鎌倉街道 を探そう! 古代東海道痕跡to鎌倉城と    

古代東海道は、鎌倉城を作る為に頼朝に封印された! 地図、写真で紹介。

倉久保谷戸1

2020年06月06日 | 切通し
この地図は、
   東山道相模路 11 (2012/12/21)  東山道~鎌倉
に使用した地図の使いまわしです。
注目点は、倉久保谷戸の奥で×印の有る場所、、、行き止まりに成っている訳です。
これが鎌倉時代に使われた武蔵大路の痕跡と想定する場所です。
武蔵大路と言っても、鎌倉幕府以前の東山道相模路が海蔵寺裏の大堀切として有りましたが、その後継の座間の星谷寺を通る武蔵大路は、倉久保谷戸を通ると考えられるが、×印で行き止まりとなる訳です。
問題は×印の先にある 赤丸の場所です。

下の写真は、国土地理院の立体地図に1960年代の写真を張り付けたモノです。
赤丸の中に映し出された逆三角の堤防状構造物が問題の場所です。
幾何学的な形と、同じ角度の斜面で人工的な構造物と考えます。
この存在理由は何でしょうか?
これが、事の始まりです。

鎌倉面は断崖絶壁で、 外に向かってナダラカです。
1960年代に梶原団地は造成が始まりその途中の写真で、本来平面な空中写真が、この様に立体的に表現できるように成ったのが、今の国土地理院地図です。
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