Fish On The Boat

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『いなくなった私へ』

2023-10-02 13:59:01 | 読書。
読書。
『いなくなった私へ』 辻堂ゆめ
を読んだ。

2014年に『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞した、著者のデビュー作。当時、東大在学中の学生だったそうです。

ぼんやりとした意識と記憶のなかゴミ捨て場で目覚めた主人公・梨乃は、それまで国民的シンガーソングライターとして忙しい日々を送っていた。梨乃は目覚めてまもなく、自分の自殺による死亡報道を目にします。不思議なことに、彼女を見る誰ひとり梨乃だと気づくことはなく、自分はいったいどうしてしまったのかまったくわからなくなります。自分はどうして死んでしまったのか。少しずつ明らかになっていくその謎が大きな見どころでした。そして、死亡報道以後の、梨乃のあらたな生活の情景の温度感も、この小説を読ませる力として大きかったのではないかな、と思いました。

独特の「輪廻」の仕方のアイデアが優れていて、この物語を大回転させたなあ、という印象です。芸能界が大きな舞台としてあり、そういった煌びやかな世界の裏側という引きつけも、本作品を読ませる力として働いているでしょう。また、ライブや練習風景の場面描写もしっかりしていました。著者にはバンド経験があるそうです。

文体の第一印象は、きっと推敲や直しに励んで、この読みやすくて整理された端正な文章に変えていったのではないかなあ、というもの。それでいて、光る表現もちゃんとあるエンタメ作品。アマチュアとしての賞への応募作品ですが、隅々まで力を使い切って完成させた、立派な「プロの仕事」という感があります。

それぞれのシーケンスをきっちり書かれていますし、構築している世界は狭くないですし、こういった「構成」と「構築」のどちらからも力を感じられるのが、やっぱり賞の関門を突破する人ゆえだなあと感じ入ったのでした。ストーリーテリングとは <「構成」と「構築」> とも言えるのかもしれない。まあ、斬新なアイデアを忘れてはいけないですが。読み進めていくごとに奥行きが深まっていきます。それはたとえば、新しい友人ができて、時間とともにその人をより詳しく知っていく過程と似ているのかもしれない、なんて気がする自然な深まり方です。

分析めいたことをこうやって書いてますけど、物語のほうにだって没入して楽しんでいます。書くようになってからは読み手視点と書き手視点の「二重読み」の度合いが強くなりました。ただ、物語の魅力に負けがちになります。佳境を迎えると、書き手視点がどっかいってしまう。今回も終盤は楽しむのみ、みたいなふうに。

その終盤、悪党が正体を表し、悪を為す場面があります。がらっとそれまでのトーンが変わる、読ませどころなのですが、そんな「悪」を扱う場面であっても身じろぎしていない書きっぷり。肝が据わっています。自分の書くものから目を逸らしていない。そういう根性というか精神力というか度胸というか、、そういったものがあると思いました。これは、宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』を読んだときに著者に感じたものと似ていました。才能を下支えする度胸みたいなものがあるなあ、と。

さて、序盤にもしかすると瑕疵がありました。主人公は北海道出身で親は札幌にいるのに、居候をする理由が、他の大学でのサークル活動について親とうまくいかなくなって家に帰れないから、というところです(もしかすると、僕の読み違い・読み足りなさかもしれない)。読み違いならほんとうに申し訳ないのですが、僕はここもなんらかの伏線なのかな、と頭にひっかかっていたのでした。どうなんでしょう、また読み直すと僕の勘違いだとわかるような部類のものかもしれないですが、そうでもないような気もして。

文章は読みやすいですし、しっかり内容は考えられていますし、おもしろかったです。今後はもっと難しいものを扱ってみよう、みたいな感じで創作活動を促されるような作品でもあったかもしれませんが、500ページ弱の分量をきっちり書き尽くすあたり、力を持ってらっしゃいますね。最後までゆるめず、やりきるといった姿勢はほんと、その通りなんだよなあ、とリスペクトでした。


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