いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

国策と裁判。 a national policy and a trial

2017-03-31 19:52:02 | 日記
 (1)大津地裁による福井県高浜原発の運転差し止め仮処分決定を大阪高裁が運転再開を認める決定で覆(くつがえ)し、愛媛県伊方原原発の運転差し止めの仮処分申請では広島地裁が新規制基準について「福島第一原発事故を踏まえて制定された」として「不合理な点はない」と申し立てを却下した。

 (2)最近の原発訴訟の傾向として、政府の原発再稼働政策に沿った判断、判決が続いている。緊急事態での住民避難計画が十分策定されていない中でも絶対的安全性などないとして運転の再開を認める判断で、これまでの福島第一原発事故原因が究明されていないとして安全性再優先の原発再稼働を認めない判断からは異なった方向転換だ。

 原発問題は安定した電力需給体制に環境保全問題として政府の重要政策課題であり、政府がイニシアティブ(initiative)を持って政治判断する電力国策(a national policy)だ。

 (3)政府は原発再稼働に対しては、原規委の新規制基準による安全審査に委ねて直接関与を避けてきた。原規委はこれまた安全審査はするが合格した設備の原発再稼働は政府の判断だと責任の押し付け合いが続いている。

 原発再稼働問題は立地住民と原発事業者の訴訟問題として取り扱われて、電力国策として責任を持つ政府は傍観者でしかない。

 (4)この構図は沖縄米軍基地問題を日本の政府と沖縄県の対立、訴訟の中で、一方の当事者の米国(米軍)が高みの見物と決め込んでいるのと同じだ。
 日本における米軍基地負担の問題で、日本の政府と沖縄県が激しく憎しみ合い対立しなければならない理不尽(unreasonableness)などはあってはならないことだ。

 (5)政府が将来的なベースロード電源として原発再稼働を組み込む政策の中で、立地住民と原発事業者が裁判で原発再稼働の是非を争い、政府は高みの見物ではおかしなことだ。

 沖縄の辺野古移設問題や原発再稼働問題は、裁判で決着をはかるような問題性質ではない。もちろん国民の意向に沿わない政策だから裁判に訴えるというものだが、そうだからといって裁判所がことごとく国の政策を否定していては政治は成り立たない。
 選挙、世論調査で国民の意思を示す方法論(methodology)がある。

 (6)辺野古埋め立て承認取り消しでは、裁判は沖縄県知事は政府の方針に対抗する権限はないと判断したし、原発再稼働を認める判断では福島第一原発事故原因が究明されていない中で絶対的安全性はないとして政府の方針、対応を擁護する判断が続いて、行政と司法の分立(separation)に沿った判断が際立ってきた。

 (7)政府はともに自らに有利な司法判断を根拠に自らの政策を強力に推進しようとするが、これまたともに政府自らが国民の安全、生活、権利保障を考慮して決断しなければならない重要政策課題、国策であり、裁判、司法判断(judgement)に委ねる性質のものではない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本のため、貢献したい、ということ。 want to render services to japan of winner of miss japan contest

2017-03-30 19:48:10 | 日記
 (1)昨年の安倍政権による安保法制強行採決に反対して学生など若者で組織構成した団体SEALDs(現在解体)が国会周辺で大規模な抗議活動を行っていた。
 スタイルはロックテンポに乗ってラップ調に安保法制反対を訴えるもので、これが今の若者の典型的な政治参加スタイルだと思うとちょっと中身が見えてこない印象が残る。

 (2)組織構成力はスマートフォン、フェイスブック、ツイッターなどの情報力で結びつくのは世界的な若者政治文化の特徴であるが、参加者がどれだけ問題意識、政治意識を持って日本のため、あるいは世界のために貢献したいのかは見えない、伝わってこない。

 リーダーたちはそういう情報ツールでつながる付和雷同群衆をラップ調リズムで駆り立てる抗議活動には、ムーブメントとしてはわかるが意識としては伝わってこない。

 (3)もっとスマートフォン、フェイスブック、ツイッターでそれぞれが若者が抱える問題意識、政治意識、社会意識をどんどん書き込んで発信して、若者イデオロギー群像をつくりあげることが独断的、強権的政治権力に反対する社会正義のパラダイム(paradigm)には大切だ。

 国会前に集結してあまり主張が伝わってこないラップ調リズムの反芻(はんすう)だけでは、一時的な話題、関心は集めても政治抗議活動のダイナミズム(dynamism)にはならないだろう。
 学生団体SEALDsが解体された理由はわからないが、安保法制反対のためだけのものであったのなら参加した若者群衆の中には利用されただけでいいようにハシゴを外された感慨もあるのではないのか。

 (4)そこで本日の紙面コラムで紹介された17年ミス日本グランプリに選ばれた女性(20)の「日本のため、貢献したい」はすがすがしい、地に足がついた若者の思慮的、爽快なエネルギー、ダイナミズムを感じさせるものだった。
 個人主義、小市民的国民意識が中心の今日的社会で、日本のため、貢献したい(want to render services to japan)は爽快な風を感じるものだ。

 ミス日本の役目、役割のひとつが世界に日本をPRすることとして、ミス日本になってから「日本の将来を良くしよう」と頑張っている大勢の人に会う機会があり、自分ができることを見つけて、日本が元気になるために貢献したいと述べている。

 (5)京都観光おもてなし大使に任命されて、観光資源の開発、掘り起こしにも意欲を示し、大学でのドイツ文学専攻をいかしてドイツと日本社会に共通する女性の社会進出、環境問題、少子高令化などの社会政策、課題、問題への認識も高い。

 若い世代が危機感だけ持って何もしないのは良くないことと、将来は世界に発信できるジャーナリストを目指すとある。

 (6)社会問題意識、認識を高く持って、世界的視野で「日本のため、貢献したい」とするメッセージには力強さ、確かさ、持続性(sustainability)を感じさせる、伝わってくるものがあり、こういう若者がどんどん出てくることが日本の将来、しいては世界の将来、未来にとって欠かせないダイナミズムになる大いなる予感だ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名誉と偽証罪。 honor and perjury

2017-03-29 20:12:02 | 日記
 (1)森友学園籠池理事長の国会証人喚問を聞いて、自民党高村副総裁は籠池さんはウソつきだということがわかったという趣旨発言(報道)をしていた。
 国会証人喚問の主旨からして真実をあきらかにするためにウソの証言をすれば偽証罪(perjury)に問われることになるのだから、高村発言からすれば即籠池理事長を偽証罪で告発しなければならない。

 (2)それは国民に対して「真実」をあきらかにするためのものだからだ。ところが自民党の下村幹事長代行は「事実と違う偽証罪に問われるべき発言が多々あった」(報道)としながらも、偽証罪の告発は「委員会で3分の2以上の賛成だ。今までは全会一致だったので、今の野党の状況を見ると難しい」(同)と困難との認識を示している。

 つまり野党は籠池理事長は真実を語っているとみているとの認識であり、それならそれで国会で野党に責任ある根拠、証拠を示すよう求めるべきだし、野党にそれができないなら自民党は野党に対して籠池理事長の偽証罪告発に理解を求めるべきだ。

 (3)自民党高村副総裁が「ウソつき」と言い、下村幹事長代行が「偽証罪に問われるべき発言が多々あった」と言うなら籠池理事長告発に向けて努力しなければ安倍首相(総裁)、同夫人の名誉を守ることにならないし、「真実」もあきらかにすることが出来ない。

 自民党が国会告発手続論をタテにして偽証罪告発が難しいでは、何のための鍵池理事長の国会証人喚問だったのか、意味のないことになる。

 (4)森友学園問題は小学校新設認可の取り消しで交付補助金の返還が決まっており、あとはそうなった事態に対する問題起因に政治的関与があったのかが残っており、そのための籠池理事長の国会証人喚問だった。

 さんざん籠池理事長の証言をウソつき、偽証罪に問われるべき発言と言っておきながら、国会告発手続き上の問題で告発は難しいではそのまま真実隠しで幕引き(close)にしたい意向がみえるものだ。

 (5)そもそも今回の森友学園問題での民間人(籠池理事長)の国会証人喚問には、刑事罰、事件にかかわることではないので自民党は否定的な立場であったが、安倍首相、同夫人の関与が焦点になると一転して籠池理事長の発言に政治的圧力をかけて偽証罪のともなう国会証人喚問とした経緯がある。

 結局は、言った、知らない、もらった、渡していないで終始して、安倍首相も「(100万円寄付を)渡していない証明はしようがない」(報道)とつっぱねている。

 (6)安倍首相自身の名誉(honor)にかかわることであれば、籠池理事長発言を偽証罪で告発する(表明する)ことで身の潔白を証明するしかない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

御嶽山の教訓。 precepts of mount of ontake

2017-03-28 19:51:35 | 日記
 (1)栃木県那須スキー場で起きた高校山岳部の雪中歩行の訓練講習での雪崩事故は高校生ら8人が亡くなる(負傷40人)という惨事を招いて「御嶽山の教訓」(precepts of mount of ontake)が生かされなかったのは痛恨事であり無念、残念であった。

 高校山岳部の春山登山講習は予定では茶臼岳登山が計画されていたが、悪天候のため付き添い教諭らが中止を決定しスキー場での雪中歩行の訓練に切り替えられて実施していた。

 (2)当日の現場地域は雪崩、大雪注意報が出されて、同講習も茶臼岳登山は中止していた。同スキー場での深雪をかき分けて進む雪中歩行の訓練に切り替えられて起きた雪崩に巻き込まれての惨事となった。

 スポーツ庁はすでに全国の教委に対して高校生らに冬山登山を原則実施しないように通知(報道)しており、同地域には雪崩、大雪注意報が出されていた中での雪崩に巻き込まれての惨事だ。

 (3)14年9月の御嶽山火山噴火事故では、同山では火山性微動が頻発しており観測されていたが小康状態となったことから、特に夏山登山の規制はされずに最も軽い噴火警戒レベル1として休日で多くの日帰り登山客が朝から頂上を目指して頂上付近に集結していた昼直前に火山爆発が起きて、戦後最悪の多くの火山犠牲者を出しいまだに行方不明者が残る惨事を招いた。

 現在、遺族などは国を相手取って安全登山に対する注意、規制措置を怠ったとして訴訟中だ。

 (4)御嶽山火山噴火事故では、事故当時から気象庁観測所の噴火警戒レベル1情報が適切であったのかの論議はあり、火山性微動が頻発していたことから噴火警戒レベルを引き上げて入山を規制しておくべきだったとの専門家の意見も聞かれた。

 こうした山の変動、気象の変化に対しては早めの情報対応が必要との共通認識はあり、今回の那須スキー場での雪中歩行の訓練講習では同地域に雪崩、大雪注意報が出されていたことを考えれば、悪天候による茶臼岳登山中止判断の時点で下山すべき「御嶽山の教訓」だった。

 (5)海上保安庁が海難救助訓練を悪天候を理由に中止するという時に、冗談とも本気ともつかずにそんな時こそ訓練を実施してこその技術力、経験養成だという声を周りから聞くことがあるが(もちろん冗談で安全が第一と知ってのこと)、まさか今回厳しい気象条件の中であえて効果があると雪中歩行訓練を実施したとすれば、また違った意味で「御嶽山の教訓」が生かされていないということだ。

 ①スポーツ庁の高校生冬山登山を実施しない指導通知、②当日の悪天候による同講習の茶臼岳登山中止決定、③同地域の雪崩、大雪注意報と重ね重ねの条件を考えれば、早々の下山が取るべき選択だった。

 (6)惨事がくり返されなければ、安全規律が生まれないということ、過去の教訓が生かされないということは非常に問題で残念だ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本の分断ー沖縄。 separation affairs in japan is okinawa

2017-03-27 19:37:24 | 日記
 (1)普天間飛行場の辺野古移設は翁長知事が前知事の埋め立て承認を取り消した行為が違法と判決され、政府は埋め立て工事を再開して事態は政府に追い風となってその後の沖縄選挙でも与党系候補者勝利が続いて、オール沖縄の辺野古移設反対運動にも亀裂が入ってこれで辺野古移設問題は決着したのか。

 政治問題はすっかり豊洲市場問題に森友学園問題が連日取り上げられて注目されて関心が高く、沖縄問題は影が薄くなっている。

 (2)25日の辺野古キャンプシュワブ前で開かれた移設反対集会で翁長知事は「あらゆる手法で撤回を力強く必ずやる」(報道)として、今度は知事権限による埋め立て「撤回」(withdrawal)を宣言した。

 前知事の承認取り消しは、県民の意向に反して前知事の独断で決裁したものとして手続き上瑕疵(かし)があるとして認められないと取り消したものだが、裁判は知事に国の方針に逆らう権限はない(判決要旨)として最高裁はこれを違法と判決し確定した。

 (3)今度は翁長知事が自らの判断、権限で埋め立てを「撤回」するものだが、政府がこれに異議を唱えて裁判に持ち込めば、判例として再び違法と判断されることは確実だ。

 法廷闘争中は埋め立て工事は中止されるが根本解決にはならない。翁長知事の辺野古移設反対闘争は、冒頭のように裁判、選挙で周りから追い詰められてオール沖縄も崩れて厳しい状況にある。

 (4)25日に宣言した翁長知事の埋め立て「撤回」方針の判断も時間稼ぎに過ぎずに、多くの沖縄県民は別にしても国民世論としてはこれまでの取り消しの違法確定の延長線上として理解しにくいものであり、反感を買う恐れもある。

 それでは辺野古移設問題はこれで決着したかとなると、沖縄の過重な米軍基地負担は変わらずに、国民としても到底納得できるものではない。沖縄県民にとっては理不尽(unreasonableness)な政府の政策、方針、対応に不信、反感は強く、「本土」との格差、分断(separation)には強い憤(いきどお)りを増すことは確実だ。

 (5)もうひとつの政治的「分断」が日本においても大いに懸念されることになって捨て置けない事態だ。しかし、日本によほどの革新政権でも誕生しない限りは米政権がいくら変わっても日米合意の辺野古移設方針は変わらない。

 まして与党自民党の支持率は30%台を推移して、野党は軒並み1桁台で問題にならずにそれ(革新政権誕生)も可能性が薄く、東アジア情勢は北朝鮮のミサイル4発日本近海への同時発射、核実験強行で緊張が高まって、米軍の沖縄基地の重要性、存在感は逆に高まっている。

 (6)沖縄は普天間飛行場の辺野古移設と引き換えの米軍基地の将来的県外、国外移設に向けて協議を進めるべきであったし、今からでも遅くはないので米軍基地の県外移設を将来的担保として「実」を取る方針が沖縄の現実的未来展望には必要だ。

 このまま翁長知事の権限行使の辺野古埋め立て撤回による反対行動では、自らの足元をすくうジレンマ(dilemma)の孤立、分断のスパイラル(spiral)に陥る危険性が大きい。

 (7)なにより、米軍基地のために日本の政府と沖縄が非生産的な対立、対決するという理不尽はあってはならないことで、なんとしても双方納得のいく解決に導かなければならない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする