読書。
『ヒトラーとナチ・ドイツ』 石田勇治
を読んだ。
怠惰で自堕落だったヒトラーがどのように世に出てきたのか、そしてどうやって総統(それまでの大統領職と首相職を統合した地位)という独裁者の地位を手に入れたのか。本書は、ヒトラーとナチ党を中心に追っていくドイツ近代史です。学校の勉強だけでは隙間だらけだったその知識の空隙を埋めてくれる内容でした。
前半、ヒトラーが徐々に実力や名声を得ていくところ。ヒトラーやナチスのようなとんでもない悪行をやった人たちであっても、その躍進していくさまには面白みを感じてしまうのでした。へこたれず、ときに無鉄砲で、暴力に訴えて、なのだけど、活きたエネルギーが渦巻いているんですよ。ただやっぱり、そこにある危険な香りとして、時代なんだろうけれど、アクセルを踏みすぎる空気感・社会環境があったような、そんな印象を受けました。「押せ押せ」なんです。今もありますけれども、パワーこそが最高というマインド。そういったアクセルに対して、制御系は大事ってなんですよね。
ヒトラーが総統となるまでの道程がもうすごかったです。劇的だし、ゆえに、さらに果てしない熱狂を生んでしまう物語になっている。若い頃のヒトラーは、セコくて小狡く、カリスマ性なんてないのに、弁論の才能が隠されていて、それを見出して育てた人がいました。そのあとは邁進するのみという感じ。
ヴァイマル共和国時代の首相になったところまでの部分では、ヒトラーを首相に任命したヒンデンブルク大統領や保守派側近の目論見としては、ヒトラーを利用して用が済めば失脚させればいいとし、まったくもって高をくくっていたそう。ナチ党の勢いはそのころ下降を見せていた頃で、反対に共産党の勢いがかなり増していて、ヒンデンブルク大統領らは共産党の勢いを削ぎ、議会制民主主義を終わらせて立憲君主制に戻すためにヒトラーを利用しようとした、と。でも、国民的な支持が強くて国民支持政府となったのがまず誤算だったようです。いったい、ヒトラーはどこまで考えていたのだろう?
ヒトラーが人気を集めたのは、演説能力がずば抜けていたのと、それとともに、民衆と情緒的につながるという戦術がうまかったからみたいです。政治家と民衆が情緒的につながるのは危険ですよね。政治家は強い権力を持っているわけだから。ここはこの時代から得る大切な教訓です。
ヒトラーとナチ党の一派は、駆け引きや政治力が優れていて、そのうえ「天の時」とでもいうような天運に恵まれているところがあります。ヒトラーを首相に任命したヒンデンブルク大統領という人物自体が、議会制民主主義を嫌っていたわけですが、その部分だけだとヒトラーを利害が一致するわけです。そして、ヒトラーは迅速に大統領の望むような国の仕組みに変えていく。それによって、大統領はヒトラーを信頼するようになり、高齢のために亡くなるのですが、そのときにはヒトラーによって、大統領が亡くなった暁にはヒトラーが総統となる、という法律を作ってしまっている。ほんとうに、頭を使って、用心しながら周到に立ち回るんです。
ここからは、ヒトラー及びナチ党の大罪であるホロコーストについてになります。
559万6000人。これは、ヒトラーを頂点とするナチ・ドイツによって虐殺されたヨーロッパ中のユダヤ人の人数です。この虐殺はホロコーストと呼ばれますが、ナチ・ドイツでホロコーストがどのように行われていったのか。
最初は、とある重い精神病患者の父親が、どうにか息子を安楽死させてほしい、と嘆願したことがきっかけでした。この嘆願が受け入れられた後、他の重症精神病患者も同じように安楽死させたほうがいい、となって、ドイツ全国で安楽死させられることになります。これについてはカトリック教会の神父の講義の演説によって表向き中止となりました(裏ではしばらく行われたとのことです)。この重症精神病患者へ安楽死政策に従事した医師や看護師などは、その後、ユダヤ人強制収容所に異動させられます。ノウハウをもったスタッフとして使われたのです。
1938年の水晶の夜(ドイツ全土でユダヤ人を襲ったナチ党の計画的犯罪事件)以降ユダヤ人迫害弾圧は公然のものとなり、激しさや酷さが増していきます。それから、1941年のソ連戦にて親衛隊主導で虐殺が始まります。ゲットーに集めらたたくさんのユダヤ人たちの中で疫病が発生しているなか、餓死させたり銃殺したりするより、安楽死が人道的だと結論されて、そこから強制収容所での虐殺が始まる。
こういうふうに連鎖していったことを知りました。ヒトラーの思想からなるナチ党の考え方や方向性がそもそも大問題なのだけれど、きっかけとして、とある重症精神病患者の父親の苦しみから来た嘆願があったことが心苦しいです。時代ってどう転んでいくかわからない。
ほんとうにヒトラーの闇が深いんですよ。行き止まりに突き当たったら、惨劇を選ぶ。そしてだんだんそれに慣れていく(裏面の闇が表面にどんどん滲み出てくる)。
レイシズムと優性思想が大きくナチ党の根本にありますが、人格が未熟なうちにこういうのに触れてしまうと飲み込まれてしまう気がします。優性思想なんか、現代でもそこらで誰かとちょっと話をしたときにその相手からするっと出てきたりすることがあるくらいですし。僕も学生の頃くらいまで、どっちかといえば、優性思想寄りの考え方だったと思うなあ。
といったところで、ここからは引用を。
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ヒトラーは、若い頃から、共感する政治家や思想家の著作、極右団体の冊子・パンフを手あたり次第読みあさって自分の世界観をつくってきた人物だ。ランツベルクの監獄ではハウスホーファーのような学者のレクチャーも受けている。大衆を焚きつけるためには、専門家の議論を卑近な言葉づかいに書き換えることが必要だ。そうしてこそ、言葉は政治的武器となる。『我が闘争』が成功を収めた鍵はこの点にあった。(p74)
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→人気がありながらもまだナチ党の顔に過ぎなかったヒトラーが起こし、失敗に終わった「ミュンヒェン一揆」と呼ばれるクーデター。そのあと、ヒトラーは裁判で有罪が下されながらもランツベルク監獄で自由に暮らすのですが、ここで解説されているのは、その頃に学者のレクチャーを受けて自身の思想や知見の底上げを成し遂げたことを含めた、ある種の知的好奇心に満ちたヒトラーの側面についてです。本書を読み終えると自然とイメージが出来上がっていくのですけれども、ヒトラーのユダヤ人に対する妄想と執着はほんとうに異常で、憑りつかれるどころか人格と一体化している感があります。引きはがすのが残んだけれどおそらく無理ではないか、というくらいにユダヤ人陰謀説を信じ込んでいる。そして、そういった妄執を源泉として作り上げた思想と巧みな演説で、ドイツを席巻してしまった。
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(※いわゆる基本的人権、つまり住居の不可侵、信書の秘密、意見表明の自由、集会の自由などがナチスによって禁止されたがどうして人々は反発しなかったのか→)「基本権が停止されたといっても、共産主義や社会主義のような危険思想に染まらなければ弾圧されることはない」「いっそヒトラーを支持して体制側につけば楽だし安泰だ」。そんな甘い観測と安易な思い込みが、これまでヒトラーとナチ党から距離を置いてきた人びとの態度を変えていった。(p168)
__________
→ドイツ国民は、基本的人権が停止されて反発するのではなく、ナチ党へ入党する方向へと舵を切った者が大きく増加していったそうです。ナチ化が進んでいったのです。そこには、政治弾圧に当惑しながらも、あきらめ、事態を容認するか、そこから目を逸らしたからである、と著者は述べている。
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(ナチ政権前の)ヴァイマル期のドイツは、国民の生存権を定めた共和国憲法のもとで福祉国家への道を歩みだした。社会福祉が拡充し、病院や保健所ではソーシャルワーカーが活躍するようになった。しかし世界恐慌が起きると状況は一変し、経費の削減が求められるなか、万人に平等な福祉のあり方を問い直す声があがった。ヒトラーも、そのような考えを持つ政治家のひとりだった。(p261)
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→現代日本でも、不況による格差や貧困が著しく感じられるようになった昨今、こういった「万人に平等な福祉のあり方を問い直す声」を、たとえば僕なんかはネット上で見ることがありますし、ニュース記事を通して知ることがあります。介護が必要になる老年の人たちを排除したらいいとする言論、生活保護受給者に厳しくあたる一般人の声や、役所の生活保護係による邪険な態度にさらされる人たちがいるという話がそうです。僕の考えでは、ここは最後まで粘る分野ということになります。早い段階で簡単に切り捨てるべきではないし、そのためには多くの人たちが「どうしたらいいのか」をよく考え続けることが大切なのではないか。ヒトラーの場合では、自分の思想が中心なので、簡単に切りすてた上で、自分の思想に都合よく利用していきます。危機感を煽って正当化していくといった具合に。
以上です。本書はまとまりがよく、密度は濃いですけれども、端的な記述の仕方によって、読み手としては内容に没頭できて読み進められる本でした。語りつくそうとすると、本書一冊丸写しになってしまうので、こういった体裁の感想中心のレビューになりました。すべてを吸収しきれていませんが、教訓とするべき箇所は数多かったです。おすすめです。
『ヒトラーとナチ・ドイツ』 石田勇治
を読んだ。
怠惰で自堕落だったヒトラーがどのように世に出てきたのか、そしてどうやって総統(それまでの大統領職と首相職を統合した地位)という独裁者の地位を手に入れたのか。本書は、ヒトラーとナチ党を中心に追っていくドイツ近代史です。学校の勉強だけでは隙間だらけだったその知識の空隙を埋めてくれる内容でした。
前半、ヒトラーが徐々に実力や名声を得ていくところ。ヒトラーやナチスのようなとんでもない悪行をやった人たちであっても、その躍進していくさまには面白みを感じてしまうのでした。へこたれず、ときに無鉄砲で、暴力に訴えて、なのだけど、活きたエネルギーが渦巻いているんですよ。ただやっぱり、そこにある危険な香りとして、時代なんだろうけれど、アクセルを踏みすぎる空気感・社会環境があったような、そんな印象を受けました。「押せ押せ」なんです。今もありますけれども、パワーこそが最高というマインド。そういったアクセルに対して、制御系は大事ってなんですよね。
ヒトラーが総統となるまでの道程がもうすごかったです。劇的だし、ゆえに、さらに果てしない熱狂を生んでしまう物語になっている。若い頃のヒトラーは、セコくて小狡く、カリスマ性なんてないのに、弁論の才能が隠されていて、それを見出して育てた人がいました。そのあとは邁進するのみという感じ。
ヴァイマル共和国時代の首相になったところまでの部分では、ヒトラーを首相に任命したヒンデンブルク大統領や保守派側近の目論見としては、ヒトラーを利用して用が済めば失脚させればいいとし、まったくもって高をくくっていたそう。ナチ党の勢いはそのころ下降を見せていた頃で、反対に共産党の勢いがかなり増していて、ヒンデンブルク大統領らは共産党の勢いを削ぎ、議会制民主主義を終わらせて立憲君主制に戻すためにヒトラーを利用しようとした、と。でも、国民的な支持が強くて国民支持政府となったのがまず誤算だったようです。いったい、ヒトラーはどこまで考えていたのだろう?
ヒトラーが人気を集めたのは、演説能力がずば抜けていたのと、それとともに、民衆と情緒的につながるという戦術がうまかったからみたいです。政治家と民衆が情緒的につながるのは危険ですよね。政治家は強い権力を持っているわけだから。ここはこの時代から得る大切な教訓です。
ヒトラーとナチ党の一派は、駆け引きや政治力が優れていて、そのうえ「天の時」とでもいうような天運に恵まれているところがあります。ヒトラーを首相に任命したヒンデンブルク大統領という人物自体が、議会制民主主義を嫌っていたわけですが、その部分だけだとヒトラーを利害が一致するわけです。そして、ヒトラーは迅速に大統領の望むような国の仕組みに変えていく。それによって、大統領はヒトラーを信頼するようになり、高齢のために亡くなるのですが、そのときにはヒトラーによって、大統領が亡くなった暁にはヒトラーが総統となる、という法律を作ってしまっている。ほんとうに、頭を使って、用心しながら周到に立ち回るんです。
ここからは、ヒトラー及びナチ党の大罪であるホロコーストについてになります。
559万6000人。これは、ヒトラーを頂点とするナチ・ドイツによって虐殺されたヨーロッパ中のユダヤ人の人数です。この虐殺はホロコーストと呼ばれますが、ナチ・ドイツでホロコーストがどのように行われていったのか。
最初は、とある重い精神病患者の父親が、どうにか息子を安楽死させてほしい、と嘆願したことがきっかけでした。この嘆願が受け入れられた後、他の重症精神病患者も同じように安楽死させたほうがいい、となって、ドイツ全国で安楽死させられることになります。これについてはカトリック教会の神父の講義の演説によって表向き中止となりました(裏ではしばらく行われたとのことです)。この重症精神病患者へ安楽死政策に従事した医師や看護師などは、その後、ユダヤ人強制収容所に異動させられます。ノウハウをもったスタッフとして使われたのです。
1938年の水晶の夜(ドイツ全土でユダヤ人を襲ったナチ党の計画的犯罪事件)以降ユダヤ人迫害弾圧は公然のものとなり、激しさや酷さが増していきます。それから、1941年のソ連戦にて親衛隊主導で虐殺が始まります。ゲットーに集めらたたくさんのユダヤ人たちの中で疫病が発生しているなか、餓死させたり銃殺したりするより、安楽死が人道的だと結論されて、そこから強制収容所での虐殺が始まる。
こういうふうに連鎖していったことを知りました。ヒトラーの思想からなるナチ党の考え方や方向性がそもそも大問題なのだけれど、きっかけとして、とある重症精神病患者の父親の苦しみから来た嘆願があったことが心苦しいです。時代ってどう転んでいくかわからない。
ほんとうにヒトラーの闇が深いんですよ。行き止まりに突き当たったら、惨劇を選ぶ。そしてだんだんそれに慣れていく(裏面の闇が表面にどんどん滲み出てくる)。
レイシズムと優性思想が大きくナチ党の根本にありますが、人格が未熟なうちにこういうのに触れてしまうと飲み込まれてしまう気がします。優性思想なんか、現代でもそこらで誰かとちょっと話をしたときにその相手からするっと出てきたりすることがあるくらいですし。僕も学生の頃くらいまで、どっちかといえば、優性思想寄りの考え方だったと思うなあ。
といったところで、ここからは引用を。
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ヒトラーは、若い頃から、共感する政治家や思想家の著作、極右団体の冊子・パンフを手あたり次第読みあさって自分の世界観をつくってきた人物だ。ランツベルクの監獄ではハウスホーファーのような学者のレクチャーも受けている。大衆を焚きつけるためには、専門家の議論を卑近な言葉づかいに書き換えることが必要だ。そうしてこそ、言葉は政治的武器となる。『我が闘争』が成功を収めた鍵はこの点にあった。(p74)
__________
→人気がありながらもまだナチ党の顔に過ぎなかったヒトラーが起こし、失敗に終わった「ミュンヒェン一揆」と呼ばれるクーデター。そのあと、ヒトラーは裁判で有罪が下されながらもランツベルク監獄で自由に暮らすのですが、ここで解説されているのは、その頃に学者のレクチャーを受けて自身の思想や知見の底上げを成し遂げたことを含めた、ある種の知的好奇心に満ちたヒトラーの側面についてです。本書を読み終えると自然とイメージが出来上がっていくのですけれども、ヒトラーのユダヤ人に対する妄想と執着はほんとうに異常で、憑りつかれるどころか人格と一体化している感があります。引きはがすのが残んだけれどおそらく無理ではないか、というくらいにユダヤ人陰謀説を信じ込んでいる。そして、そういった妄執を源泉として作り上げた思想と巧みな演説で、ドイツを席巻してしまった。
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(※いわゆる基本的人権、つまり住居の不可侵、信書の秘密、意見表明の自由、集会の自由などがナチスによって禁止されたがどうして人々は反発しなかったのか→)「基本権が停止されたといっても、共産主義や社会主義のような危険思想に染まらなければ弾圧されることはない」「いっそヒトラーを支持して体制側につけば楽だし安泰だ」。そんな甘い観測と安易な思い込みが、これまでヒトラーとナチ党から距離を置いてきた人びとの態度を変えていった。(p168)
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→ドイツ国民は、基本的人権が停止されて反発するのではなく、ナチ党へ入党する方向へと舵を切った者が大きく増加していったそうです。ナチ化が進んでいったのです。そこには、政治弾圧に当惑しながらも、あきらめ、事態を容認するか、そこから目を逸らしたからである、と著者は述べている。
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(ナチ政権前の)ヴァイマル期のドイツは、国民の生存権を定めた共和国憲法のもとで福祉国家への道を歩みだした。社会福祉が拡充し、病院や保健所ではソーシャルワーカーが活躍するようになった。しかし世界恐慌が起きると状況は一変し、経費の削減が求められるなか、万人に平等な福祉のあり方を問い直す声があがった。ヒトラーも、そのような考えを持つ政治家のひとりだった。(p261)
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→現代日本でも、不況による格差や貧困が著しく感じられるようになった昨今、こういった「万人に平等な福祉のあり方を問い直す声」を、たとえば僕なんかはネット上で見ることがありますし、ニュース記事を通して知ることがあります。介護が必要になる老年の人たちを排除したらいいとする言論、生活保護受給者に厳しくあたる一般人の声や、役所の生活保護係による邪険な態度にさらされる人たちがいるという話がそうです。僕の考えでは、ここは最後まで粘る分野ということになります。早い段階で簡単に切り捨てるべきではないし、そのためには多くの人たちが「どうしたらいいのか」をよく考え続けることが大切なのではないか。ヒトラーの場合では、自分の思想が中心なので、簡単に切りすてた上で、自分の思想に都合よく利用していきます。危機感を煽って正当化していくといった具合に。
以上です。本書はまとまりがよく、密度は濃いですけれども、端的な記述の仕方によって、読み手としては内容に没頭できて読み進められる本でした。語りつくそうとすると、本書一冊丸写しになってしまうので、こういった体裁の感想中心のレビューになりました。すべてを吸収しきれていませんが、教訓とするべき箇所は数多かったです。おすすめです。
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