5月24日。木曜日。
新緑が濃くなってきて・・・ 『新緑の登山』
『夫と二人』 雲一つない快晴。人一人いない静寂。
朝食時。
突然の夫からのお誘い。 「新緑が美しいね。 緑の山中のレストランで昼食はどう?」
食いしん坊の私の即決。 「いいですね。 賛成です。」
『涼しさを呼ぶ滝』
下界は、 28度の夏日の今日。
滝の流れ、涼風を運んでくれる。 いやされる時間です。
他のハイカーがいない山中。 時間に自由な熟年者の幸せをかみしめる。
『山中のレストラン・炭焼きスぺヤリブ』 於。再び山荘。
あれやこれや。 あれもこれも。 話が飛んで、話が進む。
2時間の昼食タイム。平和な穏やかな時間でした。
『薪ストーブ』 私たちの席の真横。点火された
この夏日に薪ストーブ!? おどろ木ものの木さんしょの木
『デザート・焼マシュマロ』を、自分で作って、楽しむための点火
夏日のストーブが暑さを感じさせない!! ”やはり山中ですね!” 涼しい山中を実感しました
今日の新緑ウォーク。 185分。22324歩。 感謝!感謝!
そして。
今日は5月24日。年間第七木曜日。
『今日の福音 イエスの御言葉』
『そのとき、イエスは弟子たちに言われた。
「はっきり言っておく。
キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける。
わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、
大きな石臼を首に懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がはるかによい。
もし片方の手があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい。
両手がそろったまま地獄の消えない火の中に落ちるよりは、片手になっても命にあずかる方がよい。
もし片方の足があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい。
両足がそろったままで地獄に投げ込まれるよりは、片足になっても命にあずかる方がよい。
もし片方の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出しなさい。
両方の目がそろったまま地獄に投げ込まれるよりは、一つの目になっても神の国に入る方がよい。
塩は良いものである。だが、塩に塩気がなくなれば、あなたがたは何によって塩に味を付けるのか。
自分自身の内に塩を持ちなさい。
そして、互いに平和に過ごしなさい。」』
マルコ福音書 9章41-50節
イエスは、今日は、『弟子たち・キリスト者の在り方』 について話されました。
私たちが、互いにした『小さな世話』にも、『報い』 があるのです。
一番小さな方=一番小さな人にも全ての人たちと同様に価値があるのです=にしたことは、イエス様にしたことになります。
イエス様は、いつも、特に、苦しむ人々の近くにおられるのです。
『つまずきとなるもの』 は、私たちの中にあるのです。
それらが本人に大切なもの=手、足、目=であっても、それらを切り捨てなさい。とイエスは言われるのです。
そうしたら、『平和』 を得られるのです。
自分自身の中に『塩』を持つとは・・・『平和』を作るために、『犠牲』を払うということです。
『皆の平和』
『塩』は解けて見えなくなって、料理をおいしくするのです。 料理を清めることもできるのです。
『塩』になるということは、家族の中で集団の中で、皆が『平和』に暮らせるために、『努力』をすることです。
キリスト者は、イエス様に倣って、
『愛と犠牲』を払って、この世に、『平和』をもたらす『使命』があるのです。
頑張りましょう! ファイト!
『今日の拝領唱』
『「主よ、主よ」という人が皆、天の国に入るのではない。父の御旨を行う人だけが入る。』
マタイ福音書 7-21
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
緑したたる頃、美しい5月、新緑をお楽しみですか? 薫る風も楽しみながら・・・ お元気で!