世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2012-07-02 07:46:28 | 月の世の物語・余編

青々と深い緑の森の中の、細長い遊歩道を、二人の青年が歩いていました。季節は夏に近く、まだ蝉の声は聞こえませんが、地中でもぞもぞと羽化の準備にかかっている幼虫の気配がします。濃い緑の香りのする風の中を、時々、神の文字を描いたような不思議な文様をした蛾が、ひらひらと飛んでいきます。

「この遊歩道は、比較的最近に作られたようだね」一人の青年がいうと、もう一人の青年が答えました。「ああ。でも人間は、この道を造ったことを、もう忘れているようだ。手入れもされていないし、あちこちが朽ちて崩れている」
「何のためにこんな道を作ったのだろう?」「それは、そのときは、彼らなりの大事な意味があったのだろう。でも、短い間に、こんな風に忘れられてしまうということは…つまり、作った人間が、あまりよい人間ではなかったんだ。だから、精霊が、人間がこの道を忘れるようにしたんだろう」「道ができて、人間がたくさん森に入ってくるのも、あまり好ましいことではないしね」

青年たちは遊歩道をしばし歩きながら、道の所々に、森を去っていった精霊が描き残した、忘却の意味のこもる印の跡を、見つけては新しく書き直して行きました。森を流れる風にはできるだけやさしく、細やかな愛の歌を歌うことを命じました。あれからもう何年になるか、長い間慣れ親しんだ森の精霊が、ある事故をきっかけに地球を去ってしまったことを、木々たちはたいそう悲しんでいましたが、風の歌う愛と、青年たちの慰めの魔法で、気力をいくらか取り戻し、悲しみに耐えていました。

青年たちが、印や紋章を風に描いたり、歌を歌いながら、森の悲哀を清めていると、ふと、空気がぽんと破裂するような音がして、一人の青年の目の前に、一枚の書類が現れました。
「おや、お役所からの通知だ。…この森の次の管理人がようやく決まったそうだよ」彼がそう言うと、もう一人の青年が、横からその書類をのぞき、ほお、と驚きの声をあげました。
「ふたり来るのか。珍しいな」「…うむ。驚きだ。白蛇の姿をとる精霊なんだが、なんと双子だと書いてある」「精霊の双子なんて聞いたことがない。いや、ぼくたちの種族にしたって、双子なんて見たことないぞ?どういう人たちなんだろう」「ふむ、興味深いことではあるね」そう言うと青年は、指で書類をはじいて、それを小さな石に変え、ポケットにしまいました。

彼らが、悲哀や寂しさの流れる森の中を、慰めの歌を低い声で歌いながら、森の中を歩いていると、ふと、後ろの方から、がさりという音が聞こえました。二人が同時に振り向くと、森の青い下草の中から、それは大きな白い大蛇が、鎌首をもたげて、こちらを見ているのでした。蛇は真珠のような白い鱗で全身をおおわれていて、目は赤銅色の珠玉のようでした。青年たちが、驚いて挨拶をするのも忘れている間に、その白蛇の後ろから、もう一匹の、そっくり同じ白蛇の頭が、がさりと出てきました。

「こんにちは、はじめまして」二匹の白蛇は声を合わせて、ふたりに挨拶しました。青年たちは慌てて挨拶を返しました。白蛇はさらさらと静かな音をたてて下草の中をはいつつ、青年たちに近づいてくると、同時に変身を解きました。するとそこにいつしか、髪も肌も服も全身雪のように真っ白な、そっくり同じ美しい若者がふたり立っていたのです。姿は人間とほぼ同じでしたが、違うのは赤銅色の目の瞳孔が縦に細長いことと、唇の奥に小さな牙が見えることでした。彼らはそれぞれ、他人が自分たちを見分けることができるように、違う色の小さな胸飾りをつけていました。ひとりは瑠璃の胸飾りを、もう一人は柘榴石の胸飾りを。

「お役所の命でやってきました。森林のシステム管理をするのは久しぶりですが、誠意をもって力の限りやるつもりです」「今まで少し、森の中を散策して様子を見ていたのですが、なかなかに美しい森だ。前任者は、とても立派な仕事をなさっていたようですね」
精霊たちがいうと、青年の一人が少し悲哀の混じった声で答えました。
「ええ、それは古い時代から、この森を管理してくれていました。遠い昔は、森の神として人々にとても尊敬されていたこともありました。でも人間が、精霊や神の存在を信じなくなってから、辛いことがたくさんあったようです。人間が勝手に木を切り、道を作り、神にも森にも木にも何の感謝も尊敬もすることなく、たくさんのものを森から盗人のように奪ってゆく。彼は人間の礼儀知らずをとても悲しんでいたそうです」

青年たちが言うと、二人の精霊たちは顔を見合わせ、しばし何やら、二人にしかわからないことばで会話をしました。青年たちは、この双子の精霊を、失礼とは思いつつも、つい驚きの目でじろじろと見つめてしまいました。声も顔も全く同じ精霊がふたりいて、話をしている。こんな珍しいものを見るのは、初めてだったのです。というより、あり得ないのではないかとさえ、感じるのです。

青年たちの視線に気づいて、ふたりの精霊は声を合わせて、少し笑いながら言いました。「双子が珍しいのでしょう。確かにわたしたちは、かなり珍しい存在のようだ。自分たち以外に、双子など、見たことがありませんから」すると青年たちは慌てて失礼を詫びました。「…地球上の生命に双子や三つ子などはよく見ますが、我々のような存在に、双子がいるなど思いもしなかったのです。存在というものは、皆同じ愛ではありますが、ひとりひとり顔も心も違うのが当たり前ですし…」青年たちのうちの一人が言うと、瑠璃の胸飾りをした兄の精霊が言いました。「わたしたちにも、違うところはありますよ。弟は少々せっかちだが、わたしは物事をよく考えて落ち着いて行動する方だ」すると柘榴石の胸飾りをした、弟の精霊が異を唱えました。「それは聞き捨てならない。せっかちというより、わたしのほうが兄さんよりやることが早いんですよ。兄さんは少し考えこみすぎるんだ」青年と精霊たちは、声をあげて笑いました。

しばしの会話の後、青年たちは、双子の精霊を、森の中を案内して歩き回り、前の精霊が残していった、魔法の印や不思議な石組みのある古い祠の場所を示しながら、様々な注意点を教えてゆきました。空から見守る神のまなざしを感じつつ、青年たちは精霊に仕事をひきついでいきました。それには、ひと月ほどもかかったでしょうか。

森林の奥には、小さな水たまりのような池があり、その中には小さな水棲昆虫や、蛙が生きていました。周りにすがすがしい青草が茂り、水気も光の具合も白蛇の棲むにはちょうどいい場所でありましたので、双子の精霊はそこをねぐらとし、森を管理してゆくことになりました。

「これでほとんどのことは伝えましたね。ほかに、何か質問はありませんか?」一人の青年が言うと、精霊たちはかぶりを振りながら言いました。「いや、今は特にありません。後々に何か疑問点が見つかっても、二人でなんとかやっていきます。神も助けてくださいましょうし、森の木々や動物たちも、わたしたちを気に入ってくれたようだ」「みなわたしたちが、そっくり同じなのを、たいそう珍しがって、喜んでいたねえ」
精霊たちが言うと、青年はほっと息をついて、言いました。
「ああ、これで何とかなりそうだ。ありがとう。心よりお礼を言います。この森が消えてしまうと、それは大変なことになるので」

青年たちは去ってゆく前、森の真ん中の草むらで、精霊たちと並んで座り、神に祈って正式な引き継ぎの儀式をした後、深く神に感謝し、この森がいつまでも豊かであるようにと祈りました。儀式が終わった後は、もう青年たちは帰ることになるのですが、その前に、青年たちはどうしても精霊に聞きたくてたまらないことがあったので、とうとう言ってしまいました。

「一体、双子とはどういうご気分なのですか。まるで自分と一緒の者が、もう一人いるというのは。ぼくには全く想像できないんですが」すると双子の精霊は顔を見合わせ、少し苦笑いをし、言いました。
「どうっていってもなあ、わたしたちは、ふと気づいた時にはもう、ふたりでしたから」
「ええ、わたしのほうが先に、気付いたんです。そのときわたしたちは真空の精霊でした。ふと、自分の存在に気づいたら、太陽風の中で星の清めの歌を歌っていたのです。そして隣に、もう一人いた。まるでわたしにそっくりだったので、わたしはそいつのほうが、わたしなのではないかと思ったほどでした」「ええ、そう。わたしは三分ほど遅れて自分に気付いたのです。だから弟になったのですが、同じことを思いました。隣にわたしそっくりなのがいて、これがもしかしたら、わたしなのかと」

「自分を間違えてしまうことなんか、ないのですか。ぼくだったら、自分そっくりなのが、隣にいたら、どっちが自分なのかわからなくなってしまいそうだ」青年の一人が言うと、双子の兄の方が答えました。「それは、実は、時々あります。神は何で、わたしたちをこういう風にお創りになったのかなあ。時々、弟のしていることが、自分のしていることのように感じることがあるのですよ。弟も、時々、そういうことがあるそうです。わたしたちは何やら、『自分』というものが、不思議に交錯しているようだ」すると、弟の方も言いました。「…ええ、ずいぶんと前、兄がムカデの怪に体を刺されたとき、その毒がぼくの体の方にも、しみ込んできたということもありました。なぜなのかは、全くわからない。疑問はたくさんありますが、まあわたしたちは特に気にせず、同じ時は同じ、違うときは違うと割り切って、ずうっと仲良くいっしょに生きてきました」「ただ、わたしたちは、離れて生きるということは、できないらしいです。遠く離れようとすると、自分がちぎられるように、痛いのです。…なんというか。わたしたちは、もしかしたら、ほんとうにひとりなのかもしれないね」兄がそう言うと、弟が深くうなずきました。「ええ、時々わたしもそう思う。体は二つあるし、どちらにも心はあるけれど、わたしたちはもしかしたら、ひとりの精霊なのかもしれない…」
双子の精霊の話を聞きながら、青年たちはただただ驚いてふたりを見ていました。そうやって見ていると、どう見ても、この二人が、同一人物のように思えて仕方がないような気もするのです。
「神のなさることは不思議だな」青年は感心したように言いました。双子の精霊は、ただ黙って笑っていました。

やがて、青年たちは、精霊たちに別れを告げると、神に感謝し、森に敬意を表し、日照界に帰ってゆきました。双子の精霊は、白蛇に姿を変え、二人で声を合わせて、森のさみしさを慰める歌を歌いました。それは、全く同じ人の声が、二人合わさったような見事な斉唱で、実に透き通って美しく、森の風にしみ込んでゆきました。森は魂にしみとおるその歌をとても喜び、悲しみも忘れ、命の底から生きる力がわいてくるような気がしました。

小さな小鳥が、光の中に喜びを歌いに来ました。ところどころで花が星のようにゆれました。夜になると、小さな妖精のような鼠が、木の実を探しに出てきました。
紺青の空の低いところで白い三日の月が笑っていました。こうして、双子の精霊は、新しい管理者として、森に喜んで迎えられたのでした。


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