7月31日 読売新聞「編集手帳」
お馬さんも確かめる場所は人間と同じらしい。
中央競馬会の池江泰郎厩きゅう舎しゃに彼が入ったとき、
牧場での評判を聞いていたスタッフは体の小ささに拍子抜けした。
まちがって女の子が来たのではないかと思い、
厩務員は股間をちらっと覗うかがったという。
そんな見かけにもかかわらず、
彼はいきなり快進撃を始めた。
2005年のダービーなど7冠を制した名馬ディープインパクトである。
種牡馬ぼば生活を送っていた北海道の牧場で急死したという。
17歳だった。
他の馬をごぼう抜きにする強さの秘密は小柄ながら、
大型馬をしのぐストライドの大きさにあったといわれる。
その乗り味は、
手綱をとり続けた武豊騎手いわく「空を飛んでいるよう」。
速力もさることながら、
前脚を伸ばして美しく駆ける姿がファンをとりこにした。
国内でただ一つ負けた有馬記念は後に厩舎スタッフが意外な敗因を明かしている。
「横に馬がいると一緒に走るのが楽しいのか、
いくら鞭むちを入れても伸びないんです」(江面弘也『名馬を読む』)
唯一無二の走法といい、
心に秘めたものといい、
今なお魅力的な謎を残して「史上最強馬」逝く。