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アシメックはいきなり自分の前に現れた男に、一瞬驚いたが、すぐにそれがサリクとわかって、ほほ笑んだ。
「アシメック! 咲いた! コクリが咲いた!」
サリクは叫ぶように言った。アシメックは、サリクの差しだした手の中にある白いコクリの花を見て、目を見開いた。そしてその次の瞬間、サリクはアシメックの顔に、この上ない喜びの表情を見た。
「おお、咲いたか! ようし、よく教えてくれたな! 稲刈りだ! 今日は稲刈りの準備をするぞ!」
その声は村中に響いた。サリクはいつの間にか大粒の涙を頬に流していた。
朝餉が終わると、アシメックの家に村の人間たちが集まってきた。みな頬が上気していた。コクリが咲いたことは、皆の心に風が起こす風紋のように不思議な喜びを起こしていた。
アシメックはエルヅに命じて、宝蔵の鉄のナイフをみんな出させた。エルヅが茣蓙の上に鉄のナイフを出すと、集まってきた村人たちは嬉しそうにそれを一つずつとった。村の共有財産である鉄のナイフは、この時に使うものと決まっていた。
サリクはスライの家にいき、舟をオロソ沼に運ぶのを手伝った。アシメックは村人をオロソ沼の方に導いていった。日が十分に高くなり、体が温まってきたころ、みなはオロソ沼の岸についた。
オロソ沼の岸辺に天幕を張っていた見張り役のヤテクは、岸に稲舟を行儀よく並べて待っていた。カシワナ族の稲舟はみんなで二十艘ほどあった。柳の葉のような形をして、細くきゃしゃな感じがするが、かなり丈夫にできている。櫓をうまくこいでいけば水面をすいすい走ることができた。