Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『たゆたう』

2023-10-23 11:38:40 | 読書。
読書。
『たゆたう』 長濱ねる
を読んだ。

元欅坂46&けやき坂46メンバーの長濱ねるさんが3年前、21歳で始めた『ダ・ヴィンチ』での連載エッセイのなかから著者自らセレクトし、加筆修正したエッセイ集。ここ何年か『ダ・ヴィンチ』を読んでいなくて、さらに長濱ねるさんが連載を持っていることも知りませんでしたから、本書によって、やっと、あなたのお話が聞ける、という気持ちからの読みはじめになりました。

元坂道のねるさんには無条件に惹きつけられる魅力を感じていたのですが、同時になにかよくわからないんですね。つかめないんです。「わかんない」に満ち満ちた存在ゆえにたぶん惹かれている、そういったイメージを持ちながら、本書を手に取りました。いや、かわいらしいからまず顔や名前を覚えるわけですけど、どういう方なのかっていうのはよくわからなかった。レギュラー出演されていた『セブンルール』を見ていたときには、こういうことで笑ったり、こういうことで泣いたり、こういうことを考えていたりするんだな、と知るのは新鮮でした。でも、やっぱり、つかめなかった。

しかし、本書の「はじめに」の数ページで、もう驚きました。そこに彼女の輪郭がうっすらと、でも確かに刻まれていたからです。彼女を彼女と成している論理や感情があった。続けて、最初のエッセイを読みました。すると、彼女から吐き出された、彼女自身の色のついた質感ある言葉がそこにあるのでした。言葉にちゃんと自分自身が乗っているためだからなのだと思いますが、エッセイは彼女がご自分で吐露されているような未完成感や途上感に満ちていて、ということは、不安定だといえます。それなのに、僕はほっとしました。自分のそのほっとした気持ちを見つめてみて、ああそうかちょっと心配していたのか、と知ることにもなりました。なぜか。

僕の第一印象として、このエッセイのなにが良かったかって、彼女の言葉が生きているのが良かった。生きてきたんだね、とわかる種類の言葉たちなのが良かった。つらくてぎりぎりでも、きっと彼女はなんとか大丈夫そう。どういう道であったとしても、自分の道を行ける方ではないだろうかと思いました。

僕は今夏、朝方に原稿書きをやっていて、ひと段落がついたところで気まぐれにテレビをつけたらNHKかEテレかにチャンネルが合っていたのだけれど長濱ねるさんが手話をやってる番組で。かわいいのもさることながら、仕事ぶりに元気を頂きました(ありがとう、でした)。

著者は「思い立ったが吉日」「機を見て敏なり」みたいに、ぱっと動く人ですね。そこにギャップを感じてしまいました。熟考して決めるタイプなのかとなんとなく思っていた。

終わっちゃうのが惜しい、おもしろいエッセイでした。おかしみ、サービス精神、迷い、悩みなどなどぎゅっと詰まっていて著者が人生を行く道のりのポートレートみたいでもあったかもしれません。そして、文章力、表現力も、あなどれませんでした。著者はいろいろと考えて、自分自身を辛辣な目で見つめられてもいましたが、思ってるより悪くないですよ、といいたいし、5年10年経ってから読み直してみたら、書いてよかった、と当時がんばった自分の肩を叩いてあげたくなるようなエッセイ集になっているのではないでしょうか。

<またどこかで、出会えますように。>の一文でピリオドが打たれます。はあ、終わってしまった、ととても寂しい気持ちになるのは、そうか、このエッセイを読んでいる最中は、ねるさんと触れ合えていたのだな、という気持ちになりました。空間、時間、お互いを認識することを超えたところで、確かに触れ合えていた。「あくまでそれは想像力の範囲でのものだ」と脳のドライな領域がすぐに意見を述べてくるのですけれども、でも読書っていうのは、そういう体験ができるものです。それに、触れ合えた、といってみても、著者側からすればなにもレスポンスは感じられていないのだから、一方的に触れていると表現したほうが正しいのです。だったら、書いてWEBに載せるという行動で報いたくなる。

書評や感想文は自分のためのものという性格が強いのです、僕の場合は。WEBでそれをシェアするのは、本に興味を持ってもらいたい、「読んでみたいな」という気持ちになってもらいたい、それもふだんあまり読書をしない人たちに、という希望がまずありますし、単純に、内容をコンパクトにしたり抜き出した箇所だったりしたものが、誰かの役に立つことを期待してもいます。

まあ、それはそれとして、<またどこかで、出会えますように。>の一文です。読み終えて、ここがいちばん、長濱ねるさんと距離が近まった部分かもしれません。別れの言葉なのに。

僕も、著者が志向する「世界平和」というベクトルには共感がありますし、たぶん、小さく遅い歩みながらも、同じ目的に向かった道にいると思っています。すべての道はローマに通ず。同じ「ローマ」を目指している気がします。仲間がいるとうれしいですね。


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