「私が小規模多機能ホームの管理者を務めていた時のことだ、ちょうど夜勤だった深夜1時過ぎ、ふだん通いサービスでホームへいらしている独居の方から電話があった。
今日は利用日ではなかったので終日家にいたのだけれど、夕方からなんとなく体調がすぐれず、不安だと言う。
私はすぐにも駆けつけたかったが、その夜、ホームには泊りサービスを利用されている方が三名いて、オンコール体制の宿直者は隣町在住だった。
私は迷った末に直属の上司のNPO法人なごやか理事長の携帯に電話した。
自称宵っ張りの彼はすぐに出た。
『どうしました?』
私は手短かに経緯を説明した。
『わかりました。その方のもとへ行って差し上げたいから、留守番役で僕に来いということですね?』
彼の声は嬉しそうだった。
『最初に電話をくれてありがとう。お役に立つかどうかは別として、今すぐ行きます。ウチからだと20分、いや25分かな。気がせくでしょうけれど、僕が着くまで準備して待っていてください。』
きっかり20分後に隣町から到着した理事長と入れ替わりに、私はホームを出発した。
幸い、利用者様の様子は特に変わりなく、お話を傾聴するとさらに落ち着きを取り戻した。
明日またまいります、と言い置いてホームへ戻ったところ、ホールに煌々と明かりがついている。
ダイニングテーブルに座っていた理事長が振り向き、ばつが悪そうに言った。
『おかえり。みなさん次々とお手洗いに起きていらしてね、なんでシャチョーさんがいるんだって尋ねられて、管理者の代わりに留守番を務めてるとうっかり答えたら、きみが心配だから帰るまで待っていると。それでみなでトランプをしていたんです。』
『ねえ、君が代さん(私のニックネーム)、シャチョーさんたらひどいのよ、私たちにババ抜きしませんか、ですって。ここにはババしかいないじゃない!(笑)』
私はつられて笑いそうになったが、壁の時計の針は午前3時を回っており、一刻も早く理事長に戻って休んでもらわなければ、と内心ひどく焦ってもいた。
笑いをこらえて変な顔になっているのを意識しながら、私は理事長をわざとじゃけんに追い立てた。
そんな私の心の中などお見通しだったに違いない、彼は黙ってにやにや笑いながら帰って行った。
あの夜のことは、もちろん業務日誌には簡潔に記入したが、ニュアンスについては私たち二人のほかは誰も知らない。
私は理事長を信じてついてきた。
困り事が起こっても必ず彼が解決してくれる。
SOSを発したら、どこにいても必ず駆け付けてくれる。
私は彼の本気を常に信じていた。
あの夜は、職務に対する彼の本気と私の本気の度合いが見事に同じだと再確認できた。
こんなに嬉しいことはなかった。」