青い地球が、眼下に大きく見えていました。丸い輪郭が大気にうっすらとぼやけて、その風の中を、何か透き通った青い魚のようなものが、忙しく泳ぎまわっているのが見えました。それは地球上でとても大きな霊魂が何らかの活動のために動いているからでした。また、地球上のある一点には、まるで血の塊のような赤い渦が、驚くほど激しく、そして驚くほど静かに咲いており、それは誰の目にも見えぬところで、地球上にある、あってはならないものを、静かに焼いて清めているのでした。
「軌道計算によると、今頃ここら辺にいるはずなんだが」月の世の青年が一人、宇宙空間を飛びながら言いました。「それほど大きなものじゃないからね、探すのも結構大変だ」もう一人、月の世の青年が言いました。「しかし、何でこんなことまでしなきゃいけないんだろう。ぼくたちは地球の観測だけで手いっぱいだというのに」片方が苦々しく言うと、片方の青年がきっぱりと言いました。「その観測のためじゃないか。あれを何とかしないと、観測機の映像が乱れてしょうがないんだ」
「まあ、それはそうなんだけど…」青年は口を突きだして、少し苦い顔をしました。
ふと、片方の青年が、少し離れたところの空間に、小さな石の影のようなものを見つけ、それを指差しながら、大きな声で言いました。「お、あった、あれだ!」「よし!」
彼らが探していたのは、小さな一つの人工衛星でした。宇宙空間に浮かびつつ地球の周りを回っているその衛星を追いかけ、ひとりの青年がその上に飛び乗り、もうひとりの青年は衛星の突起部に手でつかまりました。衛星は小さな鏡のさいころのような形をしていて、蛙の足のような突起が立方体の二面に一つずつついています。
「よーし、大人しくしてくれよ。さあて、目当てのものはどこだ?」人工衛星に乗った青年が、姿勢を整えながら言うと、片手で突起につかまっている青年が、衛星の内部を透視しながら言いました。「箱の内部だ。装置の一部におかしな呪いの文字が書いてある。ずいぶんとひどい邪気がする。怪がやったのだろう」すると、衛星の上に乗った青年も目を光らせ、衛星の内部を透き見ました。「なるほど。こいつのせいだな。最近の映像の乱れは」「それだけじゃないだろう。多分、最近この衛星を、正しくないことに使ったやつがいるんだ。それで邪気が膨らんだんだろう」「うむ。軍事用だからな」
衛星の上に乗った青年は、呪文を唱えて、右手に小さな銅の鏡を出すと、それから光を出し、衛星の中の、呪いの文字を焼きながら、言いました。「この文字は、あれだ、人間がよく使う邪気払いの文字の真似というか、応用だよ。ずいぶんと上手く書き変えてある。確かにこう書けば、人に悪いことをさせて邪気を呼び集めることができる。こんなのが空を飛んでいるということ自体、大変なことだ」「まったくね。こういうことに関しては、怪は本当にうまくやるよ。一応コピーはとっといた。後で文字の効力をなくす魔法をしないといけない。似たような文字が書かれた衛星は、多分一つや二つじゃないだろう」「ああ、いずれ、人工衛星の全部を調べないといけなくなるだろうな」
衛星に乗った青年は、呪いの文字を全部焼き切ると、手から鏡を消し、もう一人の青年と一緒に清めの呪文を唱えて、衛星を清めました。
「よし、大丈夫だ。離すぞ」「OK」
そういうと同時に、二人は人工衛星から離れました。衛星は清めを受けて、何やら生きているもののように、嬉しげにしばしきらめきました。片方の青年が、ついでと言って魔法を行い、その軍事用衛星を悪いことには使えないように、一部封じの魔法をしました。すると、衛星は本当に、何やら嬉しそうにゆれてきらきらと笑っているように見えました。青年がぽつりと言いました。
「ものというものにも、魂が宿るのだな。自分が悪いことに使われるのは、悲しいのだ。やっぱり」「それはそうだ。まちがったことを無理やりやらされることほど、苦しいことはない。あの衛星にも、悲哀があるのだろう」
二人は、紙にコピーをとった文字を見ながら、話しました。
「いやな邪気を発している。あのまま衛星が飛んでいれば、地球上で愚かなことが起こったかもしれない」「やはり浄化しにきてよかったな。実際に見てみなければわからなかった」
「ああ」
「さて、青船に帰るか…」一人の青年が腕時計をいじりながら、青船に仕事が終わったことを連絡しました。もう一人の青年は、青い地球を見下ろしながら、少し悲哀に凍えた短いため息をつきました。その視線の先には、ひとひらの銀の板のような、小さな宇宙ステーションが、浮かんでいるのが見えたのです。
「宇宙開発、か…」
青年が小さな声でつぶやくと、もう一人の青年が、腕時計から目を離して、友人を諌めるように声を強くして言いました。
「それ以上のことを口に出して言うなよ。言葉というものには羽がついているんだ。風に乗ってどこまで行って、誰の耳に入るかわからない。たとえ真実でも、時期が来るまでは決して言ってはいけない」
すると青年は、友人を振り向いて少し悲しげな瞳をして、言いました。
「ああ、わかってる。でもぼくは最近、どうしても、何か言いたくなってしまうんだ。言いはしないけれどね。…たぶん、時代が変わっているからだと思う。この浄化計画は、地球上のあらゆるものに影響を及ぼし始めている…」
時計を見ていた青年は、友人の悲哀に染まった横顔をしばし硬い表情で見ていました。確かに、彼の今言ったことの意味が、自分にも何となくわかるような気がしました。青年は友人と並んで、同じように青い地球を見下ろしました。
「美しいな、この星は。…悲しいほどだ」
時計を見ていた青年は言いました。もう一人の青年は、ただ黙って笑いながら、目を細め、心の中で密かに、地球に愛を送りました。