熟年男の歳時記

趣味のバイク、料理、DIYや旅行記を中心に日々の暮らしと感じた事など気ままに綴って行きます。

晩秋の磐梯ツーリング記(1)

2014-10-31 21:44:17 | ツーリング・バイク全般
昨日から一泊で磐梯方面にツーリングに出掛けて来ました。紅葉にはちょっと遅すぎたようで、標高の高いところでは落葉が目立ちました。今年の紅葉は早いようなので覚悟していたものの、いざ落葉を目の当たりにするとやはりがっかり、そんな2日間のツーリングでした。
走行ルートは、1日目、白河から甲子トンネルを抜けて会津若松経由裏磐梯を目指し宿泊先の土湯温泉まで。2日目は、母成グリーンラインを経由して銚子ヶ滝に立ち寄り帰宅。走行距離は約600キロでした。

最初に立ち寄った先は、白河から甲子トンネルに向かう途中にある「雪割橋」
ここは標高が低いため、紅葉ピークはもう少し先のようでした。


橋からの眺め


次に向かった先は、会津若松に通じる121号線沿いにある「塔のへつり」
侵食と風化により創り出された景観、何と100万年の歳月が経過しているそうです。こちらも紅葉ピークまで少し早いのか、緑が目立ちます。
因みに「へつり」とは会津方言で、川に迫った険しい断崖のことだそうです。




会津鉄道・湯野上温泉駅舎
かや葺き屋根が趣を感じさせます。


会津若松を抜け、磐梯山ゴールドラインで五色沼を目指します。
磐梯山がひときわ目立ちます。


途中までは紅葉見頃


山湖台(展望台)から望む猪苗代湖(霞んで雲のように見える部分がそうです)


高度を上げて行くと落ち葉状態。これはこれで晩秋を想わせる光景です。


五色沼に到着。この辺りも紅葉見頃は終わっていました。
神秘的な「青沼」


るり沼


毘沙門沼


中津川渓谷、ここの紅葉は完全に終わりです。


中津川渓谷を後に宿泊先の土湯温泉に向かいました。


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日本国宝展で至宝を堪能!

2014-10-29 10:27:50 | 日常の出来事・雑感
昨日は、東京国立博物館で開催中の日本国宝展に行って来ました。


全国から119点もの国宝が出品されるとあって平日にもかかわらず大盛況、10分ほど待たされ入場したものの、人気の展示物前ではなかなか列が進まず、思いのほか時間が掛かってしまいました。それに、自分のペースで進めないのは疲れるものです。午前の早い時間帯がお勧めです。

因みに、11月3日までの期間限定で11点の正倉院宝物が特別出品されています。一方で、展示期間によっては展示されていない品があり、119点全てが展示されているという訳ではありません。詳しい展示スケジュールは当館のHPで確認できます。

以下は、個人的に特に興味深かった展示物です。
内部は写真撮影禁止のため、画像はネット上から引用させて頂きました。

「鳥毛立女屏風」(正倉院宝物)
6点の中から2点が出品されています。鳥毛は殆ど剥離してしまっていますが、繊細なラインが印象的でした。


「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶 ( かえですおうぞめらでんのそうのびわ ) 」(正倉院宝物)
夜光貝など貝殻を加工して貼り付ける螺鈿(らでん)技法により装飾を施されています。


「仏涅槃図」(和歌山・金剛峯寺所蔵)
釈迦の死を嘆き悲しむ菩薩や弟子などの表情が豊かに且つ色鮮やかに描かれています。壁一面を覆うほどの大きな作品です。


「松に秋草図」(京都・智積院所蔵)
豊臣秀吉が息子・鶴松の死を弔うために建立した寺の障壁画として制作された絵画で、金地の背景に緑色の植物が鮮やかに描かれています。


「秋冬山水図」(東京国立博物館所蔵)
雪舟の作品で2点出品されているうちの一つ。


「金銅透彫舎利容器」(奈良・西大寺所蔵)
鎌倉時代の作品で繊細な透彫が見事です。当時の金属工芸の技術の高さが伺えます。


「緑地彩絵箱」(正倉院宝物)
緑色の背景に繊細な図柄が描かれています。奈良時代の作品で1200年前にこれほど素晴らしいデザインの品が作られていたことに驚かされます。


「片輪車蒔絵螺鈿手箱」(東京国立博物館所蔵)
平安時代の漆工芸を代表する名品とかで、木製の牛車輪が乾燥して割れるのを防ぐため水に漬けた情景を描いたものです。牛車輪の部分は貝細工になっています。(螺鈿(らでん)技法)


「土偶」(長野県茅野市)
別名、縄文のビーナス。妊娠した女性が表現されており、丸みをおびた形が特徴です。
国宝に指定されている土偶は全国で5つしか無く、国宝展では現在2体が展示されていますが、11月21日からは残り3体も出品されるそうです。


「玉虫厨子」(奈良・法隆寺所蔵)
仏像など礼拝対象物を納める屋根付きの工作物で、装飾に玉虫の羽が用いられていたそうですが、その羽は剥がれてしまって残念ながら玉虫特有の鮮やかさはありませんでした。


「一遍上人伝絵巻」(東京博物館所蔵)
時宗を開いた一遍の生涯を描いた絵巻で鮮やかな色使いと細かな描写が見事です。


「一字蓮台法華経」(奈良・大和文華館所蔵)
お経の一字一字を仏に見立て、各文字の下に蓮が描かれています。正しく書き写す写経から、美しく飾ることへ関心が行った現れだそうです。それにしても、随分手間が掛かったことでしょう。




「藤木古墳出土品・金銅製鞍金具」(文化庁所蔵)
動物など透かし彫により全体が装飾されています。古墳時代6世紀頃ということは、約1400年も前の作品です。


上記以外にも沢山の素晴らしい国宝が出品されており、何百年~1000年以上前にこれほど高度な工芸技術が日本に存在していたとは、改めてその素晴らしさと価値を再認識する機会となりました。
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長崎の郷土料理 「卓袱料理」をいただきました

2014-10-19 15:19:03 | 国内旅行
今回の長崎旅行では卓袱(しっぽく)料理を初めていただきました。
海外交易で栄えた長崎には、中国、オランダなど海外から料理が紹介され、それらが和食と混ざり合い和華蘭の食文化に発展、和洋・中華・洋食がミックスされた献立を大皿に数人分盛られ出されたのが卓袱料理の始まりだそうです。
卓袱の本来の意味は、クロスが掛けられたテーブルのことで、今では朱塗りの円卓が使われるそうです。

訪れた店は、思案橋にほど近い卓袱料理専門店・浜勝。


最初に出てきたのは「おひれ」と呼ばれる吸い物。
来客に対して挨拶の前・料理の先に腹ごしらえをして貰うために出される物で普通の吸い物より具が多く入っているのが特徴です。


次に「小菜」と呼ばれる前菜のような物が出てきます。
菜とは小皿の意味だそうで、冷めても味が変わらない献立が幾つかの小皿に盛られて出てきます。


次は「中鉢」と呼ばれる献立で、冷たい小菜に対して、中鉢は暖かい物が出てきます。





ご飯と一緒に出てきたスープ、鶏出汁がきいていました。


コースの最後は「梅椀」と呼ばれるデザートが出てコースは終了です。


初めて卓袱料理なる物を体験しましたが、和・華・蘭が混在した献立はバラエティに富んでいました。ただ、メインに該当する「中鉢」は、種類が多い反面、一品毎量が少ないので何が美味かったか、印象薄な点が残念です。それが卓袱料理という物だとは思いますが。
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和・華・蘭文化を訪ねる長崎の旅(3)

2014-10-16 17:52:07 | 国内旅行
長崎滞在3日目の今日は中島川石橋群を皮切りに浦上方面まで足を伸ばしました。

長崎市出身の写真家・上野彦馬生誕の地に建つ記念碑。坂本竜馬や高杉晋作など著名人の肖像写真などを撮影した写真家です。


中島川に架かる石橋群の中でもひときわ目立つ「眼鏡橋」
日本最古のアーチ橋で興福寺の唐僧によって築造され江戸の日本橋、岩国の錦帯橋と共に日本三橋の一つといわれており、皇居・二重橋のモデルでもあるそうです。確かに二重橋とそっくりです。


次に訪れた先は、多くの寺院が並ぶ寺町通りの中ほどにある「興福寺」
インゲン豆を日本に伝えたことでも知られる隠元禅師が日本を初めて訪れ住持した唐寺で、350年前に創建されたものだそうです。
今は色があせてしまっていますが、元々は朱色に塗られていて「赤寺」とも称されているようです。

三門、長崎で一番の大きさだそうです。


大雄宝殿


特徴的なアーチ型天井と両脇にある組子の丸窓。
組子とは、釘を一切使わず組み上げる技法で、ここの物は氷を砕いたような文様に特徴があるそうです。




次に「シーボルト記念館」を訪れました。
中心部からやや離れた場所にあることからあまり観光ルートに登場しませんが、西洋医学を日本に伝えたシーボルトの功績など詳しく紹介されています。




シーボルト記念館を後に浦上方面に移動し平和公園、浦上天主堂、そして最後に原爆資料館を見学して本日の観光は終了、早めにホテルに戻りました。


被爆した石像群、原爆の破壊力のすさまじさを改めて認識させられました。


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和・華・蘭文化を訪ねる長崎の旅(2)

2014-10-15 18:57:10 | 国内旅行
長崎市滞在2日目は、グラバー園やオランダ坂など異国情緒あふれる風景が広がる山手方面を散策しました。

まずは、国宝に指定されている「大浦天主堂」を訪れました。
現存する日本最古のゴシック様式の教会。ヨーロッパの教会と言えば石造りが一般的ですが、大浦天主堂は木造で天井のアーチ形状が印象的です。




大浦天主堂の別棟の展示室には隠れキリシタンの迫害の歴史が展示物やパネルで紹介されています。
聖母マリアに代わる祈りの対象物とされた「慈母観音(マリア観音)」高さ20cmほど。
迫害の中、人目につかぬよう隠れながら、ひそかに祈りをささげていた隠れキリシタンの姿が目に浮かびます。


グラバー園の洋館の中でも一番の規模を誇る旧グラバー邸。
日本の近代化に貢献すると同時に大成功を収め、これほどの財をなしたグラバー氏、さぞかし商才に長けていたことでしょう。若干21歳でイギリスを飛び出し海外に活躍の場を見出したことも驚きです。


グラバー氏の銅像


グラバー邸の内部、廊下天井に設けられた隠し部屋。肩入れしていた幕末の志士たちが出入りし、この隠し部屋で密談を重ねていたとか。


グラバー邸の食堂、壁側ディスプレイボードの鏡はかなり高い位置にありますが、姿を映すための鏡ではなく、室内を照らすための鏡だったそうです。


グラバー邸前庭に植えられた樹齢300年、国内最大級のソテツ。薩摩藩主から贈られたものだそうです。


前庭から望む光景。湾の向こうには三菱重工・長崎造船所が見えます。
1939年当時、グラバー氏の息子、倉場富三郎家族が居住していましたが、戦艦武蔵の建造を秘匿する目的で三菱重工に買収され、所有が三菱重工に移ったそうです。
因みに、倉場は”グラバー”をもじってつけた苗字だそうです。


グラバー園を後にオランダ坂経由で「孔子廟・中国歴史博物館」を訪れました。
急勾配のオランダ坂、歳をとると上り下りが大変そうです。


オランダ坂通りに沿って所々洋館が保存されています。


本日最後の観光スポット「孔子廟・中国歴代博物館」にやって来ました。
孔子廟は孔子を祀る施設で、ここは中国人が海外で建造した唯一の孔子廟だそうです。

孔子廟の内大門「儀門」


屋根には、想像上の神獣である鳳凰、龍、麒麟の彫刻が掲げられています。


偽門を抜けると前庭には、孔子の高弟72賢人の等身大の石像が並んでいます。全て大理石で重さは一体約1.5トン、中国で彫刻されたものだそうです。


孔子像を祀る「大成殿」と孔子坐像




大成殿に入って直ぐの両脇には、聖人が世に出ると現れるといわれる中国古来の端獣「麒麟」の像が2体置かれています。
右が麒(雄)


左が麟(雌)


大成殿の裏にある「中国歴代博物館」では、孔子に関する資料や中国の貴重な文化財など見ることが出来ます。中には国宝級の展示物もあり、見ごたえ十分でした。(内部は撮影禁止)








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