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秋になると、イタカの野にはコクリという小さな白い花が咲く。五弁の目立たない花だが、それには重要な神の使命があった。カシワナ族の人間に、稲刈りの季節を教えるのだ。
イタカの野にコクリが咲いたら稲刈りをせよ。それはカシワナカの言った言葉だという。カシワナ族は遠い昔からその言葉に従い、稲刈りをしてきた。神の言葉に間違いはなかった。コクリが咲くころ、オロソ沼の米はちょうどよく熟れている。
友達だったハルトが死んだとき、サリクはアシメックを追いかけていった。そのときアシメックに、コクリの花が咲いているかどうか見て来いと言われた。さっそく行ってみたが、まだコクリはつぼみもつけていなかった。それから、サリクは毎日イタカの野に行って、コクリを観察し続けていた。
コクリが咲いたら、すぐにアシメックのところに教えに行こう。そう思うだけで、サリクの胸は高鳴った。アシメックに会いに行けると思うだけで、うれしかった。
その日も、サリクは朝早くに起きると、朝餉もそこそこに外に飛び出し、走ってイタカの野に向かった。夜が明けて間もないが、もうはっきりと道を見分けることはできた。
イタカの野は、ケセン川添いに編まれたカシワナ族の村の東に広がる結構広い草原だ。そこから南西の方にいけばだんだん地面が湿って来て、オロソ沼につながっている。草原のかなり向こうに山影があり、あの山でも木の実やキノコがふんだんにとれた。稲刈りが終わったら、また人手をかって採集にいかねばならない。この世界は豊かなものがありすぎるほどあった。神カシワナカは、カシワナ族のためにあらゆるものを作ってくれていた。