毒性の新型のコロナウイルスが蔓延し始めた当初、WHOは、‘未だにパンデミックの状態ではない’として積極的な対策については否定的な見解を示していきました。初期段階ににあっては同ウイルスの世界規模での感染拡大は見られず、確かにパンデミックを称するにはその要件を満たしているとは言い難い状況にありました。しかしながら、全世界で10万人に迫る感染者数が報告されている今日に至っても、WHOのテドロス事務局長は、パンデミック宣言を控えています。WHOが加盟国家国による渡航や貿易の制限に反対するのも、‘パンデミックでもないのに対応が過剰すぎる’ということなのでしょう。しかしながら、この見解、国際的な防疫を任務の一つとするWHOの見解にしては、あまりにも心もとないように思えます。

放置すれば発生源から周囲に伝播するという連鎖的な拡大性において、火事と疫病には共通点があります。火事では、都市全域を燃え上がる炎で焼き尽くし、甚大なる人的・物的被害をもたらした大火の火元を突き止めたところ、たった一人の人の火の不始末であったケースも少なくありません。そして、最初の段階で一杯のコップの水で火を消し止めておけば、被害を最小限に留めることができたのです。疫病もまた同様であり、感染者が少数の内に封じ込めておけば、感染の連鎖を遮断することができるのです。

 適切な初期対応がその後の運命を変える点を考慮しますと、WHOの対応には疑問が残ります。そもそも全方位的に延焼する状態に至った時には時すでに遅く、感染病もまた、発生当初の段階で封じ込めることこそ、最善の策であるからです。そしてこのチャンスを逃しますと、二度と同じチャンスは巡ってはきません。WHOの態度は、火元の家から近隣の家々に火の粉がふりかかっているのに、‘まだ大火には至っていないのだから、隣家の延焼措置はほどほどで構わない’と言っているようなものなのです。専門機関であればこそ、やがて火の粉が隣家を燃やす火となることを十分に予測し得たにも拘わらず…。

初動体制の不備が、中国のみならず、日本国政府に対する最大の批判点になっているのも、WHOと同様の誤りを犯したからに他なりません。火事であれ疫病であれ、連鎖的拡大性を有する災害は時間との闘いを強いられるのであり、地震や津波といった他の一過性、あるいは、局地的な災害とは自ずと性質が異なります。このため、拡大期間を意味する‘時間’というものの重要性を軽視したり、時系列上の対応順序を間違えますと、被害は際限なく広がってゆくのです。

以上に述べた感染病の特性と防疫の観点からすれば、WHOによる「パンデミック宣言」とは、放置すればパンデミックとなる‘可能性’があると判断された時点で発せられるべきであり、パンデミックが起きた後では無意味と言えましょう。新型コロナウイルスについては、既に昨年12月の時点において中国はそのリスクを把握していますので、中国の影響下にあるWHOも年内には同ウイルスの有毒性について情報を得ていたことでしょう(中国は加盟国としての報告義務があるはず…)。この時点で、WHOが中国政府に対して中国人、あるいは、中国からの国外渡航を全面的に禁止するよう中国政府に勧告する、あるいは、全世界の諸国に対して中国人、あるいは、自国民以外の中国からの渡航者の受け入れを禁じるように求めていれば、全世界レベルでの感染拡大は防止できたはずなのです。WHOの存在は、世界各国の対応を遅らせたという点におきまして、むしろ害であったとも言えましょう(WHOが無かった方が、むしろ‘まし’だったのでは)。

時間を逆戻りさせることはできませんので、起きてしまったことは仕方がないのですが、この場に至り、今なおも渡航や貿易に対する制限に対して消極的な姿勢を崩していないWHOは、自らの誤りに気が付いていないようです。あるいは、この頑なな態度からしますと、WHOは、中国のために諸外国の政府や人類を誤った方向に誘導するための機関に成り下がってしまったのかもしれません。見ようによっては、中国とWHOの両者は密かに結託して役割分担をしているようでもあり、後者が中国以外の諸国への感染拡大のために時間を稼ぐ一方で、その間にあって強権を以って新型コロナウイルスを封じ込めた前者が、証拠隠滅や内外に対する情報操作に以って自国が有利となる環境を整えつつ、感染国となった諸国に対して責任を押し付けるという…。発生源地である中国としては、自国だけが世界から封じ込められる事態だけは、絶対に避けたかったのかもしれません。

何れにしましても、今般の新型コロナウイルス感染症の全世界的な拡大は、WHOに対する人々の信頼を失墜させたように思えます。それは、‘パンデミックを起こるとすれば、その責任の一端は、WHOにあるのではないか’という。そしてその背後に同機関をチャイナ・マネーで腐敗させた中国が控えているとしますと、両者の行動の目的が全人類の生命並びに健康のためではないことだけは確かなように思えるのです。


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新型コロナウイルスの謎をめぐる情報戦

2020年03月03日 15時19分49秒 | 国際政治

 今般の新型コロナウイルス感染症の拡大ほど、人類が直面している情報問題を炙り出した出来事もなかったかもしれません。そもそも、同ウイルスの発生の経緯自体が謎に包まれております。科学的な遺伝子配列の分析からも人工ウイルス説がほぼ確定的な段階にあるようですが、そうなりますと、当然に、研究室でそれを造った者は誰か、散布した者が誰か、意図的な散布なのか過失に因る事故なのか、組織的な犯行なのか、その目的はどこにあるのか、そして、新型コロナウイルスの生物化学兵器故の有毒性の特質とは、といった様々な疑問や謎が連鎖的に浮かんできます。その一方で、ところどころに綻びを見せつつも、加害側にある中国は、自らの‘公式見解’を‘事実’として押し付けようと躍起になっています。その必死さが傍から見ていても伝わるだけに、中国の主張がなおさら疑わしく聞こえてくるのです。

 かくして多くの人々が、中国発の情報には懐疑的になり、同国が政治的な目的を以って発信する偽情報には簡単には惑わされなくなってきたのですが、日本国のように、政治レベルなどで中国の影響が浸透している国は、中国発の情報を無碍に偽情報として扱うことができず、迅速な新型コロナウイルス対策を阻む深刻な原因ともなっています。中国の強い影響下にあるWHOの権威もまた、日本国政府による的確な判断を阻む障壁とも言えましょう(WHOは、同ウイルスへの対策としての渡航や貿易制限に反対…)。そして、情報飢餓状態にある日本国民、並びに、全世界の人々は、政府の嘘、マスメディア発のフェイクニュース、ネット上のデマと正確な情報や真実に近い分析結果等が混在する中にあって、情報の真偽を自ら判別しなければならず、情報化時代に生きながら事実としての情報の入手の難しさを痛感することとなったのです。

しかも、「1.フェアな報道をしない、2.大切な事を報道しない、3.嘘出鱈目の報道をする」の3項目から成る‘マスコミ3か条’が存在するとしますと、情報をめぐる混乱は意図的に創出されていることになりましょう。同3か条が実際に存在するか否かは不明ですが、現状を観察しておりますと、この3か条は、マスメディアのみならず、政府や国際機関にも当てはまり、自由主義国にあっても国民をリスクに晒しています。WHOもネット上のサイトにおいて新型コロナウイルスに関する情報を盛んに提供していますが、何れも上述した同ウイルスをめぐる謎に答える情報は一つもないのです。

 例えば、WHOの公式サイトにアップされているQ&Aのスタイルで挙げられている10の項目は一般常識の域を出ず、中には首を傾げるものもあります。最初の項目で‘中国からの手紙や小包を受け取っても安全’としていますが、新型コロナウイルスの生存期間が他の一般のウイルスよりも長く、かつ、手紙や小包の中身にウイルスが潜でいれば、受け取った側が必ずしも絶対に感染しないとは言い切れないように思えます(特に、日本国のような近隣諸国であれば、数日で日本国内に配達される…)。渡航や貿易に制限を加えたくない中国側の要望を反映しているとも推測されますが、感染リスクがゼロではない以上、‘正しい情報’と見なしてよいものか迷うところです。

  現代という時代は、‘信じるリスク’と‘信じないリスク’が同程度に高いリスクとして人々を苦しめる、情報不審社会とも言えましょう。そして、この問題の元凶は、上記の所謂‘マスコミ3か条’を実践している側にあることは言うまでもありません。一般の人々は、情報を操作する側の被害者なのです。

 

 既に様々な国や勢力の思惑が蠢く情報戦の様相を呈してきましたが、表舞台における新型コロナウイルスとの闘いの裏にあって、事実を突き止めて人々を救おうとする善の側と情報を操作して人々を全体主義に導こうとする巨悪の側との闘いが繰り広げられているように感じられます。情報不審社会から脱するには元凶を取り除くことこそ重要であり、発信者が政府であれ、マスメディアであれ、一方的な被害を受ける国民の側が、倫理・道徳的な見地から‘マスコミ3か条’に集約されている悪しき情報操作行動を止めさせることこそ、最初の一歩のように思えるのです。



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中国はIT型統制経済へ回帰?

2020年03月02日 14時46分35秒 | 国際政治

 日本国内では、消費者がマスクやペーパー類の買いだめ行動に走ったためか、品薄状態が深刻となっています。お米さえも店頭での入手が難しくなっており、日常生活にも新型コロナウイルスの影響が及んできています。

 日本国内では、生産活動が中国のように停止しているわけではなく、日本国政府も、紙製品の原料となるパルプは中国に依存しておらず、かつ、マスク等については需要の急増に十分に対応できるとしています(なお、ペーパー類については、マスク生産に原料が優先的に向けられるため、不足するという理屈らしい…)。国民に対しては、パニックに陥らないように懸命に呼び掛けているのですが、何時になりましたらこの状態が解消されるのか、国民の不安は募るばかりです。

 感染者数が1000人をかろうじて下回っている日本国でさえこの状態なのですが、それでは、中国の人々は、どのようにして生活を維持しているのでしょうか。中国の情報統制の徹底ぶりは驚くばかりであり、中国人の日常生活に関する情報が国外に漏れ出ることはめったにはありません。目下、首都北京をはじめ、多くの都市において市民の外出に厳しい規制が設けられている上に(許可なくして買い物にも出られない…)、一部は再開されているものの、出稼ぎ労働者が職場に戻らないために工場での生産なども滞っています。常識的に考えれば、日本国以上に深刻な物不足に直面しているはずなのです。

 ところが、不可解なことに、中国の人々がどのようにして日用品等の不足に対応しているのか、全く不明なのです。新型コロナウイルスの脅威が及んでいない農村部では、例年通りに農作物を栽培し、封鎖状態にある都市部に政府機関を介して供給しているのでしょうが、マスクやペーパー類といった工場生産製品の品不足は深刻なはずです。あるいは、もとより災害等の危機に備えて大量に備蓄されていたのかもしれませんし、‘世界の工場’として輸出用に生産していた製品を国内に振り向けた可能性もありましょう。しかしながら、こうした措置では急場を凌ぐことはできても、長期的には品不足となります(アリババ等の通販でさえ、生産がストップしたのでは供給できないのでは…)。既に、封鎖から一か月が経過しており、一定の備蓄や在庫があったとしても、そろそろ底をついていてもおかしくはりません。にもかかわらず、中国から国民の不満の声は一切聞こえてこないのです(あるいは、日本国内の品不足は、中国の富裕層向けに転売するために起きているのでしょうか…)。

 中国政府が封鎖措置を強行した理由の一つは、中国国民が日本国以上に酷いパニック状態となり、人々が店頭に殺到してモノを奪い合うカオスと化すのを恐れたのかもしれません。しかしながら、その一方で、仮に習近平政権が、新型コロナウイルス禍を政治的に利用しようとするならば、それは、改革開放路線以前の統制経済への回帰である可能性も否定できないように思えます。

とりわけ習主席は、毛沢東体制を理想としている節がここかしこに見られます。習主席にしてみますと、新型コロナウイルスを理由とした都市封鎖は、‘第二の文化大革命’を起こすチャンスなのかもしれないのです。ウイルス対策を口実とすれば、全ての国民の行動をチェックすることができますし、生産活動から消費行動までのすべてを当局の監視下に置くことができます。その理想を実現するための先端的なITを、中国当局は既に手にしているのです。

仮に、新型コロナウイルスが武漢の研究所で作成された人工ウイルスであったとしますと、外国や戦場ではなく、中国国内で散布された理由は、習独裁体制の盤石化にあったとする説も信憑性を帯びてきます。謎に包まれている新型コロナウイルスの出現は、果たして、習主席への国民の批判噴出により中国を自由で民主的な国家体制へと導くのでしょうか、それとも、逆の全体主義の強化の方向へと引きずり戻されてしまうのでしょうか。2020年は、中国のみならず、人類にとりまして試練の年となるように思えるのです。

コメント (10)
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