新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

日本とアメリカの通商関係の回顧

2019-05-02 16:32:25 | コラム
40~50年前を回顧すれば:

私が頻繁にその言葉を引用する中部大学教授の細川昌彦氏(旧通産省OB)は目下トランプ大統領が指摘される「我が国とアメリカの間で繊維品や自動車の輸出を巡って摩擦が生じていたのは40~50年も前のことだ」に因んで、私が初めてM社に転進した1970年代初頭の頃のことを記憶にある限り振り返ってみようと思う。1970年代初頭の頃であれば、現在72歳のトランプ大統領や71歳のライトハイザー氏たちは未だ大学生だったかも知れない頃のことだ。そうであれば、「日本は何百万台もの自動車を安く輸出して怪しからん」と聞かされていても不思議はないような気がする。

その頃のアメリかでは4月30日に指摘したことで「アメリカは我が国に対して貿易では赤字になっているが、アメリカの産業界はこれに失望するべきではない。それは我が国の多くの製造業界の企業では米国の大手メーカーが持つ特許やライセンスを受けているので、それに対する出費というかアメリカ側が受け取っている毎年のローヤルテイーは決して少額ではない。こういう状況を考えればアメリカは必ずしも赤字を嘆く必要ないのでは」という考え方が主流とまでは言わないが、アメリカ側が真っ向から我が国を「怪しからん」とまでは厳しく非難してはいなかったと思う。

現実問題としてM社は我が国の某大手メーカーに塗工印刷用紙(解りやすく言えば「アート紙」のような光沢がある紙)のライセンスを降ろしており、オウナーは毎年のようにそのライセンスが正当に行使されているかの調査に訪日されていた。解りやすく言えば「アメリカは色々な意味で我が国の産業界を指導する立場にあり多くの特許権やライセンスを降ろす国だったのである。言うなれば「アメリカに学べ」という時期だったと思わせられた。

実際に、私はM社の印刷と事務用紙の工場を見学してその先進性と抄紙機の規模の大きさにただひたすら驚かされたし、販売担当者が持ち歩いているマニュアルと製品見本帳が当時の我が国では考えられないほど見事に合理化されていたのには脅威さえ感じたものだった。余談になるかも知れないが、M社の製紙部門は売却され、そのMの社名はM&Aが繰り返されていた間に消滅してしまっているのだ。時は流れていたのだった。

当時のアメリカの企業経営では未だ我が国では珍しかった四半期決算が既に花盛りで、経営者たちは僅か3ヶ月間の成績如何ではいともアッサリと交替させられるような時代に入っていたのだった。同時にMBA(経営学修士号)も大いに幅をきかせ、「MBA無用論」や「MBAこそ時代の先端を行く存在」といったような議論が方々で採り上げられていた。私のW社の事業部でも州立大学のMBAのマネージャーが彼の上司にある日突然彼と同年齢のスタンフォード大学のMBAが着任して「不公平である」と怒り狂っていたとうこともあった。彼が怒った理由は「彼奴の親が金持ちだからスタンフォードの高額の学費を負担できただけだ」というものだった。

私がその頃良く聞かされた話に「副社長や事業部長たちは自分の在任中に事業の将来を考えて新た生産設備の導入や設備の近代化に多額の投資をして資金を固定化しただけではなく、費用対効果の実績が出ないようなことはやりたくないという消極的な経営の姿勢を採るか、我が身の安全第一ばかりを考える者たちが増えてしまったのが、何れは問題になるぞ」というのがあった。換言すれば「絶対的に短期的に利益が上がるようなこと以外には積極的に投資はしないという、短期的にしか物事を考えない連中が増えていた」のであった。

そこに、現代の中国を始めとする韓国、インドネシア、ブラジル、タイ、台湾等の新興勢力が「新規参入なるが故に世界で最新・最大・最高の能力の設備を導入して古く・遅く・小規模で少量生産しか出来ない設備しかない先進国を輸出で圧倒しているのと全く同じ状態が起きていて、アメリカは何時の間にか我が国やドイツの後塵を拝する工業国になってしまっていたかの如くだった。私はその典型的な例が自動車産業であると思っているが、嘗ては我が国を指導していたアメリカの製紙産業は最早消滅したと言っても良い状態で、早い話ではW社も一昨年の9月で紙パルプ産業界からの撤退を終えてしまっていた。

長い間アメリカの製造業をその一員としてみてきた私の目には「短期的に物事を考えることを重視する四半期決算制を採った」、「新規の設備の導入と合理化の投資が遅れた」(=飽くまでも利益を重視して儲からない限り再投資には振り向けない)、「全体の70%に近いロッキー山脈以東の国内消費に依存する経済である事」(=基本的に輸出国ではない)、「強力な労組に押されて労務費を上げ過ぎたこと」(=空洞化の原因の一つ)、「折角R&Dに多額の投資して産み出した技術革新等のアイディアの商業生産化が拙劣だったこと」等々が、実に残念ながら何時の間にやらアメリカの産業界(物造り)の国際競争力を劣化させたというように思えるのだ。

だが、21世紀の現在にあっては、上記は偏った見方であり、アメリカが今や世上言われているGAFAの強大な力で世界を、ではなければ少なくと我が国を、圧倒しているのは間違いないと思う。そのいう時代になっている最中にトランプ政権が貿易赤字であるとか自動車の対アメリカ輸出が多すぎるとか、農産物等を輸入を推進せよと迫るのも理解できないことはない、だが、私の持論である「アメリカの輸出に従事する会社に、対日輸出を増やす努力をせよ」とトランプ大統領に督励して貰いたいものだ。

また先日引用したUKのFinancial Timesが指摘していたことにも関連すると思うが、貿易黒字を出している国の輸出企業が果たして輸出で利益が出ているのかという点もお考え願いたいのだ。昔から我が国には「飢餓輸出」という言葉があったし、輸出先の市場では他国との熾烈な価格競争だってあるのが普通のことで、買い手にとっては輸入品でコストが合理化出てきていることだってあるのだ。W社だって往年はアメリカの同業他社との激烈な競争を演じた為に品質も向上したし我が国での最大の市場占有率も確保できたのだ。トランプ大統領にGMに向かって「もう一度日本市場でトヨタやホンダと勝負してこい」と激励して頂きたいと思うのだ。