そういうことで洗車のことだけ考えて、まずは腹ごしらえ、となる。
それが初め。
林檎を一個食べて出ようと思いつく。
皮を剥き、八つに切って芯を取り、小皿に入れる。食べる前に包丁を洗い、布巾で拭いて片付けようと・・・。
どうした加減か包丁の根元のところで布巾がずれて、手元に一番近いところ、包丁の下端に人差し指の先が当たった。
「あ、まずい」と思ったが、時すでに遅し。普段より少し強めに当たったのは感触で分かった。人差し指の親指寄りの外側、明らかに切り込んだ感触があった。
やくざが落とし前を着ける際の指切り(指詰め)とは90度違う、指に平行に切る短冊形の切込み。それも指の端だからちょっと削ぎ切りみたいになっている。削いでいるのではなく、切り込んでいるのが厄介だ。
思ったより早く0,5秒ほどで血の玉が浮かび上がる。切り口は一センチほどあるので、そう簡単に血の噴き出るのを抑えることができない。
しょうがないので取り敢えず指を咥えて出血を抑える。
いつまでもそうしてはいられないのだが、何しろ右利きが右の人差し指を怪我したものだから、この緊急時、応急処置を全て不慣れな左手で行わねばならない。
幸いなことにカットバンを隣の部屋に置いていたので、ぎこちない手つきでカットバンを取り出し、長すぎるからと鋏で二つに切ろうとするが、「何とかと鋏は使いよう」の言葉通り、普段使わない左手だけで二つに切ろうとするがこれがなかなか切れない。
四苦八苦しながらなんとか二つに切り離し、紙を剥がして人差し指に巻きつける。一二秒で張った場所が真っ赤になる。だからと言って剥がすわけにはいかない。さらにその上から残っていた半分を巻きつける。
これだけでは水に濡れたらアウト。今度は水に強い奴を上から巻き付ける。ここまでやれば傷口は抑えられるだろうから、出血は阻止できる。ちょっと水が掛かったくらいなら大丈夫。
やっと一息。
血の付いた左右の手を、人差し指に水が掛からぬよう気を付けながら洗い、処置完了。
さて、食べるだけになった林檎をどうする。そりゃ食べるしかない。
右手を心臓より高い位置に置きながら、立ったまま左手で林檎を食べる。遠慮がちに挙手しているような恰好で、食べながら考える。
「洗車、どうしよう」。
朝食を摂るのに箸は持てないけれど、洗車は機械がやってくれるんだから。
8時少し前、洗車に行って、予定通り掃除機も掛けて、でもいつものようについでにそこらを走ってみる、ということはせずに、帰宅。
刃物で怪我をしたのは二十数年ぶり。
包丁で怪我をしたのは生まれて初めて。