甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

京国の仁王さん

2018年08月17日 05時07分20秒 | 京都のまちかど

 このお盆休み、京都の国立博物館に行ってきました。

 今回実家へ帰る前から、いやもっと前から、「奥さんと宇治の平等院をフラフラ歩く」というイメージがありました。ということは、結婚前の1985年5月の再現をめざしていたわけですね。あれから私は何回か来ていますが、彼女は来ていない。それに、彼女はそんなにどこそこに行きたいという人ではありませんでした。

 大阪の淀屋橋から京阪特急に座り込んだ時から、平等院に行ってみようという気持ちになっていました。それで、カバンの中を探してみると、カメラがありませんでした。

 まさか、忘れたのか?

 そんなわけはないのですが、やはりありませんでした。どこかで落としたのか?

 それも疑ってみましたが、たぶん、落とすこともできないくらい何もしていなかった。だから、実家を出る時にすでに忘れていたようでした。

 だから、平等院には行かないことにして、七条まで出て、それで博物館に行こうと決めました。目の前の三十三間堂にも行けません。カメラがないのですから。

 写真を撮らずに、京都を楽しまなくては! カメラを持たない私は、何かを見つけるために博物館の常設を見ることにしました。

 私と一緒にたくさんの中国の家族連れが3階のエレベーターを出ました。どっと押し寄せたところは、陶器のコーナーでした。博物館収蔵のいろいろな絵皿などが並べられていました。

 お母さんたちは、適当に見ているようですが、中国の女の子同士は熱心にメモをとりながら見ていました。日本各地のいろんな陶器や絵皿、日本独自に展開していったものもあるでしょうけど、中国ではもっとすごいものがたくさんあるでしょう。

 日本の博物館で、何を楽しみに見るのだろう?

 そっちが気になって、陶器のコーナーはいいかげんに見てしまいました。

 2階は、今回は百万遍(地名です。京大のあたりにあるお寺です)の知恩寺というところの宝物の展示です。お坊さんたちの肖像画、もちろん法然上人のお姿、涅槃図など、浄土宗らしいお宝が並んでいました。

 これまた、中国の女の子たちが行ったり来たりして、こっちまで落ち着かなくなりました。彼女たちは、日本の平安末期から鎌倉時代にかけて生み出された浄土に行くには念仏を唱えよう、そのためにすべてがつながるという変てこりんな思想から生まれたいろいろなもの、興味あるのかな(たぶん、つまらないだろうな)と見ていました。

 私も、浄土・高僧・涅槃図・支持してくれた徳川家の将軍様たちの図など、いいかげんに見ていた気がします。

 浄土宗には徳川家のみなさんは信仰したというところなんだろうか。浄土真宗には苦労したみたいで、その力を抑えることに苦労したようですが、浄土宗には寛容だったのか。

★ 調べてみますと、上野の寛永寺は天台宗、芝の増上寺は浄土宗で、家康様は浄土宗に帰依されていたということです。でも、三代将軍の家光さんから寛永寺に埋葬されることになり、交代にまいそうされることになったそうです。

 だから、浄土宗と徳川家は深いつながりがあったようです。


 日野勝光像というのもありました。日野と聞くと、すぐに後醍醐天皇と資朝さんとの関係を思い出してしまいますが、日野家はやがて富子さんという女性を生み出すのでした。そのお兄さんの肖像画もありました。日野家も知恩寺が菩提所となっているようです。

 そして、とうとう1階まで降りてきて、そこにたくさんの仏像さんたちが置かれているのを見ます。日本の仏様なので、極彩色ははがれ、もとの地が出ています。平安から鎌倉のものなのか、みな木目も見えて、角が取れて木の中から出てこられたようなお姿です。古いのか新しいのか、仏様なのか神様なのか、精霊なのか、なんだかよくわからないけど、とにかくありがたいお姿でした。

 みなここまで避難されてきた仏さまたちでした。仁王様は綾部市のお寺。大日如来その他の大きめの座像さまたちもみんなあちらこちらから、ここに身を寄せておれるようでした。

 私たちの歴史は、戦乱と荒廃と破壊を繰り返してきたようで、その中で灰燼に帰した仏さまたちもたくさんあった。たまたまかいくぐって、国立博物館におられる仏様はごく一部なんでしょう。

 中国だって同じだろうし、現代の中国は仏教をどれくらい大事にしているのか、それはわからないのですが、同じくたくさんの仏さまは失われたことでしょう。

 気づくと、中国の子どもたちはどこにもいなくて、私だけが歴史の流れの中にポツンと取り残されたようにいて、仕方なくミュージアムショップに行き、何かないかなと探してみたら、京都の禅寺の庭だけを写した写真集があって、これを奮発して買ってしまいました。

 写真を撮らない京都の旅、もう次は下賀茂神社の古本市しかない! そう決めて、せっかくだから五条まで歩こうとフラフラ豊国神社の前を通り過ぎて国道1号まで歩いていきました。


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