Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『嵐のピクニック』

2022-10-26 12:14:20 | 読書。
読書。
『嵐のピクニック』 本谷有希子
を読んだ。

13の短編が収録されている。まず2つの作品を続けざまに読んだとき僕は、ずっとこれを求めていたに違いない! と目の覚めるような想いとともに、自分の読書脳と創作脳がほの温かく躍動し始めるのを感じたのでした。わかりそうな人たちに、「ちょっとこれ読んでみ」と前のめりで薦めたい。見つけた!感が泡立つのです。

話を展開をしていくために言葉のバランスを考えたり表現を考えたりしながら書いている部分と、内容や自己に沈潜して書いている部分と、そしてもともとの発想があると思うのだけど、三位一体的でした。そしてぎゅっとして無駄がない。

以下、とくに好きだった3作品についての感想です。

「私は名前で呼んでる」
カーテンのふくらみから妄想と記憶が流れ出す話。こういう、なんともいえない錯覚の渦中にいる感じってあるなあと思う。でも、言葉にできるほど意識の腕が届いていない領域のものでもある。この、書き手の「意識の立ち位置」みたいなものを考えないわけにはいかない。そんなところに立っていたか!と言うような立ち位置から書いている気がした。目を閉じて想像や思考の世界に耽溺しているだけでは書けない。だからといって目をかっと見開き外の世界をつぶさに見つめ続けるだけでも書けない。言うなれば、薄目で外の世界を眺めながら思考や想像ともつながっている意識で書いたような小説、という感じがして、そこを対象化して言葉にしたのがすばらしい。

「マゴッチギャオの夜、いつも通り」
猿山のなかのいっぴきの猿。名前をマゴッチギャオという。その猿山にいっぴきのチンパンジーが入れられることになり、マゴッチギャオはおそるおそる近づいてみる。この作品はもっとも寓意を感じるような話で、印象深い。ラストの締め方に一撃を食らいます、それもやられてしまう一撃ではなく、なんていうか力がわくような一撃です。

「ダウンズ&アップス」
主人公のデザイナーは、自分にこびへつらいお世辞ばかり言われる環境を、とても心地の良いものと肯定している。それも、強固な肯定感で。意見を言う若者を、表向きは物珍しさのために近くに置くようになるのですが、それでも、自己肯定感の恒常性のほうが強かった。意見を言う若者を近づけたのは、ほんとうに、物珍しさのためだけなのか。主人公の心の中にはいっさい迷いがないようではありますが、実は無意識のほうで渇望しているものがあったのだろうなとうっすらと思うのでした。しかし、この主人公の自己肯定感の強さはほんとうにすごくて、読んでいると、主人公が穢れのないくらい潔癖に正しい、と思えてしまうくらい。それほど、この短い話に揺さぶられてしまった。主人公像としては、アンディ・ウォーホルが思い浮かびました。

というようなところです。僕も自分の小説を書くにあたって、真似したいわけではないのだけど、自分の才能をぐいいっと空間の隅々まで伸ばして書くような書き方をしてみたいです。読み手としては興奮するし、書き手としては刺激になりました。よい出合いでした。おすすめです。


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