

Keith Jarrett / Mysteries ( 日本コロンビア YQ-8510-AI )
このカルテットの演奏を聴いていると、70年代半ばにジャズを演ることが如何に困難だったか、を思い知らされる。懐かしきハード・バップに戻るわけには
いかず、フリー・ジャズの空虚さを目の当たりにした後で、これから果たして何をやるべきか。そこには大きな壁があったに違いない。
キースのように美メロが書ける人なら、ロックの世界でいくらでも成功できたに違いない。大金を稼ぐことは容易だっただろう。
にもかかわらず、まったく金にならない音楽をやり続けた、その心の中にあったのは一体何だったのか。
私がジャズという音楽が好きなのは、この音楽のすべてに通奏低音のように流れているそういう音楽家たちの心根のようなものに惹かれるからかもしれない。
本当に金にならないこの音楽に生きる意味を見出し、そこに己のすべてをかけた人たちが生み出した音楽は、それが名盤であれマイナー盤であれ、
そこにある何かが私の心を打つ。
このアルバムの外見上は、例えば調性の縛りがゆるく解けた楽曲だったり、エスニックな香りが漂う楽曲だったり、と統一感が見られないという面は
あるかもしれない。そういうところに気が散ってしまい、自分の感想がまとめきれないもどかしさを覚えるかもしれない。しかし、ここには抽象芸術に
こだわって、こだわって、こだわりぬいた果ての音楽がまとめられているように思う。時々、ふと気が抜けると、つい美メロが顔を出してしまい、
慌ててそれを袖の下に隠すようなところが微笑ましい。そういう何気ない動作に、彼らのこの音楽に賭ける想いのようなものが見て取れる。
ただ、このアルバムは最後に置かれたタイトル曲がメインテーマだろう。何かを祈り、探るようなムードが表出した含みのある演奏だ。
そして、"すべてのものが哀しみに生きている" と題された、キースにしか書けないであろう、究極の美メロのバラード。ただ美しいというだけではなく、
最後は高揚感へと昇華されており、生き生きとした楽曲になっている。
誰それの影響が、などというコメントを許さない、100%創作されたオリジナリティーで、ジャズは抽象芸術であることを教えてくれるアルバムだ。