[11月5日13時15分 天候:曇 岩手県西磐井郡平泉町 さいき食堂]
お昼時も過ぎて、常連客も帰って行く。
女将「お茶、どうぞ」
愛原「ありがとう」
私達のような余所者でも、特に邪険にしてくる様子はなく、食べ終わった私達に食後のお茶を入れてくれる女将。
内装も昭和のノスタルジーだが、席でタバコが吸えるというのも今や珍しい。
愛原「女将さん」
女将「はい、なんです?」
愛原「ちょっと聞きたいことがあって……」
女将「何ですかね?」
愛原「斉藤玲子さんという名前に聞き覚えはありますか?」
私は単刀直入に聞いた。
女将「サイトウレイコ?どちらさんです?」
愛原「50年前、恐らくここに住んでいたと思われる娘さんです。もしも生きていたら、今は60代半ばになっているはずです」
女将「斉藤……ねぇ……」
愛原「失礼ですが、こちらの御主人のお名前は何て言うんですか?……あ、因みに私達、東京から着た探偵の者です」
私は自分の名刺を差し出した。
女将「探偵さんでしたの!?」
愛原「はい。とある所から、人捜しを頼まれまして。それが斉藤玲子さんというんです」
女将「確かに、うちの苗字、斉藤ですけど……」
愛原「やはりそうか!」
女将「ちょっとあんた、斉藤玲子さんって人、知らないかい?」
女将は厨房にいる主人に聞いた。
店主「いや、知らんねぇ……」
愛原「ええっ!?」
店主「いや、私は養子なもので、詳しくは知らんのですよ」
愛原「どなたか、知っている方はいないですかね?」
女将「お義母さんに聞くのがいいでしょ?」
店主「ンだって母ちゃん、ボケ始まっとるど?」
女将「ンでも、ボケてても、昔の記憶はハッキリしてるって言うっちゃ」
愛原「何とか、お話し聞けないですかね?」
女将「はあ……。ちょっと聞いてきます」
愛原「すいません」
女将は奥の、住居スペースと思われる方に向かって行った。
愛原「この上は民宿だったそうですね?」
店主「そうなんですよ。さすがに赤字が続いたもんで、民宿は廃業したんですけどね」
愛原「50年前はしっかり営業していたわけですよね?」
店主「そりゃもう。50年前といったら、両親が切り盛りしていましたから」
愛原「その頃から、御主人はここへ?」
店主「だいたい、その辺りくらいです。……あー、そういえば……」
愛原「何か!?」
店主「確かに、両親には娘がいたそうです。それが行方不明になったもんで、それで遠い親戚の私が、養子としてここに来たんですよ。ただ、『死んだも同然だから』ってんで、名前も何も教えてはくれませんでしたがね。……お客さん、それが斉藤玲子さんだって言うんですか?」
愛原「恐らくは……」
すると、奥から女将と老婆が来た。
老婆は80歳くらいであった。
ということは、今から50年前というと、バリバリのアラサーだっただろう。
大女将「何じゃい?玲子を探しに来た人じゃと?」
女将「東京から来た探偵さんでね……」
愛原「すいません。わざわざ出て来て頂いて……」
すると大女将、リサを見て細めていた目をカッと見開いた。
大女将「ヒェッ!れ、玲子!?何で生きておるんじゃ!?ば、化けて出たのか!?」
女将「違うよ、お義母さん。この人は、ただのお客さん。玲子さんにそっくりの」
店主「50年以上も行方不明になっている人が、今更生きてるわけないだろう!」
大女将「ば、化けて出たんじゃ!ナンマンダブ!ナンマンダブ!」
高橋「まるでこの婆さんが、殺して埋めたかのような言い方ですね?」
愛原「おい、高橋」
[同日14時00分 天候:曇 同町内 さいき食堂]
ようやく落ち着いた大女将から、何とか話を聞くことができた。
確かに店主が養子として貰われる前、斉藤玲子はここに住んでいたという。
かといって、この大女将の実の娘というわけではない。
大女将とて、親族の養親であった。
斉藤玲子は、元々は福島県郡山市の生まれ。
小学生の頃まで住んでいたが、実の母親が病気で他界。
程なくして継母が実父と結婚したが、継母は所謂ビッチであり、狭い家で継娘がいようが、構わず実父とセックスするような女であったという。
そして、ついに実父と継母との間に子供が生まれると、余計に家に居場所が無くなった玲子は家出を繰り返し、中学校に入る頃には仙台の親戚の家に預けられるようになった。
しかしそこでも、虐待というほどの物ではないにせよ、歓迎されたというわけでもなかったようだ。
そして、中学3年生になった頃の夏休みに、平泉のこの家に滞在するようになる。
喘息の症状に悩まされていた時、東京から来た医者が1人で泊まった。
そして夜中、酷い喘息に悩まされていた玲子の症状を収めたのである。
翌日から、医者と共に玲子の姿もいなくなっていた。
愛原「その医者というのが、上野医師だな」
高橋「間違いないっスね」
愛原「仙台の家と郡山の家は御存知ですか?」
大女将「あー、ダメじゃダメじゃ!太郎も、あんな女なんかと結婚したりすっから、あんな目に遭うんだべちゃ!」
高橋「ちょっと、ボケてます?」
愛原「そのようだな」
女将「その玲子さん、今はどうしてるのでしょう?」
店主「それを捜しに、探偵さんが来たんだべや」
愛原「いえ。恐らくさっき、御主人が仰ったように、もう亡くなってると思いますよ」
店主「やっぱしなぁ……」
愛原「福島県の山奥の村で、白骨死体が見つかりましてね。恐らくそれが、斉藤玲子さんでないかと思われます」
店主「白骨死体!?」
愛原「私は彼女と上野医師の足取りを辿るように、依頼されたのです。とにかく、ここに斉藤玲子さんと上野医師の接点があって、それから2人が行動したという所までは分かりました」
大女将「『神様みたいな人だ』って、言ってたっちゃね……」
大女将がボソッとつぶやいた。
リサ「分かる。わたしも、愛原先生は、神様みたいな人だと思う」
高橋「だったら、電撃とか食らわすのやめろや」
リサ「だーってぇ!」
この平泉町から、どうやって福島の桧枝岐村まで行ったのかは分からない。
愛原「上野医師と玲子さんがここを出る時、どこへ行くとかは行ってましたか?『福島に戻る』とか……」
大女将「『海の方』……海……」
愛原「海!?どこの!?」
大女将「」
高橋「寝るな、婆さん!」
愛原「まあまあ、高橋。お年寄りなんだから、しょうがない!ここから海に行こうとすると……」
店主「まあ、汽車で行こうとするなら、一ノ関から大船渡線ですね。それで気仙沼とか、盛とか……。あ、今は途中でバスになってますけど……」
JR大船渡線は一ノ関~気仙沼間は鉄道線だが、気仙沼から先は東日本大震災の影響で、BRTとなっている。
私達は取りあえず、店を出ることにした。
そして、ここで得た情報を、すぐに善場主任に報告したのだった。
お昼時も過ぎて、常連客も帰って行く。
女将「お茶、どうぞ」
愛原「ありがとう」
私達のような余所者でも、特に邪険にしてくる様子はなく、食べ終わった私達に食後のお茶を入れてくれる女将。
内装も昭和のノスタルジーだが、席でタバコが吸えるというのも今や珍しい。
愛原「女将さん」
女将「はい、なんです?」
愛原「ちょっと聞きたいことがあって……」
女将「何ですかね?」
愛原「斉藤玲子さんという名前に聞き覚えはありますか?」
私は単刀直入に聞いた。
女将「サイトウレイコ?どちらさんです?」
愛原「50年前、恐らくここに住んでいたと思われる娘さんです。もしも生きていたら、今は60代半ばになっているはずです」
女将「斉藤……ねぇ……」
愛原「失礼ですが、こちらの御主人のお名前は何て言うんですか?……あ、因みに私達、東京から着た探偵の者です」
私は自分の名刺を差し出した。
女将「探偵さんでしたの!?」
愛原「はい。とある所から、人捜しを頼まれまして。それが斉藤玲子さんというんです」
女将「確かに、うちの苗字、斉藤ですけど……」
愛原「やはりそうか!」
女将「ちょっとあんた、斉藤玲子さんって人、知らないかい?」
女将は厨房にいる主人に聞いた。
店主「いや、知らんねぇ……」
愛原「ええっ!?」
店主「いや、私は養子なもので、詳しくは知らんのですよ」
愛原「どなたか、知っている方はいないですかね?」
女将「お義母さんに聞くのがいいでしょ?」
店主「ンだって母ちゃん、ボケ始まっとるど?」
女将「ンでも、ボケてても、昔の記憶はハッキリしてるって言うっちゃ」
愛原「何とか、お話し聞けないですかね?」
女将「はあ……。ちょっと聞いてきます」
愛原「すいません」
女将は奥の、住居スペースと思われる方に向かって行った。
愛原「この上は民宿だったそうですね?」
店主「そうなんですよ。さすがに赤字が続いたもんで、民宿は廃業したんですけどね」
愛原「50年前はしっかり営業していたわけですよね?」
店主「そりゃもう。50年前といったら、両親が切り盛りしていましたから」
愛原「その頃から、御主人はここへ?」
店主「だいたい、その辺りくらいです。……あー、そういえば……」
愛原「何か!?」
店主「確かに、両親には娘がいたそうです。それが行方不明になったもんで、それで遠い親戚の私が、養子としてここに来たんですよ。ただ、『死んだも同然だから』ってんで、名前も何も教えてはくれませんでしたがね。……お客さん、それが斉藤玲子さんだって言うんですか?」
愛原「恐らくは……」
すると、奥から女将と老婆が来た。
老婆は80歳くらいであった。
ということは、今から50年前というと、バリバリのアラサーだっただろう。
大女将「何じゃい?玲子を探しに来た人じゃと?」
女将「東京から来た探偵さんでね……」
愛原「すいません。わざわざ出て来て頂いて……」
すると大女将、リサを見て細めていた目をカッと見開いた。
大女将「ヒェッ!れ、玲子!?何で生きておるんじゃ!?ば、化けて出たのか!?」
女将「違うよ、お義母さん。この人は、ただのお客さん。玲子さんにそっくりの」
店主「50年以上も行方不明になっている人が、今更生きてるわけないだろう!」
大女将「ば、化けて出たんじゃ!ナンマンダブ!ナンマンダブ!」
高橋「まるでこの婆さんが、殺して埋めたかのような言い方ですね?」
愛原「おい、高橋」
[同日14時00分 天候:曇 同町内 さいき食堂]
ようやく落ち着いた大女将から、何とか話を聞くことができた。
確かに店主が養子として貰われる前、斉藤玲子はここに住んでいたという。
かといって、この大女将の実の娘というわけではない。
大女将とて、親族の養親であった。
斉藤玲子は、元々は福島県郡山市の生まれ。
小学生の頃まで住んでいたが、実の母親が病気で他界。
程なくして継母が実父と結婚したが、継母は所謂ビッチであり、狭い家で継娘がいようが、構わず実父とセックスするような女であったという。
そして、ついに実父と継母との間に子供が生まれると、余計に家に居場所が無くなった玲子は家出を繰り返し、中学校に入る頃には仙台の親戚の家に預けられるようになった。
しかしそこでも、虐待というほどの物ではないにせよ、歓迎されたというわけでもなかったようだ。
そして、中学3年生になった頃の夏休みに、平泉のこの家に滞在するようになる。
喘息の症状に悩まされていた時、東京から来た医者が1人で泊まった。
そして夜中、酷い喘息に悩まされていた玲子の症状を収めたのである。
翌日から、医者と共に玲子の姿もいなくなっていた。
愛原「その医者というのが、上野医師だな」
高橋「間違いないっスね」
愛原「仙台の家と郡山の家は御存知ですか?」
大女将「あー、ダメじゃダメじゃ!太郎も、あんな女なんかと結婚したりすっから、あんな目に遭うんだべちゃ!」
高橋「ちょっと、ボケてます?」
愛原「そのようだな」
女将「その玲子さん、今はどうしてるのでしょう?」
店主「それを捜しに、探偵さんが来たんだべや」
愛原「いえ。恐らくさっき、御主人が仰ったように、もう亡くなってると思いますよ」
店主「やっぱしなぁ……」
愛原「福島県の山奥の村で、白骨死体が見つかりましてね。恐らくそれが、斉藤玲子さんでないかと思われます」
店主「白骨死体!?」
愛原「私は彼女と上野医師の足取りを辿るように、依頼されたのです。とにかく、ここに斉藤玲子さんと上野医師の接点があって、それから2人が行動したという所までは分かりました」
大女将「『神様みたいな人だ』って、言ってたっちゃね……」
大女将がボソッとつぶやいた。
リサ「分かる。わたしも、愛原先生は、神様みたいな人だと思う」
高橋「だったら、電撃とか食らわすのやめろや」
リサ「だーってぇ!」
この平泉町から、どうやって福島の桧枝岐村まで行ったのかは分からない。
愛原「上野医師と玲子さんがここを出る時、どこへ行くとかは行ってましたか?『福島に戻る』とか……」
大女将「『海の方』……海……」
愛原「海!?どこの!?」
大女将「」
高橋「寝るな、婆さん!」
愛原「まあまあ、高橋。お年寄りなんだから、しょうがない!ここから海に行こうとすると……」
店主「まあ、汽車で行こうとするなら、一ノ関から大船渡線ですね。それで気仙沼とか、盛とか……。あ、今は途中でバスになってますけど……」
JR大船渡線は一ノ関~気仙沼間は鉄道線だが、気仙沼から先は東日本大震災の影響で、BRTとなっている。
私達は取りあえず、店を出ることにした。
そして、ここで得た情報を、すぐに善場主任に報告したのだった。