まりはな屋

地方都市で、清貧生活  

ずるい?

2011年02月04日 18時23分40秒 | 日々雑感
知人の奥さんが「人見知り」なのだという。

これまでにも人見知りな人の話を聞いてきて、別になんとも思わず聞き流してきたが

なんだか最近引っかかるのだ。

だからなんだというのだ、という気持ちになる。

30過ぎて人見知りって堂々と言うことか。

繊細さをアピールしているのか。

誰かと仲良くなれなかったときの予防線か。

なんだか色々引っかかる。

本当は人見知りの気持ちが分からなくもない。

なぜならわたしが人見知りだから。

というより、ごくごく軽度の対人恐怖症である。

わたしは、世間的には社交的でフレンドリーとさえ思われている。

だが、人と話すときに緊張してじっとりと汗をかいているのが分かる。

『自分は人見知りだから』といって、無愛想でいられるならそれはそれでいいだろう。

だがわたしは、誰かと一緒にいて相手をつまらない気持ちにさせるのは嫌だし

つまらない奴だと思われるのも嫌だ。

最近は、別につまらない奴で結構・・・と思ったりもするけど。

それでも愛想悪くしているのは嫌なのだ。

無駄にサービス精神があるといってもいいかもしれない。

今、わたしの通勤路で道路工事が行われているのだが

毎日同じ人が交通整理をしていて「顔見知り」になってしまった。

挨拶を交わしたり、ひとことふたことの会話をするようになった。

実はわたしは、こういう「ほのぼのとした交流」が苦手である。

だんだん重荷になってくるのだ。

今日も話しかけられるのかな、とか。

別にその人が嫌いなわけでも挨拶が面倒なわけでもない。

知らない人と知り合いになってゆくのが嫌なのだ。

ま、自意識過剰もいいとこだけど。

元はといえば、無駄に愛想がいいからそういうことになるのであって、身から出た錆というところだ。

そう思うと初めから「わたし人見知りだから」と言って無愛想にしてるほうがいいのかも。

一番いいのは、旅先で出会ってもう二度と会わないってやつかな。

一期一会。

どこまで人が苦手なんだ。

まあ本当に苦手だったら一期一会すら苦痛だろうけど。

結婚もしたくない派だし、人間関係の美味しいとこどりだけしたいのかな。