復活された主・イエス・キリストは、
弟子たちの信仰を確かなものとするために、弟子たちの前に出現しながら、
40日間、地上にとどまられました。
まず。 ご自分の墓に一番に様子を見に来た、夫人の前に現れます。
次に。 イエスの受難を理解できずに、エルサレムを離れ、エマオへ旅立つ弟子たちの前に現れました。
三度目。 『ユダヤ人を恐れて、自分たちの家の戸に鍵をかけていた弟子たちの
真ん中に立ち、
「あなたがたに平和があるように」と言われました。』
そして。
今日は4月23日。復活節第二主日。(神のいつくしみの主日)
『今日の福音 復活後の四度目の出現の主の御言葉』
『弟子たちは、主を見て喜んだ。
イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。
父がわたしをお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす。」
十二人の一人でディティモと呼ばれるトマスは、
イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
そこで、
ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。
「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
さて八日の後、
弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。
戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、
「あなたがたに平和があるように」と言われた。』
ここで。私は考えました。
『弟子たちの使命』は?
『イエスの復活の証人』となることです。
『イエスの受難と復活』を信じ、『自分たちの信じるイエス』を人々に伝えることです。
復活のイエスは、
その弟子たちの信仰を確実にするために、
すべての使徒たちにご自身を現わす必要があったのです。
出現する時のイエスの挨拶は、いつも同じです。
「あなたがたに平和があるように」。 真似したい、素敵な言葉ですよね。
『御言葉』は続きます。
『それから、トマスに言われた。
「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。
また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。
「信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
イエスはトマスに言われた。
「わたしを見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである。」』
以上。ヨハネ福音書 21章1-14節
四度目の出現のイエス。
トマスの信仰告白:『私の主、私の神』、を聞き、どんなにか嬉しかったことでしょう。
弟子たち11人の確実になった信仰を御覧になり、どんなにか安心なさったことでしょう。
それほどに、『復活の事実』は信じがたいことなのかもしれません。
トマス同様に、
他の弟子たちも、よみがえられたイエスを見た人たちの言うことを、最初は、信じなかったのです。
『見ないで信じる人は、幸いである。』
イエスが復活されてから昇天されるまでの40日間にイエスと出会った者たち以外のキリスト者は、
皆、イエスを目にしていません。
しかし、イエスがよみがえられたことを聞いて信じているのです。
『見ずして信じる者』です。
『信仰とは、望んでいる事柄を保証し、目に見えない事実を確認することです。』
ヘブライ人への手紙 11章1節
キリストの御挨拶。
「あなたがたに平和があるように」
その意味は 『主を信じて平和がありますように』 かもしれませんね。
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様に、家族を友人を信じて・・・平和がありますように!