[5月5日23:00.ユタの家1F『妖狐の部屋』 威波莞爾&威吹邪甲]
「ふう……。さっぱりした」
威吹は浴衣を着て、タオルを首に掛けていた。
明らかに風呂上りである。
「ユタは風呂に入らないのかな?」
「マリア師の看病で、それどころではないようです」
カンジはテーブルの上で、タブレットを操作していた。
ブルーライト防止の眼鏡を掛けていると、完全にインテリジェンスな人間である。
「そういうオマエも風呂どころでは無さそうだが、何をしている?」
「少し気になったことがあったので、調べ物です。先生、お休みになられますか?」
「いや……」
威吹は缶ビールの蓋を開けた。
「せめて、これを飲んでからだ」
「さようで」
「調べ物って何だ?」
「あの週刊誌の記事は、明らかにおかしいんです」
「面白おかしく表現していたが、事実をありのままに伝えているのだろう?何か不自然な点があるか?」
「あの記事だけ見れば、相当な大事件だったはずです。それを何故今になって、週刊魔境が報道したかが気になりました」
「ああいうのは、面白ければ何でもいいようなものなのだろう?深く考える必要は無いと思うが……。で、お前はどう推理してる?」
「あの魔道師達は、稲生さんにはもちろん、オレ達にも隠し通すつもりでいました。そして実際その自信があったのでしょう。しかしたかがゴシップ雑誌に、いとも簡単にスッパ抜かれてしまいました。誰かがリークしたとしか思えません」
「で、誰だ?」
「その前に、マリア師が人間だった頃に起こしたという事件を調べているところです。あれだけの事件ですから、さぞかし本国では大ニュースになったと思うのです」
「ふーむ……。確かにあの雑誌を見る限りでは、一人間の女が起こしたにしてはおぞましいものだと思う。栗原殿よりも年が下だった頃の話だからな」
「その通りです。……おかしいな。ネット上に出てこない」
「ええ。出てこないわよ」
「!」
和室の障子の外から、イリーナの声がした。
「入っていいかしら?」
「勝手にしろ」
スーッと障子が開いて、イリーナが入ってきた。
イリーナもまた浴衣を着ていた。
「お前、あの店でわざわざそんなもの買ってたのか」
「まあね。これから暑くなるし、ちょうどいい買い物だったよ」
イリーナはチューハイの缶を持っていた。それを開ける。
「弟子の所にいなくていいのか?」
「いいのいいの。もう薬は飲ませたし、あとはユウタ君に任せるわ」
「で、何の用ですか?マリア師の過去の事件が、ネットでヒットしない理由をご存知のようですが?」
「ええ。もうここまで来たらしょうがないから、あなた達には教えてあげる」
「ユタには教えないのか?」
威吹の質問には答えず、イリーナは目を閉じた。
「これから話すことは、ユウタ君が知ったら、ユウタ君も不幸になるかもしれない。私から聞いた話をユウタ君に話すかどうかは、あなた達にお任せするわ」
「ちっ。責任逃れかよ」
「まあ、先生。では、教えてください。何故ですか?」
「まず、マリアが事件を起こしたハイスクールは今は存在しないから」
「存在しない?廃校になったということですか?」
「違うわ。まあ、あんな事件があったから、放っておいても廃校になったとは思うけど……。私が魔術を使って、最初から無かったことにしたから」
「なにっ!?」
「! そうか。あなたはクロック・ワーカー、『歴史を陰で操る者』……」
「人間達はそれで誤魔化せたけど、妖怪達には誤魔化せなかったみたいね」
「マリアが起こした事件そのものを、人間の歴史から消し去ったというわけか」
「大きな声で言えないでしょ?人間からしてみれば、『勝手に俺達の歴史を操るな』ってなるからね」
「で、マリアの身に何が起きた?恐らくあいつは人間だった頃、気弱で貧弱で病弱な女子(おなご)だったはずだ。如何に仲間を募ったとはいえ、最初にそれをすることなどできぬはずだ。もしそれだけの者であれば、最初から虐げられることなど無かっただろう」
「悪魔がね……取り憑いたのよ」
「はあ?」
威吹は変な顔をした。
しかしカンジは、ポーカーフェイスを崩さない。
「その悪魔とは?憤怒の悪魔、サタンですか?」
「いいえ。怠惰の悪魔、ベルフェゴールよ」
「怠惰?しかし怠惰の悪魔は却って、『必要なことすらしない』悪魔のはずですが……」
「違うわ。『自分の手は汚さず、他人を操って手を汚させる』こともする。こうすることで、自分は怠惰でいられるわけだからね」
「しかし、あの悪魔達は魔界の王城に封印されているということだが……」
威吹は口を出した。
「私達くらいになると、その化身をいくらでも召喚して人間に取り憑かせることは可能よ」
「おい、お前、まさか……」
「それは私じゃない。か弱いマリアに悪魔を取り憑かせた魔女が別にいる」
「今はその悪魔は取り憑いていないのですね?」
「ええ。今はね。でもその後遺症がまだ残っているから、私も気をつけていたんだけど……」
「その魔女というのは誰だ?」
「……今は話せない」
「ふざけるな!」
威吹はイリーナを睨みつけた。
「まだ、確信が無いからね。江戸時代に日本に来て、1人の妖狐の人生を狂わせた事は知ってるけど、その後の足取りが掴めなくてね」
「なに?どういうことだ?」
「とにかく、カンジ君が今していることは、無駄な努力だから」
「分かりました。ではもう1つ、確信的な質問をさせてもらいます」
「なに?」
「ずばり、あなたはあの記事を書いた記者に情報をリークした者に心当たりがあるのではないですか?」
「ええ。その通りよ」
「誰ですか?」
「カンジ君。あの週刊誌はある?」
「ええ。これです」
「あの記事のページを開いてみて」
「ハイ」
カンジはマリアの特集記事のページを開いた。
「この写真……。仙台のアミューズメント施設で、マリアが人形を操って加害者3人を殺したヤツね」
「ハイ」
「この写真、何かに気付かない?」
「は?」
「あ?」
2人の妖狐は首を傾げた。
写真は建物側からマリアに向かって、今正にマリアが狂った笑みを浮かべている瞬間を撮影したものだった。
その横には、マリアを制止するユタの姿があった。
「? 別に不自然さはありませんが?」
「そう。じゃあ、こっちの雑誌と見比べてくれない?」
イリーナは人間界で普通に市販されている週刊誌を2冊取り出した。
1冊目は、とある大物俳優が新人女優との不倫疑惑が特集されていて、今正にホテルから出てくる所をパパラッチに撮られていた。
「あと、これ」
今度は有名作家が、違法賭博で摘発された建物から出てくるところを撮られていた。
「どう?何かおかしくない?」
「……! 角度だ!写真の角度がおかしい!」
俳優の不倫と作家の違法賭博は、道路側から建物に向かって撮影されている。
しかしマリアの場合、建物側……言ってしまえば、加害者達のすぐ傍からマリアの方に向かって撮影されていた。
「こんな写真の撮り方では、すぐに本人に見つかってしまいます」
と、カンジ。
「待て、カンジ。どうせ写真は、普通のカメラで撮影したものではないだろう。隠しカメラとやらで、撮影したものではないか?」
「そうだね」
最後には、ユタとタクシーでその場から立ち去る所まで撮影されていた。
「そして、威吹君。現場から離れればいいのに、どうして私が利府のイオンに行こうって言ったと思う?」
「む?」
「じゃあさ、利府のイオンで何か変わったことがあった?」
「そりゃあ、マリアが万引きと間違えられて連行されたところだ」
威吹はニヤッと笑った。
「違うわね。もっと別に偶然が発生しなかった?」
カンジがふと気づいた。
「まさか……!いや、しかし……」
「でも、そのまさかなのよ」
「何だ、カンジ?」
「仙台のアミューズメント施設とイオンで偶然会った人物……栗原江蓮女史です!」
「栗原殿だって!?」
2人の妖狐は驚いた。
「よく考えれば、偶然過ぎますよ。2回も会うなんて……」
「いや、2回目はイリーナの確信だっただろうさ。利府の店を希望したのは、あんただったからな」
「恐らく、マリアの失態……万引き犯と間違えられて連行された所も撮影されたでしょうね」
「栗原殿がどうして?」
「明日、本人に聞いてみるしかないでしょうね」
イリーナはいつの間にか、缶チューハイを飲み干していた。
「ふう……。さっぱりした」
威吹は浴衣を着て、タオルを首に掛けていた。
明らかに風呂上りである。
「ユタは風呂に入らないのかな?」
「マリア師の看病で、それどころではないようです」
カンジはテーブルの上で、タブレットを操作していた。
ブルーライト防止の眼鏡を掛けていると、完全にインテリジェンスな人間である。
「そういうオマエも風呂どころでは無さそうだが、何をしている?」
「少し気になったことがあったので、調べ物です。先生、お休みになられますか?」
「いや……」
威吹は缶ビールの蓋を開けた。
「せめて、これを飲んでからだ」
「さようで」
「調べ物って何だ?」
「あの週刊誌の記事は、明らかにおかしいんです」
「面白おかしく表現していたが、事実をありのままに伝えているのだろう?何か不自然な点があるか?」
「あの記事だけ見れば、相当な大事件だったはずです。それを何故今になって、週刊魔境が報道したかが気になりました」
「ああいうのは、面白ければ何でもいいようなものなのだろう?深く考える必要は無いと思うが……。で、お前はどう推理してる?」
「あの魔道師達は、稲生さんにはもちろん、オレ達にも隠し通すつもりでいました。そして実際その自信があったのでしょう。しかしたかがゴシップ雑誌に、いとも簡単にスッパ抜かれてしまいました。誰かがリークしたとしか思えません」
「で、誰だ?」
「その前に、マリア師が人間だった頃に起こしたという事件を調べているところです。あれだけの事件ですから、さぞかし本国では大ニュースになったと思うのです」
「ふーむ……。確かにあの雑誌を見る限りでは、一人間の女が起こしたにしてはおぞましいものだと思う。栗原殿よりも年が下だった頃の話だからな」
「その通りです。……おかしいな。ネット上に出てこない」
「ええ。出てこないわよ」
「!」
和室の障子の外から、イリーナの声がした。
「入っていいかしら?」
「勝手にしろ」
スーッと障子が開いて、イリーナが入ってきた。
イリーナもまた浴衣を着ていた。
「お前、あの店でわざわざそんなもの買ってたのか」
「まあね。これから暑くなるし、ちょうどいい買い物だったよ」
イリーナはチューハイの缶を持っていた。それを開ける。
「弟子の所にいなくていいのか?」
「いいのいいの。もう薬は飲ませたし、あとはユウタ君に任せるわ」
「で、何の用ですか?マリア師の過去の事件が、ネットでヒットしない理由をご存知のようですが?」
「ええ。もうここまで来たらしょうがないから、あなた達には教えてあげる」
「ユタには教えないのか?」
威吹の質問には答えず、イリーナは目を閉じた。
「これから話すことは、ユウタ君が知ったら、ユウタ君も不幸になるかもしれない。私から聞いた話をユウタ君に話すかどうかは、あなた達にお任せするわ」
「ちっ。責任逃れかよ」
「まあ、先生。では、教えてください。何故ですか?」
「まず、マリアが事件を起こしたハイスクールは今は存在しないから」
「存在しない?廃校になったということですか?」
「違うわ。まあ、あんな事件があったから、放っておいても廃校になったとは思うけど……。私が魔術を使って、最初から無かったことにしたから」
「なにっ!?」
「! そうか。あなたはクロック・ワーカー、『歴史を陰で操る者』……」
「人間達はそれで誤魔化せたけど、妖怪達には誤魔化せなかったみたいね」
「マリアが起こした事件そのものを、人間の歴史から消し去ったというわけか」
「大きな声で言えないでしょ?人間からしてみれば、『勝手に俺達の歴史を操るな』ってなるからね」
「で、マリアの身に何が起きた?恐らくあいつは人間だった頃、気弱で貧弱で病弱な女子(おなご)だったはずだ。如何に仲間を募ったとはいえ、最初にそれをすることなどできぬはずだ。もしそれだけの者であれば、最初から虐げられることなど無かっただろう」
「悪魔がね……取り憑いたのよ」
「はあ?」
威吹は変な顔をした。
しかしカンジは、ポーカーフェイスを崩さない。
「その悪魔とは?憤怒の悪魔、サタンですか?」
「いいえ。怠惰の悪魔、ベルフェゴールよ」
「怠惰?しかし怠惰の悪魔は却って、『必要なことすらしない』悪魔のはずですが……」
「違うわ。『自分の手は汚さず、他人を操って手を汚させる』こともする。こうすることで、自分は怠惰でいられるわけだからね」
「しかし、あの悪魔達は魔界の王城に封印されているということだが……」
威吹は口を出した。
「私達くらいになると、その化身をいくらでも召喚して人間に取り憑かせることは可能よ」
「おい、お前、まさか……」
「それは私じゃない。か弱いマリアに悪魔を取り憑かせた魔女が別にいる」
「今はその悪魔は取り憑いていないのですね?」
「ええ。今はね。でもその後遺症がまだ残っているから、私も気をつけていたんだけど……」
「その魔女というのは誰だ?」
「……今は話せない」
「ふざけるな!」
威吹はイリーナを睨みつけた。
「まだ、確信が無いからね。江戸時代に日本に来て、1人の妖狐の人生を狂わせた事は知ってるけど、その後の足取りが掴めなくてね」
「なに?どういうことだ?」
「とにかく、カンジ君が今していることは、無駄な努力だから」
「分かりました。ではもう1つ、確信的な質問をさせてもらいます」
「なに?」
「ずばり、あなたはあの記事を書いた記者に情報をリークした者に心当たりがあるのではないですか?」
「ええ。その通りよ」
「誰ですか?」
「カンジ君。あの週刊誌はある?」
「ええ。これです」
「あの記事のページを開いてみて」
「ハイ」
カンジはマリアの特集記事のページを開いた。
「この写真……。仙台のアミューズメント施設で、マリアが人形を操って加害者3人を殺したヤツね」
「ハイ」
「この写真、何かに気付かない?」
「は?」
「あ?」
2人の妖狐は首を傾げた。
写真は建物側からマリアに向かって、今正にマリアが狂った笑みを浮かべている瞬間を撮影したものだった。
その横には、マリアを制止するユタの姿があった。
「? 別に不自然さはありませんが?」
「そう。じゃあ、こっちの雑誌と見比べてくれない?」
イリーナは人間界で普通に市販されている週刊誌を2冊取り出した。
1冊目は、とある大物俳優が新人女優との不倫疑惑が特集されていて、今正にホテルから出てくる所をパパラッチに撮られていた。
「あと、これ」
今度は有名作家が、違法賭博で摘発された建物から出てくるところを撮られていた。
「どう?何かおかしくない?」
「……! 角度だ!写真の角度がおかしい!」
俳優の不倫と作家の違法賭博は、道路側から建物に向かって撮影されている。
しかしマリアの場合、建物側……言ってしまえば、加害者達のすぐ傍からマリアの方に向かって撮影されていた。
「こんな写真の撮り方では、すぐに本人に見つかってしまいます」
と、カンジ。
「待て、カンジ。どうせ写真は、普通のカメラで撮影したものではないだろう。隠しカメラとやらで、撮影したものではないか?」
「そうだね」
最後には、ユタとタクシーでその場から立ち去る所まで撮影されていた。
「そして、威吹君。現場から離れればいいのに、どうして私が利府のイオンに行こうって言ったと思う?」
「む?」
「じゃあさ、利府のイオンで何か変わったことがあった?」
「そりゃあ、マリアが万引きと間違えられて連行されたところだ」
威吹はニヤッと笑った。
「違うわね。もっと別に偶然が発生しなかった?」
カンジがふと気づいた。
「まさか……!いや、しかし……」
「でも、そのまさかなのよ」
「何だ、カンジ?」
「仙台のアミューズメント施設とイオンで偶然会った人物……栗原江蓮女史です!」
「栗原殿だって!?」
2人の妖狐は驚いた。
「よく考えれば、偶然過ぎますよ。2回も会うなんて……」
「いや、2回目はイリーナの確信だっただろうさ。利府の店を希望したのは、あんただったからな」
「恐らく、マリアの失態……万引き犯と間違えられて連行された所も撮影されたでしょうね」
「栗原殿がどうして?」
「明日、本人に聞いてみるしかないでしょうね」
イリーナはいつの間にか、缶チューハイを飲み干していた。