先日、シリアへの渡航を計画していたジャーナリストに対し、外務省が旅券を返納させた件につき、インターネット投票が行われています。
憲法で保障されている報道や渡航の自由が優先されるべきか、それとも今回のように邦人の安全確保が優先されるべきか。
現時点では、投票数約9万人の内、82%が止む得ないとして外務省の対応を支持しています。
個人的にも、止む得ないと思います。
理由は、”自己責任”の考え方が日本社会で徹底されていない、と言うかなじんでいない事、更には、日本人のリスクに対する認識の甘さがあるように思える事です。
よく引き合いに出されるのが、観光地でありながら危険な崖付近に注意喚起の看板はあれど柵が無く、転落事故が発生した場合、アメリカなら危険なところに近づいた本人の責任という訳ですが、日本の場合、柵を設置しなかった管理者責任が問われ兼ねません。
外務省の対応は、崖に近づけないよう超えることの出来ない柵を設置したことになります。多分、これが今の日本社会では一番しっくり来るやり方だと思います。
ただ、いつまでもこのやり方では、日本社会に自己責任の考え方が根付かないような気がします。柵がされていない所は安全と思い込んでしまうことになりかねません。
果たして、アメリカのように個人の自由を尊重し、自己責任として割り切るのがいいのか、今回の外務省の対応のように個人の自由を規制してまで安全確保を優先する方がいいのか、今回は、邦人二人が犠牲になった直後だけに止む得ないとは思いますが、長い目で見ると、そこまでしなくてもいいのではと言うが気がします。
憲法で保障されている報道や渡航の自由が優先されるべきか、それとも今回のように邦人の安全確保が優先されるべきか。
現時点では、投票数約9万人の内、82%が止む得ないとして外務省の対応を支持しています。
個人的にも、止む得ないと思います。
理由は、”自己責任”の考え方が日本社会で徹底されていない、と言うかなじんでいない事、更には、日本人のリスクに対する認識の甘さがあるように思える事です。
よく引き合いに出されるのが、観光地でありながら危険な崖付近に注意喚起の看板はあれど柵が無く、転落事故が発生した場合、アメリカなら危険なところに近づいた本人の責任という訳ですが、日本の場合、柵を設置しなかった管理者責任が問われ兼ねません。
外務省の対応は、崖に近づけないよう超えることの出来ない柵を設置したことになります。多分、これが今の日本社会では一番しっくり来るやり方だと思います。
ただ、いつまでもこのやり方では、日本社会に自己責任の考え方が根付かないような気がします。柵がされていない所は安全と思い込んでしまうことになりかねません。
果たして、アメリカのように個人の自由を尊重し、自己責任として割り切るのがいいのか、今回の外務省の対応のように個人の自由を規制してまで安全確保を優先する方がいいのか、今回は、邦人二人が犠牲になった直後だけに止む得ないとは思いますが、長い目で見ると、そこまでしなくてもいいのではと言うが気がします。