[5月25日時刻不明 長野県某所にあるマリアの屋敷 マリアンナ・ベルゼ・スカーレット]
「ふふふふ……。できた……!」
先週、ユタの人形、通称『ユタぐるみ』を作った無邪気な笑顔とは別人のように、狂気の笑顔を浮かべるマリアの姿があった。
全体的に青い魔道師のワンピースの服に、深緑色のローブを着て作業をする姿は確かに魔女である。
マリアの魔道師としての職種は『人形使い』。
その名の通り、人形を使役する魔法使いである。
見えない魔法の糸で、自作のフランス人形を使役する。
今では常時10体もの人形が、この屋敷の維持・管理に当たっていた。
但し、人形使いでいるのもほんの一時。
師匠イリーナの後継者として、いずれは師匠と同じ、クロック・ワーカー(歴史を陰で操る者)になることが期待されている。
それには色々と条件があり、その条件をクリアする為に、まずは人形使いをやっているのである。
ユタをデフォルメし、コミカルさもあるユタぐるみに対し、狂気の笑顔で作り上げた人形にはそれが無かった。
しかし、新たに使役する為のフランス人形というわけでもない。
「チェック……だ」
その人形は、ある人物に似ていた。
蓬莱山鬼之助に。
[5月20日15:00.同場所 マリア]
{「……というわけで、マリアさんのことを週刊誌に流したのはキノ……蓬莱山鬼之助だというのが分かりました」}
マリアは1人で住む広い屋敷の、普段過ごしているリビングでユタからの電話を受けていた。
電話機はアナログ回線の洋風なデザイン。
「そうか……」
{「すいません。僕がヤツを懲らしめようとしたんですが、返り討ちに遭っちゃって……。情けない」}
「いや、ユウタ君のその気持ちだけでも嬉しい」
{「結局ヤツから謝罪の言葉を引き出すことはできませんでした。『あの記者が本当に記事にするとは思わなかった』の一点張りで」}
「……っ!」
{「いや、記事にするに決まってるじゃないかと言ったんですが、全然ラチが明かなくて……」}
「分かった。ユウタ君は、もう何もしなくていいから。今のユウタ君は、無駄に霊力を解放しない方がいい。あとは私に任せてくれ。本当に、ありがとう」
{「マリアさんが?」}
「ああ。だからこれ以上ムリをして、余計なケガをしないで。……うん。師匠は忙しいから、私がケリをつけることになると思う。……ああ。また遊びに行く。それじゃ」
マリアはユタとの通話の間は終始、穏やかな顔付きだった。
しかし電話を切ると、
「そうか……。あの鬼族の男がか……!!」
目つきを中心に、ガラリと変わった。
[5月25日15:00.同場所・裏庭 マリア]
マリアはミク人形などを連れて、屋敷の裏庭にやってきた。
ここに魔道書を見ながら、魔法陣を描く。
そしてその中心に、キノに似た人形を置いた。
魔法陣の外に出ると左手には魔道書、右手は魔法陣の方に翳した。
「■■■■■■■■、・・・・・・・・!▲▲▲……」
何語とも判別のつかない呪文を唱える。
すると魔法陣から紫色の煙が上がり、魔法陣全体が下から紫色の鈍い光を放った。
しばらく唱えていると、魔法陣から風が火山の噴火のように吹き上がった。
人形はその風に乗って、マリアの前に落ちた。
「……よし」
マリアは目を開けて、人形を拾い上げた。
「これでお前は、私の手の内……!」
ミク人形は狂った笑みを浮かべる主人に、ハンマーを渡した。
特別製ではなく、普通にホームセンターで手に入る日曜大工用である。
「お前のあの行為は、私に対する宣戦布告と見なす……。復讐、開始……!」
マリアは庭木に人形を括りつけると、ハンマーを振り上げた。
ゴッ……!
ゴン!ガンッ!ゴンッ!
「ふはっ!ふはははは!」
何度も殴っていると、人形の頭が裂け、中から白い綿が覗いた。
「次で本当に頭が割れる……!」
マリアは怨念を込めて、キノ似の人形の頭にハンマーを振り落した。
ついに人形の頭から、綿が飛び出した。
「くくっ……くははははははは!!」
マリアは高笑い。
そして、
「チェック・メイト(復讐完了)……!」
[同日16:00.さいたま市大宮区 江蓮の家 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾]
「おかしいな。今日の座談会に来ないなんて……」
ユタ達は所属寺院で行われた座談会に出席すると言っておきながら、何の連絡も無く来なかった江蓮を心配してやってきた。
東武アーパー……もとい、アーバンパークライン大宮公園駅から産業道路に向かって歩いた所に江蓮の家はある。
「まさかキノについにヤられて……」
「それはそれでおめでたいことじゃないのかい?」
「いや、レ○プはまずいよ。それに、座談会の資料渡さないと……」
結局、キノの証言を盗聴した犯人については分からずじまいだった。
名前を使われた藤谷も、全く身に覚えが無いの一点張りである。
「ここだ、ここ」
ユタは家のインターホンを鳴らした。
何度か鳴らしたが、誰も出てこない。
無論その前から何度も江蓮のケータイに掛けているのだが、全く出る様子は無かった。
「留守みたいだな?」
ユタが首を傾げた。
「だが、人の気配はする」
「ええっ?」
「ユタ、栗原殿の部屋は2階だったか?」
「えっ?いや、知らないなぁ……。でも、普通は2階だよね。僕の部屋もそうだし……」
「ちょっと行ってみよう」
「ええっ!?」
「オレもちょっと行ってきます。稲生さんはここで待っててください」
カンジは家の敷地内に入り、人間形態から第1形態になった。
それだけでも人間離れした跳躍力を得ることができる。
その通り、まずは1階の屋根にジャンプした2人の妖狐は何段階に分けて、栗原家の2階に到達した。
「! 先生、血の臭いがします!」
「おう。……あの部屋だ」
ベランダづたいに、2人は血の臭いがする部屋に向かった。
「栗原さん!」
窓越しに部屋を覗くと、そこは血まみれの様相になっていた。
「栗原さん!しっかりしてください!」
カンジが呼び掛ける。
部屋の中央には、座り込んでいる江蓮の姿があった。
「まさか死んでる!?」
「栗原さん!」
窓を破ろうとした時、やっと江蓮がこちらを向いた。
顔に少し血がついていた。虚ろな目をして、よろよろと立ち上がり、やっと窓を開けた。
「栗原さん、しっかりして!」
「どこをケガしてますか!?」
しかし、江蓮は無言で、しかし茫然とした様子で首を横に振った。
すぐに2人の妖狐は、この血は江蓮のものではないと分かった。
「人間の血の臭いじゃないぞ、これは!」
「キノが……キノが……死………」
「栗原さん!」
江蓮は意識を失った。
「!?」
威吹は背後に気配を感じた。
振り向くとそこにいたのは……。
「……うちの弟殺そうとしたんは、あんた達やないんね?」
「弟!?」
「ということは、あなたは鬼之助のお姉さんですか」
カンジが冷静に聞いた。
しばらくして、威吹とカンジが戻って来た。
「どうだった?」
ユタの問いに、
「大変なことになったよ。まず、キノは突然頭が割れて瀕死の重傷だ」
「キノが!?てか、頭が割れたら死んじゃうんじゃ……!?」
「人間ならそうでしょう。しかしそこは不死身の鬼族。しぶとく一命を取り留めたようです」
「栗原さんは!?」
今度は威吹が答えた。
「悪いことに、部屋でキノと仲睦まじく過ごしている最中の出来事だったようで、キノの惨状を目の当たりにして、こちらも意識が無い。ただ、ケガは無いようだ」
「あくまで、精神的ショックによるものです」
「じゃあ、病院に運ばないと……」
「それが、部屋に鬼之助を搬送したという実家の者が現れまして、栗原殿をその実家で療養させるというのです。部屋も全く痕跡無く片付けるとのこと」
「そんなんでいいのか……」
「鬼族での事件だから妖狐は黙ってろ、みたいな感じだったな」
「でも、どうしてキノの頭が割れたんだ?もしかして、栗原さんとケンカして殴られた?」
「仲睦まじく過ごしていたということだから、それではないだろうし、だいいち、栗原殿のあの茫然自失ぶりからして、自分がやったという反応でもない。やはり、『誰かにやられた』んだろう」
「しかし先生、あの部屋には栗原女史と美鬼殿しかいませんでした」
「まるで、何かの呪いのようだ」
威吹が呟くように言った。
「ええ。丑の刻参りなんかも、熟練者になると、藁人形の頭に釘を刺せば相手の頭にダメージを与えることができるといいます」
(呪い……?人形……?)
ユタは2人の妖狐が何気なく放った単語を聞いて、ある仮説を立てた。
だが、それを口に出すことは憚れた。
だから、何度も頭の中で打ち消したのである。
それに気づいた威吹は、
「よし。とにかく、これは鬼族の問題としよう。栗原殿には哀れだが、鬼族の“獲物”になった時点で運の尽きとする。だからオレ達は、余計な首を突っ込むのはやめにする。ユタ、カンジ、いいな?」
「先生の御意向に従います」
「う、うん……」
駅に向かう3人。
その後姿をいつまでも見送る黒猫がいたことに気づいた者はいなかった。
「ふふふふ……。できた……!」
先週、ユタの人形、通称『ユタぐるみ』を作った無邪気な笑顔とは別人のように、狂気の笑顔を浮かべるマリアの姿があった。
全体的に青い魔道師のワンピースの服に、深緑色のローブを着て作業をする姿は確かに魔女である。
マリアの魔道師としての職種は『人形使い』。
その名の通り、人形を使役する魔法使いである。
見えない魔法の糸で、自作のフランス人形を使役する。
今では常時10体もの人形が、この屋敷の維持・管理に当たっていた。
但し、人形使いでいるのもほんの一時。
師匠イリーナの後継者として、いずれは師匠と同じ、クロック・ワーカー(歴史を陰で操る者)になることが期待されている。
それには色々と条件があり、その条件をクリアする為に、まずは人形使いをやっているのである。
ユタをデフォルメし、コミカルさもあるユタぐるみに対し、狂気の笑顔で作り上げた人形にはそれが無かった。
しかし、新たに使役する為のフランス人形というわけでもない。
「チェック……だ」
その人形は、ある人物に似ていた。
蓬莱山鬼之助に。
[5月20日15:00.同場所 マリア]
{「……というわけで、マリアさんのことを週刊誌に流したのはキノ……蓬莱山鬼之助だというのが分かりました」}
マリアは1人で住む広い屋敷の、普段過ごしているリビングでユタからの電話を受けていた。
電話機はアナログ回線の洋風なデザイン。
「そうか……」
{「すいません。僕がヤツを懲らしめようとしたんですが、返り討ちに遭っちゃって……。情けない」}
「いや、ユウタ君のその気持ちだけでも嬉しい」
{「結局ヤツから謝罪の言葉を引き出すことはできませんでした。『あの記者が本当に記事にするとは思わなかった』の一点張りで」}
「……っ!」
{「いや、記事にするに決まってるじゃないかと言ったんですが、全然ラチが明かなくて……」}
「分かった。ユウタ君は、もう何もしなくていいから。今のユウタ君は、無駄に霊力を解放しない方がいい。あとは私に任せてくれ。本当に、ありがとう」
{「マリアさんが?」}
「ああ。だからこれ以上ムリをして、余計なケガをしないで。……うん。師匠は忙しいから、私がケリをつけることになると思う。……ああ。また遊びに行く。それじゃ」
マリアはユタとの通話の間は終始、穏やかな顔付きだった。
しかし電話を切ると、
「そうか……。あの鬼族の男がか……!!」
目つきを中心に、ガラリと変わった。
[5月25日15:00.同場所・裏庭 マリア]
マリアはミク人形などを連れて、屋敷の裏庭にやってきた。
ここに魔道書を見ながら、魔法陣を描く。
そしてその中心に、キノに似た人形を置いた。
魔法陣の外に出ると左手には魔道書、右手は魔法陣の方に翳した。
「■■■■■■■■、・・・・・・・・!▲▲▲……」
何語とも判別のつかない呪文を唱える。
すると魔法陣から紫色の煙が上がり、魔法陣全体が下から紫色の鈍い光を放った。
しばらく唱えていると、魔法陣から風が火山の噴火のように吹き上がった。
人形はその風に乗って、マリアの前に落ちた。
「……よし」
マリアは目を開けて、人形を拾い上げた。
「これでお前は、私の手の内……!」
ミク人形は狂った笑みを浮かべる主人に、ハンマーを渡した。
特別製ではなく、普通にホームセンターで手に入る日曜大工用である。
「お前のあの行為は、私に対する宣戦布告と見なす……。復讐、開始……!」
マリアは庭木に人形を括りつけると、ハンマーを振り上げた。
ゴッ……!
ゴン!ガンッ!ゴンッ!
「ふはっ!ふはははは!」
何度も殴っていると、人形の頭が裂け、中から白い綿が覗いた。
「次で本当に頭が割れる……!」
マリアは怨念を込めて、キノ似の人形の頭にハンマーを振り落した。
ついに人形の頭から、綿が飛び出した。
「くくっ……くははははははは!!」
マリアは高笑い。
そして、
「チェック・メイト(復讐完了)……!」
[同日16:00.さいたま市大宮区 江蓮の家 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾]
「おかしいな。今日の座談会に来ないなんて……」
ユタ達は所属寺院で行われた座談会に出席すると言っておきながら、何の連絡も無く来なかった江蓮を心配してやってきた。
東武アーパー……もとい、アーバンパークライン大宮公園駅から産業道路に向かって歩いた所に江蓮の家はある。
「まさかキノについにヤられて……」
「それはそれでおめでたいことじゃないのかい?」
「いや、レ○プはまずいよ。それに、座談会の資料渡さないと……」
結局、キノの証言を盗聴した犯人については分からずじまいだった。
名前を使われた藤谷も、全く身に覚えが無いの一点張りである。
「ここだ、ここ」
ユタは家のインターホンを鳴らした。
何度か鳴らしたが、誰も出てこない。
無論その前から何度も江蓮のケータイに掛けているのだが、全く出る様子は無かった。
「留守みたいだな?」
ユタが首を傾げた。
「だが、人の気配はする」
「ええっ?」
「ユタ、栗原殿の部屋は2階だったか?」
「えっ?いや、知らないなぁ……。でも、普通は2階だよね。僕の部屋もそうだし……」
「ちょっと行ってみよう」
「ええっ!?」
「オレもちょっと行ってきます。稲生さんはここで待っててください」
カンジは家の敷地内に入り、人間形態から第1形態になった。
それだけでも人間離れした跳躍力を得ることができる。
その通り、まずは1階の屋根にジャンプした2人の妖狐は何段階に分けて、栗原家の2階に到達した。
「! 先生、血の臭いがします!」
「おう。……あの部屋だ」
ベランダづたいに、2人は血の臭いがする部屋に向かった。
「栗原さん!」
窓越しに部屋を覗くと、そこは血まみれの様相になっていた。
「栗原さん!しっかりしてください!」
カンジが呼び掛ける。
部屋の中央には、座り込んでいる江蓮の姿があった。
「まさか死んでる!?」
「栗原さん!」
窓を破ろうとした時、やっと江蓮がこちらを向いた。
顔に少し血がついていた。虚ろな目をして、よろよろと立ち上がり、やっと窓を開けた。
「栗原さん、しっかりして!」
「どこをケガしてますか!?」
しかし、江蓮は無言で、しかし茫然とした様子で首を横に振った。
すぐに2人の妖狐は、この血は江蓮のものではないと分かった。
「人間の血の臭いじゃないぞ、これは!」
「キノが……キノが……死………」
「栗原さん!」
江蓮は意識を失った。
「!?」
威吹は背後に気配を感じた。
振り向くとそこにいたのは……。
「……うちの弟殺そうとしたんは、あんた達やないんね?」
「弟!?」
「ということは、あなたは鬼之助のお姉さんですか」
カンジが冷静に聞いた。
しばらくして、威吹とカンジが戻って来た。
「どうだった?」
ユタの問いに、
「大変なことになったよ。まず、キノは突然頭が割れて瀕死の重傷だ」
「キノが!?てか、頭が割れたら死んじゃうんじゃ……!?」
「人間ならそうでしょう。しかしそこは不死身の鬼族。しぶとく一命を取り留めたようです」
「栗原さんは!?」
今度は威吹が答えた。
「悪いことに、部屋でキノと仲睦まじく過ごしている最中の出来事だったようで、キノの惨状を目の当たりにして、こちらも意識が無い。ただ、ケガは無いようだ」
「あくまで、精神的ショックによるものです」
「じゃあ、病院に運ばないと……」
「それが、部屋に鬼之助を搬送したという実家の者が現れまして、栗原殿をその実家で療養させるというのです。部屋も全く痕跡無く片付けるとのこと」
「そんなんでいいのか……」
「鬼族での事件だから妖狐は黙ってろ、みたいな感じだったな」
「でも、どうしてキノの頭が割れたんだ?もしかして、栗原さんとケンカして殴られた?」
「仲睦まじく過ごしていたということだから、それではないだろうし、だいいち、栗原殿のあの茫然自失ぶりからして、自分がやったという反応でもない。やはり、『誰かにやられた』んだろう」
「しかし先生、あの部屋には栗原女史と美鬼殿しかいませんでした」
「まるで、何かの呪いのようだ」
威吹が呟くように言った。
「ええ。丑の刻参りなんかも、熟練者になると、藁人形の頭に釘を刺せば相手の頭にダメージを与えることができるといいます」
(呪い……?人形……?)
ユタは2人の妖狐が何気なく放った単語を聞いて、ある仮説を立てた。
だが、それを口に出すことは憚れた。
だから、何度も頭の中で打ち消したのである。
それに気づいた威吹は、
「よし。とにかく、これは鬼族の問題としよう。栗原殿には哀れだが、鬼族の“獲物”になった時点で運の尽きとする。だからオレ達は、余計な首を突っ込むのはやめにする。ユタ、カンジ、いいな?」
「先生の御意向に従います」
「う、うん……」
駅に向かう3人。
その後姿をいつまでも見送る黒猫がいたことに気づいた者はいなかった。