世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2011-11-12 09:05:04 | 月の世の物語

暗く深い森の中を、ふたりは歩いていました。
「ずいぶんと奥ですねえ。これでは月も届かぬはずだ」ふたりのうちひとりは、二十歳を超えた青年のように見え、もう一人はまだ十二に届かぬ子供のようでした。子供は小さな瓶を持っており、それには月光を溶かしこんだ金色の酒が入っていました。その酒瓶は強い月光を放ち、その光を見ると畏れるように木々が枝を下げ、ふたりのために行く道をあけてくれるのでした。子供は酒瓶を掲げながら、青年に言いました。

「月が届かぬわけではないんです。彼のいるところには、闇のように濃い森の梢をすいて、一筋だけ月光が届くことになっているのです。でもその人は月光をいやがって、決して自分の穴から出てこないのです。あれやこれやとわたしもやってはみたのですが、どんなことをしても彼は出てこようとしないのです。このままでは…」
「あまりいいことにはなりませんね」青年は、子供の言葉を受け、続けました。「して、彼はいったい何をしてこんなところにいるのです?」

子供は、さも悲しそうに、「女人を、殺してしまったのです」と言いました。「彼は生前、ある高名な絵師の弟子でしたが、同じ弟子の中に、ひとり際立って才能の高い者がおり、それが女人だったのです。彼女は特に水に泳ぐ鯉の絵を描くのが上手く、まるで本当に泳いでいるようだと、よく皆に褒められていました。彼は外面はよき友人のふりをして、内心彼女の才能をひどく憎んでいました。そしてある夜、彼は酒の勢いで彼女に夜這いをかけ、無理やり辱めた揚句、井戸の中に放り込んでしまったのです」

青年は、ため息をつきながら額をもみました。女に嫉妬して殺す男など、数えきれないほどいるのを、年長の彼は知っていました。そしてこのように女性を苦しめすぎた男は、なぜか月光を嫌がる傾向があることも、知っていました。
「とにかく、どのように工夫しても、彼が月光を浴びようとしないので、もうどうしていいかわからず、こうして相談しているのです」子供がそういうと、青年は、目の前の枝を払いのけながら言いました。「お月さまの導きがありましょう」

そう言っているうちに、ふたりは森の奥の小さな池につきました。池の水面には、ただ一筋、細い月光がさし、池の水にきらきらと溶けておりました。子供は、「あそこです」と言いながら指さしました。それは池の向こうにある土手に開いた小さな穴でした。
「かわうその穴のようですね」と青年が言うと、「そうです」と子供は答えました。

男は今、一匹のかわうそとなって、池のふちの穴の中に棲んでおりました。耳を澄ますと、かすかに、「わたしではありません、それをやったのは、わたしではありません」とくりかえすか細い男の声が震えて聞こえました。

「かわうそさん、今日も来ましたよ。出てきてください」子供が呼びかけると、男の声は消え、ずるりと何かをひきずるような音が聞こえました。少し待ちましたが、かわうそは出てこようとはしませんでした。子供はふっと息を落とすと、光る酒瓶を、青年にわたしました。青年はうなずくと、池のそばにしゃがみこみました。そして瓶の栓をあけ、酒を一滴、池に落としました。そしてぶつぶつと口の中で何かを唱え、二本の指で酒のおちた水面をかきまわしました。するとそれは水の中でもやもやと大きくなり、やがて一匹の光る鯉が現れました。

鯉が泳ぐと、月光が雫玉のように跳ねまわって、森のあちこちを火花のように照らし、その光はカワウソの穴の中も照らしだしました。するとかわうそは、ひっと声をあげて、逃げるように穴から出てきました。かと思うと彼は、池に金の鯉がいるのを見て、きーっと、耳を裂くような悲鳴をあげました。なぜならその鯉は、あの女人の描いた絵の中の鯉、そっくりであったのです。

「おやまあ」と青年はいいました。「お月さまは悪戯をなさる」
「でもこれで、ようやく月光をあびてくれました」子供はほっと息をつきました。そして青年にいいました。「やり方を教えてください。あの鯉も寿命はそう長くないようですから。次からはわたしがやらないと」

わかっているというように、青年はうなずきました。


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