King Pleasure / King Pleasure Sings ( 米 Prestige LP 208 )
"キング・プレジャー"とは何とも人を喰った芸名だけど、本名はクラレンス・ビークスだ。テネシーからニューヨークに出てきてバーテンダーを
していた時にエディー・ジェファソンがクラブで歌っていた "Moody's Mood For Love" を聴いて真似し出したのがキャリアの始まりだったらしい。
51年のアポロ劇場のアマチュアコンテストでそれを歌って優勝してプレスティッジの眼に留まったということらしいが、詳しくはよくわからない。
私が知っている限りではレコードは3種類しかなく、それだけでは当時どういう活動をしていたのかを伺い知ることはできない。
美声とはとても言えるタイプではないけれど、エディー・ジェファーソンやジョン・ヘンドリックスよりもよく通る大きな声質だったことが功を奏して、
その歌は強く印象に残り、レコードは何度もシングル・カットされてヒットした。そのおかげでヴォーカリーズの第一人者と認識されたようだ。
歌い方もブルースのフレーズをいささか投げやりな雰囲気で歌うところがうまくツボにはまっており、1度聴くと耳に残る。
キング・プレジャーと言えば、ここに収められた "Perker's Mood" が最も有名ではないかと思う。パーカーの吹いたフレーズに歌詞を付けて、パーカー
さながらに気怠く、それでいて強く張りのある声で歌ったこの歌唱の印象は強烈だ。その他、ベティー・カーターを迎えた "Red Top" やスタン・ゲッツ
の演奏で有名な "Jumpin' With Symphony Sid" なども収録されている。この後が続かなかったのが不思議だ。
ヴォーカリーズはやはり技術的には難しいジャンルだったのだろうと思う。さほどたくさんの歌い手は輩出されなかったし、エンターテイメント性が
高くてライヴではウケたかもしれないが、レコードを制作するところまでは至らなかったのかもしれない。何となく、元の演奏をおもしろおかしく
諧謔的にパロディー化しているような印象もなくはないし、そういう誤解を与えかねないところはあるけれど、実はそんなことはなくて、オリジナルの
演奏への深い敬意と愛着に満ちた世界なのだ。
このスタイルは廃れることはなく、85年にマンハッタン・トランスファーが満を持して "Vocalese" を発表する。これはジャンルを超えた大傑作で、
私の30年以上の大愛聴盤だ。エディー・ジェファーソンからマントラまで丹念に聴いていくと、ヴォーカリーズはジャズのフィーリングに溢れた
素晴らしいスタイルだということがよくわかる。この先も稀有な才能が登場することを心底願って止まない。