Marty Paich Quartet featuring Art Pepper ( 米 Tampa RS 1278 )
後味の悪いパーカーを聴いた後の口直しには大甘のアート・ペッパーがちょうどいいが、これはただの甘口ではない。
このアルバムのペッパーのアルトには、よく聴けば、苦み走ったところがあるのがわかる。一聴するとただの甘口のような印象だが、
よく聴くと甘味なのは4人が演奏している音楽がそうなのであって、ペッパーのアルトの音色自体は峻厳な色味を帯びている。
この唐辛子が混ざったバニラアイスのような、アンビバレンツな微妙さがうっすらと漂うところに本作の価値があるのだろう。
パーカーのことを想いながらこれを聴いていると、アート・パッパーは一体誰をお手本にしてアルトを吹いたのだろうと不思議に思う。
これは、アート・ペッパーを巡る大きな謎の1つである。
これだけパーカーの影響を感じない、パーカーから最も遠いところにあるアルトは、ポール・デスモンドを除くと、この人ただ一人だろう。
レコーディング・デビューだったディスカヴァリー・セッションの時点で、すでにアート・ペッパーは完成していた。ご多聞に漏れず、彼も
レスター・ヤングをコピーして育ったが、出来上がった演奏はレスターとは似ても似つかない姿だった。楽器の吹き方が他のサックス奏者とは
根本的に違っていて、ある意味、奏法としては邪道だったのかもしれないと思わせる。音楽学校では教師からダメ出しされ、コンテストに出れば
技術点で減点されて落選するような。
ジャズ史の中で道の真ん中に突然ポツンと現れた孤児のようなその立ち位置にも意を介さず、代替の効かない演奏を残してくれたおかげで
我々愛好家の気持ちはどれほど潤ったことか。果たしてジャズと呼んでいいのかどうか逡巡するほどポップで甘いこのアルバムも、
忘れた頃にターンテーブルに載せて聴くと、その良さがじわじわと心に染み入ってくるのを感じることができる。