いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

超現実的な宗教。 super-reality religion

2010-09-13 19:43:53 | 日記
 どうしてそうなるのか、わからない。01年9月11日のニューヨークの国際貿易センタービル
へのテロ攻撃は、米国のアフガンでの国際テロ組織アルカイダに対する戦争行為への報復だ
った。アルカイダがイスラム過激派と名乗って、イスラム教の中ではどういう宗教的スタンスを
持つものかは、わからない。

 中東の自然エネルギー(埋蔵石油)を巡る米国の世界戦略(覇権主義)が、当然のごとくイラ
ン、イラクのイスラム教国家との全面対立となって、米国(キリスト教)社会とイスラム国家との
宗教世界戦争に発展していった。
 宗教の排他的な唯一主義は、行き着くところは拠り所とする宗教国家以外は存在を認めない
純粋世界の確立となる。

 01年9月11日の米国へのテロ攻撃も、覇権主義の米国社会全体に対する報復攻撃であっ
た。これが、今年になって同テロ攻撃の象徴となった国際貿易センタービル跡地近くにイスラム
教礼拝施設(モスク)の建設計画が持ち上がり、米国内に一気にイスラム教に対する排斥運動
が起こる。

 テロ組織のイスラム過激派とイスラム教との関係、また跡地近くに礼拝施設を建設しようとい
うイスラム教の意図は確かに計り知れないが、米国州のキリスト教会がこれに対して取った過
敏な対応には、宗教上の意義も良識も博愛(philanthropy)も感じられないものだった。
 
 イスラム教の聖典コーランを焼却するイベントを計画して、まるで侵略された国が侵略国の国
旗を憎悪をもって焼き払う、宗教とは別次元のものでしかない。
 さすがに国内外からの非難が集中して、米国州のキリスト教会も実施する、しないの果てに
計画を中止したが、別の州の教会牧師は従わずコーランを焼却した。

 米国の世界戦略と国際テロ組織との対立が、キリスト教とイスラム教の対立に発展しての
イスラム過激派の思うツボとなった。聖典コーランの焼却という非現実的なキリスト教会の意図
のあることが、宗教の世界観を「超現実的(super-reality)」なものにした。

 宗教が「超現実的」になったことが、宗教の影の部分を露出して、今や宗教すべての矛盾を
開示することになる。
 日本は、仏教思想、儒教思想の成り立ちの国ではあるが、近代日本では、国民の潮流として
無神論を共有する、極めて良識的で賢明な国民性を示して、堅持している国家と言える。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アンチ・スモーキングとヒッ... | トップ | ニュートリノ,ダーク・マター... »

日記」カテゴリの最新記事