[5月6日時刻不明 ヨーロッパ某国の森の中に建つ小屋 イリーナ・レヴィア・ブリジッド& ???]
小屋の中で、1人の老婆が煮立った釜の中をかき混ぜている。
これだけ見ると何か料理でもしているのかと思うが、その周囲は身の毛もよだつ怪しげな材料が転がっている。
まるで魔女が怪しげな薬を作っているかのようだ。
その魔女のような老婆は、来訪者に気づいた。
「何か……御用かね?」
「お久しぶり。姉さん」
イリーナが老婆に声を掛けると、その老婆は見る見るうちに若返って行き、ついにはイリーナと大して歳の変わらぬ姿になった。
「あんたに姉さんと呼ばれる筋合いは、もう無いんだけどね」
若返った魔女は、イリーナに侮蔑の目を向けた。
「では、名前で呼ばせてもらうわ。元・姉弟子のポーリン・ルシフェ・エルミラ」
傲慢の悪魔のミドルネームを持つ金髪碧眼の魔道師は、元・妹弟子を見据えた。
イリーナの来訪目的の真意を探ろうとしているように見えた。
「それで、何の用?」
「師匠に会いたいんだけど、知ってる?」
「先生に会ってどうするの?修行を抜け出したことを今更謝るつもり?もう許してくれないよ」
「そうじゃないの。色々聞きたいことがあるだけ」
「知ってるけど、反省の色も無いんじゃ、教えられないね」
ポーリンは肩を竦めた。
「じゃあ、あなたに1つ聞きたいことがあるの」
「?」
イリーナは週刊魔境を出した。
そして、マリアを貶めたあの記事を開く。
「これ……あなたが関わったでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「あの場にいた人間の女の子、あなたの弟子によく似てるからね」
「ふふっ……。ふふふ……ははははは!バレた?」
「バレバレよ!」
小屋の屋根の上で寛いでいた黒猫が中に入って来る。
その黒猫は、人の姿に化けた。いや、戻ったというべきか。
「名前もよく似てる。何かの偶然かしら?エレーナ・マーロンちゃん」
「先生なら知ってるかもね。……確かにエレーナを使って、その記事に関わったのは認めるよ」
「何でそんなことを!?」
「1つ誤解しないで欲しいのは、あのコが人間だった頃に起こした事件については、何もリークしていないから」
「?」
「私がリークしたのは、先日あのコが起こした事件についてだけよ。エレーナには記憶を写真として残す、念写ができるからね。私達の使命は、歴史を陰から操ること。つまり、歴史の表舞台に立つべきではない。立ってはいけない。それは先生からもよく言われてたでしょう?然るにあなたの弟子は、表であんな事件を起こした。許せる行為ではないよね」
するとイリーナはポーリンを睨みつけた。
エレーナが警戒して、魔法の杖を出すくらいだった。
ミドルネームはまだ無いので、弟子に成り立てなのだろう。
運転免許で言う仮免の状態まで来た時、初めてミドルネームをもらえるのである。
「パパラッチみたいに、私達のスキャンダル探してたヤツがよく言うわね。どうせ不良達に絡まれたのだって、いかにもそうなるように、このコが仕向けたんじゃないの?」
「どこにその証拠があって?言い掛かりもいい加減にしてちょうだい。スキャンダルというのはね、撮られる方が悪いのよ。普通にしていれば、そんなこと無いんだから」
するとイリーナはローブの中から、バレーボールくらいの大きさの水晶玉を出した。
そこに映し出されるのは、事件の舞台となった仙台の複合娯楽施設。
防犯カメラからの映像らしい。
すると江蓮によく似た少女。つまりエレーナが、わざとあの3人のヤンキーの1人にぶつかっていくシーンがあった。
「どう?いかにも、じゃない?」
エレーナはまだ未熟なのだろう。
水晶玉の映像を見て、しまったという顔をしていた。
「私の弟子を罠にはめて、何を考えてるの!」
「あなたは正式に、先生から免許皆伝を受けたわけじゃない。それなのに、勝手に弟子を取るなんて傲慢にも程があるわ。私のこの傲慢の悪魔のミドルネームをあなたに譲りたいくらいよ」
「もう1度聞くわ。先生は今どこにいるの?」
「……聞きたかったら、実力で聞いたら?」
ポーリンはローブの中から、魔法の杖を出した。
[同日13:00.さいたま市中央区 ユタの家・マリアの部屋 ユタ&マリア]
「まだちょっと熱がありますね……」
ユタは体温計を見た。
昨夜は40度だった熱が、今は38度台である。
まあ、一晩で2度も下がったのだから、薬がよく効いている方なのだろう。
このペースで行けば、明日には平熱まで下がっている計算になる。
「ユウタ君は大学はいいのか?」
「今日は振替休日なので、大学も休みです」
「そう、か……。ユウタ君、後で栗原江蓮に謝っておいてくれないか?」
「え?どうしてです?」
「私のことで巻き込んでしまって、申し訳無いと……」
「栗原さんが巻き込まれたって……?」
「実は私は直接見たこと無いが、世界には栗原江蓮に似た魔道師もいるようだ」
「えっ!?」
確かに日本人離れした顔立ちはしているが、まさか魔道師似とは……。
「私が予想したものだが、多分間違ってはいないと思う。……いくら栗原江蓮に似ているとはいえ、そのまま出たのでは、あなた達にすぐに偽者だと分かってしまう。より似せる為に、本物の精気を採取して使用したはすだ。私も偽者を見ていて気づかなかったわけだし、本物が病気で倒れたと聞いて、そうだと分かった。師匠は後ですぐ気づいたようだけどね。それで多分、今追っているはずだ」
「精気を採取すると、どうして病気になるんですか?」
「免疫力も落ちるからだ。大抵は風邪を引きやすくなることが多い。彼女も例外ではなかったようだ」
「ふーん……」
「妖怪が見ても分かるから、あの鬼族の男……あいつも気づいたはずだ」
「へえ……」
「無関係な人間を巻き込んだことは申し訳無く思っている。恐らくしばらく私は会うことはないと思うから、代わりに謝っておいてほしい」
「そういうことならお任せください」
「ありがとう。……あ」
「はい?」
「……ちょっと、しばらく部屋を出てもらえないか?傍にいて欲しいと言っておきながら、アレだけど……」
「あ、ハイハイ。では……」
ユタは首を傾げつつも、素直に部屋を出た。
「ちっ。こういう時に……」
マリアは荷物の中から、生理用ナプキンを取り出した。
下着を替えていると、枕元に置いた水晶玉がボウッと鈍い光を放った。
外部からの着信である。まあ、ほぼ100パー、イリーナからであるが。
[同日13:05.ユタの家・リビング ユタ、威吹、カンジ]
「だから!あの場には、オレ達以外に妖怪はいなかったって!……え?だから、何でそうなる!?何度言ったら分かるんだ!」
「!?」
ユタがリビングに移動すると、威吹の怒声が聞こえて来た。
電話で誰かと話しているようだった。
「どうしたんだい、威吹は……?」
「キノと揉めているようです」
「キノと?」
その時ユタはマリアの言葉を思い出した。
「気になるなら自分で調査しろっ!」
威吹は電話を切った。
「ったく、あのバカが……。あ、ユタ。ごめんね。見苦しいところを……」
「いやいや。キノがどうかしたの?」
「栗原さんが病気で倒れたのは、妖怪に精気を吸われたからなんだって。吸われた先を追ってみたら仙台で、ちょうどそこにボク達がいたもんだから疑ってるんだ」
「全く。とんだ言い掛かりです。本物の栗原さんが新潟にいたとは、つい最近分かったことだというのに……」
「いくら栗原さんが甲種(A級)霊力の持ち主だからって、既に他人の手に渡っている“獲物”に手を出すほど飢えてはいない」
「ええ」
「あ、そのことなんだけど……」
ユタは先ほど、マリアから聞いた話を2人の妖狐に話した。
「マジか!?」
「マジです。つまりもうここまで来ると、魔道師達の抗争レベルになってるんで、もう僕達の手には負えないみたいなんだ」
「それは何たる……!」
「とにかく、今の話をキノに教えてあげよう。後のことは知らんということにしてさ」
「そうだな。事あるごとにケンカ売られたんじゃ、こっちも疲れる」
ユタはキノに電話した。
「……そういうわけなんだ。マリアさんも謝ってたよ」
{「謝って済む問題じゃねぇ!ヘタすりゃ、とんでもねぇ病気に罹ったかもしれねぇんだぞ!あっ!?」}
「いや、だからそこはさ……」
{「……ちっ、まあいい。取りあえず今は、江蓮も回復に向かっている。今日最終の新幹線で大宮に戻れるだろう。明日からの学校はバックレずに済みそうだ」}
「それは良かったね。“とき”352号か。E2の10両編成だね」
{「ああっ?そんな専門用語言われたって分かんねーよ」}
「とにかくもう1度言うけど、栗原さんは直接狙われたわけじゃなくて、たまたま巻き込まれただけだから。で、マリアさんが直接やったわけじゃないから。マリアさんを攻撃したりはしないでよ。巻き込んだことも謝ってるんだし」
{「ああ。いいぜ。まさか、本当に週刊誌に叩かれるとは思わなかったからな。さすがの鬼にも、情けってもんはあるんだ。それじゃ」}
「ちょっと待って!本当にってどういう……あ、切れちゃった」
ユタは首を傾げた。
小屋の中で、1人の老婆が煮立った釜の中をかき混ぜている。
これだけ見ると何か料理でもしているのかと思うが、その周囲は身の毛もよだつ怪しげな材料が転がっている。
まるで魔女が怪しげな薬を作っているかのようだ。
その魔女のような老婆は、来訪者に気づいた。
「何か……御用かね?」
「お久しぶり。姉さん」
イリーナが老婆に声を掛けると、その老婆は見る見るうちに若返って行き、ついにはイリーナと大して歳の変わらぬ姿になった。
「あんたに姉さんと呼ばれる筋合いは、もう無いんだけどね」
若返った魔女は、イリーナに侮蔑の目を向けた。
「では、名前で呼ばせてもらうわ。元・姉弟子のポーリン・ルシフェ・エルミラ」
傲慢の悪魔のミドルネームを持つ金髪碧眼の魔道師は、元・妹弟子を見据えた。
イリーナの来訪目的の真意を探ろうとしているように見えた。
「それで、何の用?」
「師匠に会いたいんだけど、知ってる?」
「先生に会ってどうするの?修行を抜け出したことを今更謝るつもり?もう許してくれないよ」
「そうじゃないの。色々聞きたいことがあるだけ」
「知ってるけど、反省の色も無いんじゃ、教えられないね」
ポーリンは肩を竦めた。
「じゃあ、あなたに1つ聞きたいことがあるの」
「?」
イリーナは週刊魔境を出した。
そして、マリアを貶めたあの記事を開く。
「これ……あなたが関わったでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「あの場にいた人間の女の子、あなたの弟子によく似てるからね」
「ふふっ……。ふふふ……ははははは!バレた?」
「バレバレよ!」
小屋の屋根の上で寛いでいた黒猫が中に入って来る。
その黒猫は、人の姿に化けた。いや、戻ったというべきか。
「名前もよく似てる。何かの偶然かしら?エレーナ・マーロンちゃん」
「先生なら知ってるかもね。……確かにエレーナを使って、その記事に関わったのは認めるよ」
「何でそんなことを!?」
「1つ誤解しないで欲しいのは、あのコが人間だった頃に起こした事件については、何もリークしていないから」
「?」
「私がリークしたのは、先日あのコが起こした事件についてだけよ。エレーナには記憶を写真として残す、念写ができるからね。私達の使命は、歴史を陰から操ること。つまり、歴史の表舞台に立つべきではない。立ってはいけない。それは先生からもよく言われてたでしょう?然るにあなたの弟子は、表であんな事件を起こした。許せる行為ではないよね」
するとイリーナはポーリンを睨みつけた。
エレーナが警戒して、魔法の杖を出すくらいだった。
ミドルネームはまだ無いので、弟子に成り立てなのだろう。
運転免許で言う仮免の状態まで来た時、初めてミドルネームをもらえるのである。
「パパラッチみたいに、私達のスキャンダル探してたヤツがよく言うわね。どうせ不良達に絡まれたのだって、いかにもそうなるように、このコが仕向けたんじゃないの?」
「どこにその証拠があって?言い掛かりもいい加減にしてちょうだい。スキャンダルというのはね、撮られる方が悪いのよ。普通にしていれば、そんなこと無いんだから」
するとイリーナはローブの中から、バレーボールくらいの大きさの水晶玉を出した。
そこに映し出されるのは、事件の舞台となった仙台の複合娯楽施設。
防犯カメラからの映像らしい。
すると江蓮によく似た少女。つまりエレーナが、わざとあの3人のヤンキーの1人にぶつかっていくシーンがあった。
「どう?いかにも、じゃない?」
エレーナはまだ未熟なのだろう。
水晶玉の映像を見て、しまったという顔をしていた。
「私の弟子を罠にはめて、何を考えてるの!」
「あなたは正式に、先生から免許皆伝を受けたわけじゃない。それなのに、勝手に弟子を取るなんて傲慢にも程があるわ。私のこの傲慢の悪魔のミドルネームをあなたに譲りたいくらいよ」
「もう1度聞くわ。先生は今どこにいるの?」
「……聞きたかったら、実力で聞いたら?」
ポーリンはローブの中から、魔法の杖を出した。
[同日13:00.さいたま市中央区 ユタの家・マリアの部屋 ユタ&マリア]
「まだちょっと熱がありますね……」
ユタは体温計を見た。
昨夜は40度だった熱が、今は38度台である。
まあ、一晩で2度も下がったのだから、薬がよく効いている方なのだろう。
このペースで行けば、明日には平熱まで下がっている計算になる。
「ユウタ君は大学はいいのか?」
「今日は振替休日なので、大学も休みです」
「そう、か……。ユウタ君、後で栗原江蓮に謝っておいてくれないか?」
「え?どうしてです?」
「私のことで巻き込んでしまって、申し訳無いと……」
「栗原さんが巻き込まれたって……?」
「実は私は直接見たこと無いが、世界には栗原江蓮に似た魔道師もいるようだ」
「えっ!?」
確かに日本人離れした顔立ちはしているが、まさか魔道師似とは……。
「私が予想したものだが、多分間違ってはいないと思う。……いくら栗原江蓮に似ているとはいえ、そのまま出たのでは、あなた達にすぐに偽者だと分かってしまう。より似せる為に、本物の精気を採取して使用したはすだ。私も偽者を見ていて気づかなかったわけだし、本物が病気で倒れたと聞いて、そうだと分かった。師匠は後ですぐ気づいたようだけどね。それで多分、今追っているはずだ」
「精気を採取すると、どうして病気になるんですか?」
「免疫力も落ちるからだ。大抵は風邪を引きやすくなることが多い。彼女も例外ではなかったようだ」
「ふーん……」
「妖怪が見ても分かるから、あの鬼族の男……あいつも気づいたはずだ」
「へえ……」
「無関係な人間を巻き込んだことは申し訳無く思っている。恐らくしばらく私は会うことはないと思うから、代わりに謝っておいてほしい」
「そういうことならお任せください」
「ありがとう。……あ」
「はい?」
「……ちょっと、しばらく部屋を出てもらえないか?傍にいて欲しいと言っておきながら、アレだけど……」
「あ、ハイハイ。では……」
ユタは首を傾げつつも、素直に部屋を出た。
「ちっ。こういう時に……」
マリアは荷物の中から、生理用ナプキンを取り出した。
下着を替えていると、枕元に置いた水晶玉がボウッと鈍い光を放った。
外部からの着信である。まあ、ほぼ100パー、イリーナからであるが。
[同日13:05.ユタの家・リビング ユタ、威吹、カンジ]
「だから!あの場には、オレ達以外に妖怪はいなかったって!……え?だから、何でそうなる!?何度言ったら分かるんだ!」
「!?」
ユタがリビングに移動すると、威吹の怒声が聞こえて来た。
電話で誰かと話しているようだった。
「どうしたんだい、威吹は……?」
「キノと揉めているようです」
「キノと?」
その時ユタはマリアの言葉を思い出した。
「気になるなら自分で調査しろっ!」
威吹は電話を切った。
「ったく、あのバカが……。あ、ユタ。ごめんね。見苦しいところを……」
「いやいや。キノがどうかしたの?」
「栗原さんが病気で倒れたのは、妖怪に精気を吸われたからなんだって。吸われた先を追ってみたら仙台で、ちょうどそこにボク達がいたもんだから疑ってるんだ」
「全く。とんだ言い掛かりです。本物の栗原さんが新潟にいたとは、つい最近分かったことだというのに……」
「いくら栗原さんが甲種(A級)霊力の持ち主だからって、既に他人の手に渡っている“獲物”に手を出すほど飢えてはいない」
「ええ」
「あ、そのことなんだけど……」
ユタは先ほど、マリアから聞いた話を2人の妖狐に話した。
「マジか!?」
「マジです。つまりもうここまで来ると、魔道師達の抗争レベルになってるんで、もう僕達の手には負えないみたいなんだ」
「それは何たる……!」
「とにかく、今の話をキノに教えてあげよう。後のことは知らんということにしてさ」
「そうだな。事あるごとにケンカ売られたんじゃ、こっちも疲れる」
ユタはキノに電話した。
「……そういうわけなんだ。マリアさんも謝ってたよ」
{「謝って済む問題じゃねぇ!ヘタすりゃ、とんでもねぇ病気に罹ったかもしれねぇんだぞ!あっ!?」}
「いや、だからそこはさ……」
{「……ちっ、まあいい。取りあえず今は、江蓮も回復に向かっている。今日最終の新幹線で大宮に戻れるだろう。明日からの学校はバックレずに済みそうだ」}
「それは良かったね。“とき”352号か。E2の10両編成だね」
{「ああっ?そんな専門用語言われたって分かんねーよ」}
「とにかくもう1度言うけど、栗原さんは直接狙われたわけじゃなくて、たまたま巻き込まれただけだから。で、マリアさんが直接やったわけじゃないから。マリアさんを攻撃したりはしないでよ。巻き込んだことも謝ってるんだし」
{「ああ。いいぜ。まさか、本当に週刊誌に叩かれるとは思わなかったからな。さすがの鬼にも、情けってもんはあるんだ。それじゃ」}
「ちょっと待って!本当にってどういう……あ、切れちゃった」
ユタは首を傾げた。