みどりの野原

野原の便り

6月20日 門司~下関日帰り旅 ③唐戸周辺~銭湯へ 

2009年06月20日 | Weblog
眼の前に見える唐戸市場へは寄らず、街中を歩く。
2つの建物が目を引いた。
 
      下関南部郵便局    隣の 旧秋田商会ビル(大正4年)
下関南部郵便局は明治33年に新築移転したもの。
日本最古の現役郵便局として今も活躍中
前にある丸ポストは下関の発明家によって考案されたものだそうだ。

右)旧秋田商会ビル 今は観光情報センターとなっている。
全国でも最古級の鉄筋コンクリート建築。
木材取引の商社で海運業も営み繁栄を極めた秋田商会の事務所兼住居と
なっていたらしい。2階3階は見学できるというので、上がる。

  
洋風の1階とは違い2階・3階は書院造の和室。  螺旋階段
防火扉や和室の可動式仕切りなど独創的な工夫がなされている。
2階へ料理を運ぶ手動式エレベーターなどもある。

屋上庭園が気になったが尋ねると見学は出来ないとのことだった。
塔屋への螺旋階段の前には立ち入り禁止の鎖があった。
・・が、係の人が「どうぞ」と言ってくださり、螺旋階段を上がる。

  
そこは狭い空間で、屋上庭園への扉が付いていた。
小さな窓を覗くと、大きい松の木や石組・建物が見えた。
今でこそ珍しくはないけど、100年近く前にこんな立派な庭園を屋上に
作るなんてすごい。建物は茶室で池もあるらしい。

後から上がってきた娘が「きゃあっ」と叫んだ。

 
その床にはタイルがちりばめられていた。保護のために透明ビニールの
シートが敷いてあった。
「きれい!」這いずりまわるように写真を撮っていた。

先ごろタイル業界誌から「世界タイル紀行」という特集記事の寄稿依頼が
あり、専門家2人に混じって素人ながら「台湾タイルウォッチング」という
文と写真(4ページ)を乗せてもらった娘。タイルには思い入れがある。

きっとその思いが係の人にも伝わったに違いない。
あまりゆっくりしているので、怪しまれないかと気にするぐらいその空間
にいた。
そのあと、公開されている建築当初からの水洗便所でまたタイルにまた
「きゃあ」その説明では塔屋のやここのタイルは秋田商会が大陸に進出し
隆盛を極めたころ、大陸から輸入したものだということだった。

そこを出てから、元は花町だったという新地あたりをうろうろして、ここ
でも古い家の前のタイルをしゃがみこんで写真を撮っているのを、不審そ
うに見ていく人に「タイルが好きなので写真を撮ってるんです」と私がい
いわけをしたりして・・「タウンウォッチングですか」と言われたり・・

そして調べてあった銭湯へ

 
煙突が見えた。やってるかな?      カルシウム温泉
これが今日の旅の最終の予定。ああさっぱりした。

銭湯の近くからバスで下関へ。下関から小倉まで出て、新幹線の人となる。
明日の都合で、今日は娘の家に泊まる。
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6月20日 門司~下関日帰り旅 ②門司港駅と周辺 

2009年06月20日 | Weblog
門司へは一昨年だったかツアーで来ている。

門司港駅
 
鹿児島本線の起点・九州の玄関口の駅、門司港駅
大正3年(1914)に開業のネオルネッサンス様式の木造建築で国の重文に
指定されている。

  
  幸運の手水鉢       帰り水      関門連絡船通路跡 
水洗トイレや洗面所、旧字体で書かれた待合室・切符売り場の文字もレト
ロ気分を盛り上げる。    

噴水のある駅前広場をでて街歩き。 門司港周辺にはレトロな建物がたく
さん残っている。

 
旧門司三井倶楽部(大正10年) レストランや資料館として使用
      右)大阪商船三井船舶門司支店(大正6年)オレンジの外壁の
        立派な建物。ホールやギャラリーになっている。

ちょっと横道へ入ったところにある旧料亭「三宜楼」は、この建物を愛する
人たちの募金活動で土地建物を購入して改修や活用を市に提案中とか。
この地域の人たちの古き良きものを残そうとする意識の高さに感心する。

 
横町の元小料理屋だったという喫茶店でお茶をして、さらにあちこち見た後、
関門連絡船で下関・唐戸へ。

自転車の乗れる連絡船であっという間に唐戸に到着。
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6月20日 門司~下関日帰り旅 ①折尾駅

2009年06月20日 | Weblog
娘に誘われて・・まさか日帰りで九州まで来れるとは思わなかった。

目的の門司の前に見たいところがあるというので、新幹線小倉駅(北九州
市)で羽犬塚線に乗換え折尾駅で下車。来たいところはここらしい。

折尾駅
明治28年(1895年)に今まであった九州鉄道と筑豊興業鉄道の両折尾駅
が2社共同の「折尾駅」となり、大正5年の駅舎大改革で現在の駅舎に
なったそうだ。

鹿児島本線と筑豊本線が立体交差(日本最古の立体交差駅)して一つの駅に
なっているので、駅の構造は複雑だ。
 
 
折尾駅ホームに降り立つ 木造の構造が懐かしい。
                右)ルネサンス様式の駅舎(大正5年完成)


待合室 丸い木の柱が美しい 一つは周りに椅子が付いている

改札を出てぐるりと回る。

  
レンガ作りの連絡通路

 
線路を渡ると、3連の通路? 左の一つは向きがやや違うため中のレンガ
の積み方がいびつだ。これは「ねじりまんぼ」というのだそうだ。

ネットで調べると、
「ねじりまんぼ」とはレンガの組み方で、ねじらせた形で組み上げていく
もの。用途は斜めに立体交差するトンネルなどでたまに見られる。
とのこと。

この上は元は線路?道路? 確かめようと今は自転車置き場になっている
階段を上って見たが、立ち入り禁止の草地になっていて、なぞは解けず。

駅の近くには、遠賀川の洪水対策・灌漑用・水運路として堀川運河がある。
明治の頃には筑豊炭田の重要な運送路となっていたそうだ。

売店で名物「かしわめし」を買って門司駅まで電車に乗ったが、
今はここだけという「駅弁の立ち売り」でも有名らしく、時間が合わ
なかったのが残念だった。

次に続く
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