[5月26日19:00.さいたま市中央区 ユタの家 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾]
夕食前にはキノの見舞いを終えて戻って来た威吹。
3人は夕食を囲んだ後で、それぞれ寛ぎモードに入ろうとしていた。
「2人とも、ちょっといいかな?」
そんな時、ユタは2人の妖狐を呼んだ。
「何だい?」
「キノの事件のことなんだけど……」
「ユタ、余計な首を突っ込まないようにしようって言ったじゃないか。まあ、キノへの見舞いは一応の付き合いってものでね、あんなヤツでも」
「そ、そうだよね。ゴメン」
「栗原殿が半強制的に蓬莱山家に逗留させられているのが気になるが、家全体で大事な“獲物”という認識はあるようだから、悪いようにはしないはずだ」
「うん……」
「先生、恐らく鬼之助も含めて、その事件の真相に1番近い所にいるのは稲生さんだと思われます。その話をされたいのでしょう」
「だから、やめておこうと言ってる。……分からないか?」
威吹は声のトーンを落とした。
「じゃあ、少しだけその事件について話してみようか」
「うん。僕は……」
「あ、いや、ちょっと待って、ユタ。僕から話す。多分キミは、いきなり真相に近い話をしようってことだろう。それはちょっとマズいんだ」
「どうして?威吹は真相が分かったらマズいの?」
「いや、ボクははっきり言ってどうでもいい。しかし、マズい理由もある。それを話してみよう」
「うん」
「コーヒーでも入れましょうか」
「ああ、お願い」
「オレは茶でいい」
「分かりました」
「今現在、進行しているのはキノの身に起きた事件だ。それについては今のところ、ボク達はキノの頭が突然割られたくらいしか知らないことになってる。幸い、キノは栗原殿から抽出した物質を使って妙薬を作り、それで驚異的な回復をしている」
「栗原さんの何を抽出したの?」
「血液はまず採取しただろうね。ボクも詳しいことは知らないけど、あとは『男には無くて、女にしか無い成分』だという」
「?」
「まあ、今はその話をしてるわけじゃない。そもそも何で、キノの身にそんなことが起こったんだと思う?」
「え?」
「ボクやカンジ、想像したくないけどユタや栗原殿がやられてもいいはずだ。キノの話によれば、見えない第三者によって殴られた感じだったという。だから、例えばキノが突然頭が割れる奇病に罹ってそうなったわけではないようだ」
「うん……」
「ユタは帰りの電車の中で、自分がキノを呪ったからだと言ったね?」
「うん。言った」
「確かに特種な霊力を持つキミなら、そういった呪いを行使することは可能かもしれない」
「やっぱり!?」
「だけどキミの宗派では、それは御法度だという」
「そうなんだよ」
「宗派の教義に従った信仰をしているキミが、たまたま言葉のアヤによって、キノにそんな呪いを発動できるとは思えない。恐らく仏法とやらで、キミのその負の力は制限されているはず」
事実、顕正会時代は無駄に霊力が右肩上がりになり、見えなくても良い幽霊が見えるようになって襲われやすくなったりもした。
今現在は霊力も抑えられ、逆に弱まっているくらいだ。
「そこで、だ。どうしてキミは、キノにそんな呪いの言葉を吐いたんだい?」
「あいつが……イジメはされる方が悪いなんて言うから……」
「では、キミがキノに電話をした理由は?」
「えーと……」
威吹は話をどんどん過去に遡らせて行った。
そして話は、差出人が藤谷春人名義で届いたCDに辿り着く。
その頃にはコーヒーやお茶も入っていた。
「藤谷班長は全く知らないと言ってた」
「そうだろうね。藤谷班長は名前を使われただけだ。ボク達は信仰関係だと思うだろう。その方がキミは警戒しないし、ボク達も無関心になるからね。それを本当の差出人は狙ったんだろう」
「本当の差出人って?」
「ここからが本題だ。キノの発言をどのようにして盗聴したか判明しない以上、不用意に真相を話さない方がいい。今の話は既に分かっていることだから、聞かれても問題は無いだろう」
「そっかぁ……。さすが妖狐」
「ボク達は隠密行動をすることもあるからね。ただ、それでもどのようにして盗聴したかまでは分からないな。唯一怪しいのは、山手線で座席の下から飛び出してきたという黒猫だが……」
「先生。黒猫は魔法使いの使い魔として有名です。魔法使い→魔女→魔道師……ではないですか?」
「魔道師か……。そういえばここ最近、イリーナの影が無くなったな」
「イリーナさんがそんなことするかい?」
「魔道師の考えてることは、宇宙のように計り知れないからね」
「でもイリーナさんもマリアさんも、黒猫と一緒にいる所なんて見たことないよ?」
「……別の魔道師の可能性がありますね。マリア師も、他に魔道師が存在していることを認めています」
「だとしたら、面倒なことになってるな。ただでさえ、あの2人の魔道師だけでいっぱいだってのに」
威吹はわざとらしい溜め息をついた。
「でも、どうして他の魔道師がキノの盗聴なんか?」
「それは……何でだろう?」
「鬼族が別に魔道師と関わっているということでしょうか?」
「可能性はあるな」
「いや、それもおかしいよ」
と、ユタ。
「もし鬼族がマリアさんやイリーナさん以外の魔道師と別個に関わっているとしたら、僕達は関係無いじゃないか。何で僕の所に盗聴したCDを送って来たんだ?」
「……魔道師という人種は、他人を巻き込むことも厭わないようですね。たまたま、稲生さんを巻き込んだだけかもしれません」
「ちょっと、マリアさんに電話して聞いてみよう。何か知ってるかも……」
「いや、待て」
威吹はユタの手を掴んだ。
「電話の内容が聞かれる恐れがある」
「でも……」
「メールとかはどうですか?」
「マリアさんはケータイもパソコンも持ってないよ」
「お手上げか……」
その頃、稲生家の庭に一匹の黒猫がいた。
(ちっ。さすがは妖狐……)
盗聴を警戒して真相を話そうとしない家人達に苛立っていた。
{「エレーナ、エレーナ。聞こえる?」}
エレーナという名の黒猫は猫ならではの跳躍力を駆使して、家の外に飛び出した。
「あ、はい。エレーナです。ポーリン先生」
電柱の陰に行くと黒猫は、10代の少女の姿に戻った。
右の耳にインカムを着けている。
{「ちょっとすぐ戻ってきてくれる?」}
「分かりました」
エレーナは頷くと隠しておいたホウキを取り、それに跨って飛んだ。
[5月27日03:00.ユタの家・ユタの自室 ユタ]
燃え盛る洋館風の屋敷。
その周りには大柄な体躯の鬼達がいて、屋敷を取り囲んでいる。
焼け落ちた屋敷から見つかったのは、マリアの亡骸とそれを取り囲むようにして焼け焦げた人形達……。
「復讐完了だ!」
大きく勝ち誇った笑いを浮かべるのは、その鬼達を率いていた蓬莱山鬼之助……。
「……!!」
そこで目が覚めたユタ。
「こ、これって……!?」
ユタはトイレに行って用を足した後、水分補給をして部屋に戻った。
そして布団を被り、自分のスマホを持ち込んで、マリアの屋敷に電話を掛けてみた。
何度もコールしてやっと出たのは、
{「いつかは電話を掛けてくると思っていたけど、まさかこんなタイミングとはね」}
「イリーナさん。すいません、こんな時間に……」
{「いいのよ。マリアのことかしら?」}
「マリアさんがどうかしたんですか?」
{「ちょっとね、私の指導を無視した行動を取ったから、しばらく屋敷に謹慎してもらうことにしたから。ユウタ君と出会って、少しあのコの心境も変わったみたいだから、ちょっと外に出してみて……と思ったんだけど、私の判断ミスだったみたいね。結局、多くの人に迷惑掛けてしまったわね」}
「いや、あの、僕は……」
{「ああ、心配しないで。あくまでも謹慎だから。もう2度と屋敷から出さないというわけじゃないから。ただ、しばらく会えなくなるけど、ごめんね。せっかく気に入ってくれたのにね」}
「……それなら、今度の夏休みにでも僕の方から会いに行きます。それならいいですよね?」
{「んー……まあ、それならいいかな」}
「それと、もう1つ。気になる夢を見たので、イリーナさんに判断して頂きたいのですが……」
ユタは先ほど見た夢の話をした。
{「……ヤバい。稲生君はその夢を見たのね?」}
「ヤバいって、やっぱり予知夢ですか!?マリアさん、死んじゃうんですか!?」
{「そんなことはさせないわ。多分、順番的に私が見た夢の方が先だと思う。私の夢の段階で阻止できれば、あなたの予知夢はキャンセルされるはずよ」}
「イリーナさんの夢って?僕は何をしたらいいんですか?」
この後、ユタは一睡もできずに朝を迎え、大学には寝不足のまま向かったという。
夕食前にはキノの見舞いを終えて戻って来た威吹。
3人は夕食を囲んだ後で、それぞれ寛ぎモードに入ろうとしていた。
「2人とも、ちょっといいかな?」
そんな時、ユタは2人の妖狐を呼んだ。
「何だい?」
「キノの事件のことなんだけど……」
「ユタ、余計な首を突っ込まないようにしようって言ったじゃないか。まあ、キノへの見舞いは一応の付き合いってものでね、あんなヤツでも」
「そ、そうだよね。ゴメン」
「栗原殿が半強制的に蓬莱山家に逗留させられているのが気になるが、家全体で大事な“獲物”という認識はあるようだから、悪いようにはしないはずだ」
「うん……」
「先生、恐らく鬼之助も含めて、その事件の真相に1番近い所にいるのは稲生さんだと思われます。その話をされたいのでしょう」
「だから、やめておこうと言ってる。……分からないか?」
威吹は声のトーンを落とした。
「じゃあ、少しだけその事件について話してみようか」
「うん。僕は……」
「あ、いや、ちょっと待って、ユタ。僕から話す。多分キミは、いきなり真相に近い話をしようってことだろう。それはちょっとマズいんだ」
「どうして?威吹は真相が分かったらマズいの?」
「いや、ボクははっきり言ってどうでもいい。しかし、マズい理由もある。それを話してみよう」
「うん」
「コーヒーでも入れましょうか」
「ああ、お願い」
「オレは茶でいい」
「分かりました」
「今現在、進行しているのはキノの身に起きた事件だ。それについては今のところ、ボク達はキノの頭が突然割られたくらいしか知らないことになってる。幸い、キノは栗原殿から抽出した物質を使って妙薬を作り、それで驚異的な回復をしている」
「栗原さんの何を抽出したの?」
「血液はまず採取しただろうね。ボクも詳しいことは知らないけど、あとは『男には無くて、女にしか無い成分』だという」
「?」
「まあ、今はその話をしてるわけじゃない。そもそも何で、キノの身にそんなことが起こったんだと思う?」
「え?」
「ボクやカンジ、想像したくないけどユタや栗原殿がやられてもいいはずだ。キノの話によれば、見えない第三者によって殴られた感じだったという。だから、例えばキノが突然頭が割れる奇病に罹ってそうなったわけではないようだ」
「うん……」
「ユタは帰りの電車の中で、自分がキノを呪ったからだと言ったね?」
「うん。言った」
「確かに特種な霊力を持つキミなら、そういった呪いを行使することは可能かもしれない」
「やっぱり!?」
「だけどキミの宗派では、それは御法度だという」
「そうなんだよ」
「宗派の教義に従った信仰をしているキミが、たまたま言葉のアヤによって、キノにそんな呪いを発動できるとは思えない。恐らく仏法とやらで、キミのその負の力は制限されているはず」
事実、顕正会時代は無駄に霊力が右肩上がりになり、見えなくても良い幽霊が見えるようになって襲われやすくなったりもした。
今現在は霊力も抑えられ、逆に弱まっているくらいだ。
「そこで、だ。どうしてキミは、キノにそんな呪いの言葉を吐いたんだい?」
「あいつが……イジメはされる方が悪いなんて言うから……」
「では、キミがキノに電話をした理由は?」
「えーと……」
威吹は話をどんどん過去に遡らせて行った。
そして話は、差出人が藤谷春人名義で届いたCDに辿り着く。
その頃にはコーヒーやお茶も入っていた。
「藤谷班長は全く知らないと言ってた」
「そうだろうね。藤谷班長は名前を使われただけだ。ボク達は信仰関係だと思うだろう。その方がキミは警戒しないし、ボク達も無関心になるからね。それを本当の差出人は狙ったんだろう」
「本当の差出人って?」
「ここからが本題だ。キノの発言をどのようにして盗聴したか判明しない以上、不用意に真相を話さない方がいい。今の話は既に分かっていることだから、聞かれても問題は無いだろう」
「そっかぁ……。さすが妖狐」
「ボク達は隠密行動をすることもあるからね。ただ、それでもどのようにして盗聴したかまでは分からないな。唯一怪しいのは、山手線で座席の下から飛び出してきたという黒猫だが……」
「先生。黒猫は魔法使いの使い魔として有名です。魔法使い→魔女→魔道師……ではないですか?」
「魔道師か……。そういえばここ最近、イリーナの影が無くなったな」
「イリーナさんがそんなことするかい?」
「魔道師の考えてることは、宇宙のように計り知れないからね」
「でもイリーナさんもマリアさんも、黒猫と一緒にいる所なんて見たことないよ?」
「……別の魔道師の可能性がありますね。マリア師も、他に魔道師が存在していることを認めています」
「だとしたら、面倒なことになってるな。ただでさえ、あの2人の魔道師だけでいっぱいだってのに」
威吹はわざとらしい溜め息をついた。
「でも、どうして他の魔道師がキノの盗聴なんか?」
「それは……何でだろう?」
「鬼族が別に魔道師と関わっているということでしょうか?」
「可能性はあるな」
「いや、それもおかしいよ」
と、ユタ。
「もし鬼族がマリアさんやイリーナさん以外の魔道師と別個に関わっているとしたら、僕達は関係無いじゃないか。何で僕の所に盗聴したCDを送って来たんだ?」
「……魔道師という人種は、他人を巻き込むことも厭わないようですね。たまたま、稲生さんを巻き込んだだけかもしれません」
「ちょっと、マリアさんに電話して聞いてみよう。何か知ってるかも……」
「いや、待て」
威吹はユタの手を掴んだ。
「電話の内容が聞かれる恐れがある」
「でも……」
「メールとかはどうですか?」
「マリアさんはケータイもパソコンも持ってないよ」
「お手上げか……」
その頃、稲生家の庭に一匹の黒猫がいた。
(ちっ。さすがは妖狐……)
盗聴を警戒して真相を話そうとしない家人達に苛立っていた。
{「エレーナ、エレーナ。聞こえる?」}
エレーナという名の黒猫は猫ならではの跳躍力を駆使して、家の外に飛び出した。
「あ、はい。エレーナです。ポーリン先生」
電柱の陰に行くと黒猫は、10代の少女の姿に戻った。
右の耳にインカムを着けている。
{「ちょっとすぐ戻ってきてくれる?」}
「分かりました」
エレーナは頷くと隠しておいたホウキを取り、それに跨って飛んだ。
[5月27日03:00.ユタの家・ユタの自室 ユタ]
燃え盛る洋館風の屋敷。
その周りには大柄な体躯の鬼達がいて、屋敷を取り囲んでいる。
焼け落ちた屋敷から見つかったのは、マリアの亡骸とそれを取り囲むようにして焼け焦げた人形達……。
「復讐完了だ!」
大きく勝ち誇った笑いを浮かべるのは、その鬼達を率いていた蓬莱山鬼之助……。
「……!!」
そこで目が覚めたユタ。
「こ、これって……!?」
ユタはトイレに行って用を足した後、水分補給をして部屋に戻った。
そして布団を被り、自分のスマホを持ち込んで、マリアの屋敷に電話を掛けてみた。
何度もコールしてやっと出たのは、
{「いつかは電話を掛けてくると思っていたけど、まさかこんなタイミングとはね」}
「イリーナさん。すいません、こんな時間に……」
{「いいのよ。マリアのことかしら?」}
「マリアさんがどうかしたんですか?」
{「ちょっとね、私の指導を無視した行動を取ったから、しばらく屋敷に謹慎してもらうことにしたから。ユウタ君と出会って、少しあのコの心境も変わったみたいだから、ちょっと外に出してみて……と思ったんだけど、私の判断ミスだったみたいね。結局、多くの人に迷惑掛けてしまったわね」}
「いや、あの、僕は……」
{「ああ、心配しないで。あくまでも謹慎だから。もう2度と屋敷から出さないというわけじゃないから。ただ、しばらく会えなくなるけど、ごめんね。せっかく気に入ってくれたのにね」}
「……それなら、今度の夏休みにでも僕の方から会いに行きます。それならいいですよね?」
{「んー……まあ、それならいいかな」}
「それと、もう1つ。気になる夢を見たので、イリーナさんに判断して頂きたいのですが……」
ユタは先ほど見た夢の話をした。
{「……ヤバい。稲生君はその夢を見たのね?」}
「ヤバいって、やっぱり予知夢ですか!?マリアさん、死んじゃうんですか!?」
{「そんなことはさせないわ。多分、順番的に私が見た夢の方が先だと思う。私の夢の段階で阻止できれば、あなたの予知夢はキャンセルされるはずよ」}
「イリーナさんの夢って?僕は何をしたらいいんですか?」
この後、ユタは一睡もできずに朝を迎え、大学には寝不足のまま向かったという。