まりはな屋

地方都市で、清貧生活  

その「線」は、自分とつながっている・・・?

2016年06月10日 22時19分22秒 | 日々雑感
新聞で人工知能とLINEをする人の話を読んだ。

もうそういうことになっているのか。

スマートホンを持っていないので(そして一生持つつもりがないので)

LINEの仕組みもアプリのことも、うすらぼんやりとしか分からないのだが

もう生身の人間が相手じゃなくても満足できるところまで来ているのか…

なんて今更驚くまでもないか。

例え生身の相手であっても、ネット上で知り合った相手は

女子高生を装った中年男性であったり、人妻を装った大学生だったりするわけで

そうなると相手が誰かということは、さほど重要ではない。

自分の望む返答をくれる相手という点でいえば人工知能はうってつけかも知れない。

こういうことは別にネット時代だからどうのということではなく

昔から、ぬいぐるみに話しかけたり日記帳に呼びかけたりする人は多く

その行為は誰かに聞いて欲しいというよりも、自分の中にたまった思いを吐き出すことによって

煮詰まった感情を整理したり、何かが吹っ切れたりという効果を求めてのことだろう。

家族や友人に聞いてもらえればいいと思う人もあるだろうが、

親しい人に話すのは差しさわりがある悩みというのは結構あるのだ。

それに、家族や友人だからといってサンドバッグのように

愚痴や悪口のはけ口にしていいということにはならない。

なにを隠そう(隠してないけど)

わたしがこのブログを書いているのは、そういうことのためだ。

家族や職場の人には話さないような、自分の中に積もってゆくあれこれを

誰が読んでいるのかいないのかも分からないけれど、書いている。

昔は日記を書いていたのだが、日記というのはものすごくたまってゆくのだ。

しかも捨てる場所に困る。

それで今は、ここにあれこれ書いている。

人口知能相手にLINEをする人の気持ちは分からないけど

全く理解できない・・・というほどでもない。

もしも職場の休憩室にペッパーがいたら、きっとわたしは愚痴を言うだろう。

もしかしたらそういう感覚で人口知能とLINEをしているのかもしれない。
コメント
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