とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

春を背負って/笹本稜平 著

2014-01-21 22:06:32 | 読書
春を背負って
クリエーター情報なし
文藝春秋


初めてこの作家の本を読んだ。なぜ読んでみたかというと、今年6月の公開となる木村大作監督の「春を背負って」という映画の原作だったからだ。木村大作監督といえば、「剱岳点の記」で、剱岳の過酷な自然環境のなか、あくまでもリアルな映像にこだわってセットなどを使わず、自然のなすがままで撮影を続けたという頑固一徹なところがあるが筋の一本通った人だ。この監督が作る映画なら、素晴らしい山岳映画ができるだろうという期待は大きい。そんな訳で、まずは原作本を読んでみようと思い、早速図書館で借りてきた。幸い、まだ映画が公開されてないので認知度が低いのか、予約は全く入っておらず、すぐ借りることができた。

笹本稜平という作家は、ミステリー物とかスケールの大きい冒険・謀略小説を構築する作家として注目を集め、警察小説・ハードボイルド物も多数書いているそうだ。また、ヒマラヤを舞台にした迫力のある山岳小説もあり、興味が湧きそうな作品がかなりあるようだ。ただ、この作品は、そういった人跡未踏の地を冒険するような人間が主人公ではなく、奥秩父のあまりメジャーではない山小屋を経営する主人公と、そこで働く人や、山小屋に宿泊する登山者との触れ合いをテーマにした山岳小説だ。

本作は、山小屋を経営するうえで主人公に投げかけられたさまざまな問題に対処していく流れになっている。題名となった「春を背負って」の他「花泥棒」「野晒し」「小屋仕舞い」「疑似好天」「荷揚げ日和」の6つの短編に分かれている。それぞれ読みやすく、過酷な山の生活の中での人間ドラマを、ほのぼのとした気持ちで読み進めることができた。山小屋には、何度もお世話になっているが、この作品を読むと、山小屋が抱える問題や、その苦労が良く分かる。そして、山小屋をやっている人たちが、如何に山を愛し、山に登ってくる人たちを暖かい眼差しで迎えてくれているのかも良く分かる。

登場人物は、山小屋を経営した父が交通事故で亡くなり、そのあとを脱サラして引き継いだ息子の長嶺亨が主人公だ。そして、亨の手助けをするのがゴロさんこと多田悟郎と遭難しかけて山小屋で働くことになった高沢美由紀だ。ゴロさんは、毎年春になると重たい荷物を背負って山小屋にやってくる。冬になって山小屋を閉じると、東京のどこかでホームレスをして所在が分からない人物で、タイトルは、ゴロさんが春を背負ってくるという意味なのかもしれない。この作品でのゴロさんの存在感は大きい。そして、美由紀が山小屋を手伝うようになった経緯は、なかなかいい。「荷揚げ日和」では、亨と美由紀が、どうなっていくのか気になった終わり方だった。ひょっとしたら、続編が出てもいいような感じだ。爽やかな気分でさらっと読み終えることができた。

さて、映画版では、長嶺亨を松山ケンイチ、ゴロさんを豊川悦司、高澤愛(原作と名前が違う)を蒼井優が演じることになっている。また、山小屋は奥秩父ではなく、北アルプス立山の大汝山で撮影したというから、小説と映画版では、かなり作品のイメージが違うような気がする。映画版は、原作をプロットとして、木村流に解釈した別作品と見たほうがいいかもしれない。それでも、木村大作監督の山岳映像は一見の価値があるはずだ。バックに流れる音楽も意表を突くクラシックが使われるのではないかと思っている。原作も楽しめたが、映画も公開が期待される。