[5月7日19:03.JR鶯谷駅〜日暮里駅間の陸橋 エレーナ・マーロン]
黒いブレザーに黒いスカートをはき、黒いニーハイを履いた高校生くらいの少女は陸橋に佇み、眼下を通過していく特急列車を冷たい目で見下ろしていた。
(他愛も無い)
風に靡く黒い髪は、向かって左側をサイドテールにしている。
サイドテールにしているシュシュだけはピンク色である。
今通過していった特急“スワローあかぎ”5号には、図らずも師匠の為に働いてくれた2人の男女が乗っている。
無論、本人達にはそのような自覚は無いだろう。
あとは得た情報と材料を精査して、どこに駒を打つかだ。
(いや……。私もそんな駒の1つか……)
それでも構わない。
全ては、あのお方の為に動く。
今、生かされているのは、あの方のおかげなのだから……。
[5月18日13:30.大石寺・奉安堂 稲生ユウタ&藤谷春人]
この日、ユタは藤谷に誘われて添書登山に来ていた。
御開扉の時間になり、御法主・日如上人猊下の御出仕に合わせ、御隠尊・日顕上人猊下以下僧侶(※)、そして参加の信徒達が唱題を開始する。
(※いや、第三者的なナレーションなんだから、本来の小説的には『早瀬管長の出仕に合わせ、阿部前管長以下僧侶』と書くのが望ましいのだろうが、【お察しください】)
そこで異変が起きた。
ブチッ!
「!?」
ユタの数珠が突然切れたのだった。
「落ち着け」
動揺するユタを隣に座る藤谷が抑え、代わりに自分の予備の数珠を渡す。
「これを使え」
「は、はい」
ユタは藤谷から予備の数珠を借り受けるとそれを使って、何とか事なきを得た。
[同日14:15.同場所 ユタ&藤谷]
〔「……くれぐれも、走っての退場はなさらぬよう、お願い致します。それでは係の僧侶の誘導に従って……」〕
「びっくりしたなぁ……」
ユタは借りた数珠を藤谷に返した。
「稲生君、これで数珠切らすの2度目だろう?大丈夫か?」
「何かの前触れではないかと、怖いです」
「六壺の勤行に出る前に、売店で新しい数珠を買おう。急げばまだ店も開いてる」
「は、はい!」
奉安堂の外では、
「特盛、また切れたの!?」
エリちゃんが、一緒にいる特盛くんに何か言っていた。
「うん。まただよぉ……」
半泣きの特盛くん。
「おっ、数珠切らしたの、稲生君だけじゃないみたいだぞ?これで安心だな?なあ?」
藤谷はホッとした様子でユタに言った。
「でも、そうなると余計に心配です。他にも数珠が切れた現象の人がいたりして」
(しまった!逆効果だったか!)
ヤブヘビだと思った藤谷だったが、
「だいたい、アンタまた太って!だからよ!」
エリちゃんの怒鳴り声は鳴り止まない。
太ったことと、数珠が切れたのとどう関係があるのだろうか?
別にユタは太ってはいないが……。
「パンツのゴムが切れたの、これで何度目よ!?恥ずかしいったらありゃしない!」
「そっちですか!」
ズッコケた2人だった。
何でも猊下が御祈念の最中、伏せ拝をした時に切れたらしい。
[同日14:30.大石寺売店(仲見世) ユタ、藤谷、威吹、カンジ]
「さすがにパンツまでは、売店で売ってねぇだろうなぁ……」
「コンビニまで行くしかないですね」
「なになに?何の話?」
威吹がユタと藤谷の会話に入って来る。
「いや、何でもないよ」
「稲生君、せめて数珠は4つ買った方がいい」
「ええっ!?」
「御経本もついでにな」
「どうしてですか?いくら何でも、そんなに切れないと思いますが……」
「まず、普段使い用」
「はあ……」
「そして予備用、保管用、人にあげる用だ」
「アニヲタのアニメグッズみたいなこと言わないでくださいよ」
「そうか?オレなんか、人にあげる用も含めて10個くらい持ってるぞ」
「多過ぎですよ!」
「バカ。突然の折伏の機会に見舞われて、御受誡まで行けたらどうする?新願者が最初から数珠や御経本を持ってるわけないだろう?それが無かったせいで、折伏流れましたってんじゃ、泣くに泣けないぞ」
「いや、まあそりゃそうですけど……」
威吹は木の枝で、開眼済みの数珠をツンツンとつついている。
「何やってるんだ、威吹?」
「いや、ボク達にとっては、放射性物質のようなものだから……」
「とにかく、2つでいいですよ。さすがにいきなり御受誡なんて、ムシが良過ぎます」
「そういう気合も必要だってことだよ」
「藤谷班長。数珠も値段が色々あるが、高い物ほど高僧が開眼した物なのか?他に御布施を要求してくるとか?」
威吹が聞いて来た。
「この数百円の数珠は差し当たり修行僧がやったもので、こっちの1万円の奴は僧正クラスがやったものですかね……」
カンジも右手を顎にやって見比べていた。
「違うっちゅーに」
藤谷は仏教とはおよそ縁の無い妖狐2人にツッコミを入れた。
買い物も終わり、六壺の勤行に参加したユタと藤谷。
今度は数珠が切れることは無かった。
新町駐車場に止まっている藤谷のベンツに乗り込む4人。
「途中で飯食ってから帰るか」
「ケンショー・レンジャーもいなくなって、行き帰りはスムーズでしたね」
「おう。だが、今度の支部登山で、また会いそうだぞ。ターミネーターの如く帰ってきそうだ」
こうして、今回のユタの添書登山は終わった。
[同日21:30.埼玉県さいたま市 ユタの家 ユタ、威吹、カンジ、藤谷]
「はい、到着〜」
「ありがとうございました」
ユタは藤谷に礼を言った。
「なぁに、作者と違って1人気ままな登山じゃなくて、やっぱり複数で登山するのがいいんだよ」
と、藤谷は言った。
「じゃあな。明日からまた大学だろ?ムリせずすぐに休めよ」
「はい。班長も仕事ですよね?」
「まあ、俺は役員だから、そこは何とでもできるんだ」
「いいなぁ……」
「就職先に困ったらうちに来いよ。ダンプでもユンボでもクレーンでも、何でも乗せてやるぞ」
「ええ。その前に免許取らないと……」
ユタは苦笑いした。
藤谷と別れて家の中に入る。
郵便受けの中から郵便物を出したカンジ。
「えーと……。これは稲生さん宛てですね。親展です」
「ふーん……」
A4サイズの茶封筒だった。
「何だろう?」
差出人を見ると、藤谷になっていた。
「藤谷班長が?何も言って無かったのに……」
封筒には、『座談会記録在中』とあった。
「ああ、座談会か。確かにこの前の座談会、参加できなかったけど……」
「言い忘れてたんじゃないか。車の中では、いかに雪女の脅威について話してたもんな」
威吹が笑って言った。
どうせ、日蓮正宗の内部のことだろう。
だから、オレ達には関係ない。
2人の妖狐は、そんな顔をしていた。
ユタは部屋に戻り、封筒の中を開けてみた。
中に入っていたのはCD。
恐らく座談会の模様を藤谷が録音して、それをCDに焼いてくれたものだろう。
ユタは早速、それを掛けてみた。
「!?」
ヘッドホンの中から聞こえて来たのは……。
〔「……だから江蓮、お前もユタには内緒にしてくれよ?週刊誌の記者に、魔道師マリアの情報を流したってことはよ」〕
キノの声だった。
他にも色々と聞こえてくる。
ああ、何と言うことだ。
週刊誌にマリアさんの過去をリークしたのはキノ……蓬莱山鬼之助……。
マリアさんの消したい過去を暴いて垂れ流したのはキノ!
マリアさんの古傷に塩を塗り込みやがったヤツはキノ!!
[同日22:00.ユタの家、リビング 威吹、カンジ]
「アルカディア・タイムズなる瓦版は、あまり購読していても意味が無いんじゃないか?あくまでこれは魔界の状況を伝えるものだろう?」
「まあ、これとて良い情報収集になるのです」
その時、バンッとリビングのドアが思いっきり開けられた。
「ユタ!?」
「どうかしましたか?」
ユタの顔は憤怒の表情に満ちていた。
「威吹、1つ聞きたいことがある」
「何だい?」
「威吹は僕の言う事、何でも聞いてくれるんだよね?」
「あ、ああ。もちろん。盟約だからね」
「オレも先生の御意向に従います」
「そうか。じゃあ、もしも僕が、『キノを殺してくれ』って言ったら、そうしてくれる?」
「まあ、盟約だからね。キノがどうかしたのかい?」
「まずはキノに会って確認したいんだ。キノの所へ連れて行ってくれっ……!」
「まあ、恐らくは栗原女史のお宅へ入り浸っているでしょうから、そこでしょうね」
カンジは冷静に言った。
「頼むよ。絶対に……許さない……!」
「……!?」
ユタの霊力が異常なほどに上がっている様子を、威吹は確認した。
「先生。恐らく今の稲生さんには、何を言っても無駄です。ここは従うべきかと」
カンジが威吹にそっと耳打ちした。
「そうだな。何があったのかは分からんが……」
「稲生さん、取りあえずタクシー呼びますから」
カンジの呼び掛けにも、ユタはあまり耳を貸していない様子だった。
黒いブレザーに黒いスカートをはき、黒いニーハイを履いた高校生くらいの少女は陸橋に佇み、眼下を通過していく特急列車を冷たい目で見下ろしていた。
(他愛も無い)
風に靡く黒い髪は、向かって左側をサイドテールにしている。
サイドテールにしているシュシュだけはピンク色である。
今通過していった特急“スワローあかぎ”5号には、図らずも師匠の為に働いてくれた2人の男女が乗っている。
無論、本人達にはそのような自覚は無いだろう。
あとは得た情報と材料を精査して、どこに駒を打つかだ。
(いや……。私もそんな駒の1つか……)
それでも構わない。
全ては、あのお方の為に動く。
今、生かされているのは、あの方のおかげなのだから……。
[5月18日13:30.大石寺・奉安堂 稲生ユウタ&藤谷春人]
この日、ユタは藤谷に誘われて添書登山に来ていた。
御開扉の時間になり、御法主・日如上人猊下の御出仕に合わせ、御隠尊・日顕上人猊下以下僧侶(※)、そして参加の信徒達が唱題を開始する。
(※いや、第三者的なナレーションなんだから、本来の小説的には『早瀬管長の出仕に合わせ、阿部前管長以下僧侶』と書くのが望ましいのだろうが、【お察しください】)
そこで異変が起きた。
ブチッ!
「!?」
ユタの数珠が突然切れたのだった。
「落ち着け」
動揺するユタを隣に座る藤谷が抑え、代わりに自分の予備の数珠を渡す。
「これを使え」
「は、はい」
ユタは藤谷から予備の数珠を借り受けるとそれを使って、何とか事なきを得た。
[同日14:15.同場所 ユタ&藤谷]
〔「……くれぐれも、走っての退場はなさらぬよう、お願い致します。それでは係の僧侶の誘導に従って……」〕
「びっくりしたなぁ……」
ユタは借りた数珠を藤谷に返した。
「稲生君、これで数珠切らすの2度目だろう?大丈夫か?」
「何かの前触れではないかと、怖いです」
「六壺の勤行に出る前に、売店で新しい数珠を買おう。急げばまだ店も開いてる」
「は、はい!」
奉安堂の外では、
「特盛、また切れたの!?」
エリちゃんが、一緒にいる特盛くんに何か言っていた。
「うん。まただよぉ……」
半泣きの特盛くん。
「おっ、数珠切らしたの、稲生君だけじゃないみたいだぞ?これで安心だな?なあ?」
藤谷はホッとした様子でユタに言った。
「でも、そうなると余計に心配です。他にも数珠が切れた現象の人がいたりして」
(しまった!逆効果だったか!)
ヤブヘビだと思った藤谷だったが、
「だいたい、アンタまた太って!だからよ!」
エリちゃんの怒鳴り声は鳴り止まない。
太ったことと、数珠が切れたのとどう関係があるのだろうか?
別にユタは太ってはいないが……。
「パンツのゴムが切れたの、これで何度目よ!?恥ずかしいったらありゃしない!」
「そっちですか!」
ズッコケた2人だった。
何でも猊下が御祈念の最中、伏せ拝をした時に切れたらしい。
[同日14:30.大石寺売店(仲見世) ユタ、藤谷、威吹、カンジ]
「さすがにパンツまでは、売店で売ってねぇだろうなぁ……」
「コンビニまで行くしかないですね」
「なになに?何の話?」
威吹がユタと藤谷の会話に入って来る。
「いや、何でもないよ」
「稲生君、せめて数珠は4つ買った方がいい」
「ええっ!?」
「御経本もついでにな」
「どうしてですか?いくら何でも、そんなに切れないと思いますが……」
「まず、普段使い用」
「はあ……」
「そして予備用、保管用、人にあげる用だ」
「アニヲタのアニメグッズみたいなこと言わないでくださいよ」
「そうか?オレなんか、人にあげる用も含めて10個くらい持ってるぞ」
「多過ぎですよ!」
「バカ。突然の折伏の機会に見舞われて、御受誡まで行けたらどうする?新願者が最初から数珠や御経本を持ってるわけないだろう?それが無かったせいで、折伏流れましたってんじゃ、泣くに泣けないぞ」
「いや、まあそりゃそうですけど……」
威吹は木の枝で、開眼済みの数珠をツンツンとつついている。
「何やってるんだ、威吹?」
「いや、ボク達にとっては、放射性物質のようなものだから……」
「とにかく、2つでいいですよ。さすがにいきなり御受誡なんて、ムシが良過ぎます」
「そういう気合も必要だってことだよ」
「藤谷班長。数珠も値段が色々あるが、高い物ほど高僧が開眼した物なのか?他に御布施を要求してくるとか?」
威吹が聞いて来た。
「この数百円の数珠は差し当たり修行僧がやったもので、こっちの1万円の奴は僧正クラスがやったものですかね……」
カンジも右手を顎にやって見比べていた。
「違うっちゅーに」
藤谷は仏教とはおよそ縁の無い妖狐2人にツッコミを入れた。
買い物も終わり、六壺の勤行に参加したユタと藤谷。
今度は数珠が切れることは無かった。
新町駐車場に止まっている藤谷のベンツに乗り込む4人。
「途中で飯食ってから帰るか」
「ケンショー・レンジャーもいなくなって、行き帰りはスムーズでしたね」
「おう。だが、今度の支部登山で、また会いそうだぞ。ターミネーターの如く帰ってきそうだ」
こうして、今回のユタの添書登山は終わった。
[同日21:30.埼玉県さいたま市 ユタの家 ユタ、威吹、カンジ、藤谷]
「はい、到着〜」
「ありがとうございました」
ユタは藤谷に礼を言った。
「なぁに、作者と違って1人気ままな登山じゃなくて、やっぱり複数で登山するのがいいんだよ」
と、藤谷は言った。
「じゃあな。明日からまた大学だろ?ムリせずすぐに休めよ」
「はい。班長も仕事ですよね?」
「まあ、俺は役員だから、そこは何とでもできるんだ」
「いいなぁ……」
「就職先に困ったらうちに来いよ。ダンプでもユンボでもクレーンでも、何でも乗せてやるぞ」
「ええ。その前に免許取らないと……」
ユタは苦笑いした。
藤谷と別れて家の中に入る。
郵便受けの中から郵便物を出したカンジ。
「えーと……。これは稲生さん宛てですね。親展です」
「ふーん……」
A4サイズの茶封筒だった。
「何だろう?」
差出人を見ると、藤谷になっていた。
「藤谷班長が?何も言って無かったのに……」
封筒には、『座談会記録在中』とあった。
「ああ、座談会か。確かにこの前の座談会、参加できなかったけど……」
「言い忘れてたんじゃないか。車の中では、いかに雪女の脅威について話してたもんな」
威吹が笑って言った。
どうせ、日蓮正宗の内部のことだろう。
だから、オレ達には関係ない。
2人の妖狐は、そんな顔をしていた。
ユタは部屋に戻り、封筒の中を開けてみた。
中に入っていたのはCD。
恐らく座談会の模様を藤谷が録音して、それをCDに焼いてくれたものだろう。
ユタは早速、それを掛けてみた。
「!?」
ヘッドホンの中から聞こえて来たのは……。
〔「……だから江蓮、お前もユタには内緒にしてくれよ?週刊誌の記者に、魔道師マリアの情報を流したってことはよ」〕
キノの声だった。
他にも色々と聞こえてくる。
ああ、何と言うことだ。
週刊誌にマリアさんの過去をリークしたのはキノ……蓬莱山鬼之助……。
マリアさんの消したい過去を暴いて垂れ流したのはキノ!
マリアさんの古傷に塩を塗り込みやがったヤツはキノ!!
[同日22:00.ユタの家、リビング 威吹、カンジ]
「アルカディア・タイムズなる瓦版は、あまり購読していても意味が無いんじゃないか?あくまでこれは魔界の状況を伝えるものだろう?」
「まあ、これとて良い情報収集になるのです」
その時、バンッとリビングのドアが思いっきり開けられた。
「ユタ!?」
「どうかしましたか?」
ユタの顔は憤怒の表情に満ちていた。
「威吹、1つ聞きたいことがある」
「何だい?」
「威吹は僕の言う事、何でも聞いてくれるんだよね?」
「あ、ああ。もちろん。盟約だからね」
「オレも先生の御意向に従います」
「そうか。じゃあ、もしも僕が、『キノを殺してくれ』って言ったら、そうしてくれる?」
「まあ、盟約だからね。キノがどうかしたのかい?」
「まずはキノに会って確認したいんだ。キノの所へ連れて行ってくれっ……!」
「まあ、恐らくは栗原女史のお宅へ入り浸っているでしょうから、そこでしょうね」
カンジは冷静に言った。
「頼むよ。絶対に……許さない……!」
「……!?」
ユタの霊力が異常なほどに上がっている様子を、威吹は確認した。
「先生。恐らく今の稲生さんには、何を言っても無駄です。ここは従うべきかと」
カンジが威吹にそっと耳打ちした。
「そうだな。何があったのかは分からんが……」
「稲生さん、取りあえずタクシー呼びますから」
カンジの呼び掛けにも、ユタはあまり耳を貸していない様子だった。