子供の頃は好きではなかったのに、年を重ねるにつれ好きになった料理がある。それがサバの味噌煮である。
より正確に言えば、子供の頃は味噌汁も好きではなかった。しかし出されてものは残さず食べるように躾けられた。これは祖母仕込みであり、逆らうことはあり得なかった。
一人暮らしをするようになり、減塩を中心とした食事療法を実行すると必然的に味噌を使う料理は減る。ちなみに30年ほど前の減塩味噌は、あまり美味しくなかったことも一因ではある。
それから20年以上経ち、医者から減塩の指示は無くなったが、もう塩分の濃い料理は受け付けなくなっていた。お刺身でさえ、醤油を少し付けるだけで食べている。
転機は9年前の心筋梗塞による入院生活であった。もちろん減塩低カロリー食であったが、美味しい献立が多かった。そのなかに鯖の味噌煮があったが、薄味でありながらしっかりと味噌の香りが残り、かつ鯖の臭みも消えていた。多分、鯖の味噌煮を美味しいと思ったのは30年ぶりだと思う。
幸いにして銀座の街は、美味しい魚料理を出す割烹料亭が散在しており、プロの料理人が作る美味しい鯖の味噌煮を堪能できた。ただ、それらの割烹料亭は小さい店が多く、大半がコロナ禍による売り上げの大幅減には耐えられなかった。
今年、銀座から神田の街へ事務所を引っ越した時、美味しいお店がどれだけあるのかが結構な不安材料であったのはスタッフには内緒だ。でも神田の店は銀座に劣らず古い街で、刺身や寿司ならば値段相応のお店がけっこうあった。強いて言えば、副菜の味というか作りは、さすがに銀座のほうが上に感じていた。
また焼き魚や煮魚も、贅沢を云わなければ十分満足のいく店が幾つかあった。でも、やはり銀座には少し劣る。そう思っていたらあった、あった。鯖の味噌煮の美味しいお店。
はっきり言って店の外観からは、想像もつかない味だった。50代と思える料理人はともかく、焼きに煮込みにと忙しそうなもう一人の料理人は70代らしい。カウンター席のみで、7人が限界。しかも12時半には品切れとうか、売り切れになって客を断る。
多分、これ以上の客数は年齢的に捌けないのだと思うが、出される料理は別物。出されるマグロの切り身は新鮮で張りがある。これは市場に店主自ら足を運んで選んで仕入れているのだと思う。そのせいか、人気のマグロ定食は売り切れが早い。
一方、私が頼んだ鯖の味噌煮は、味噌は薄口だが匂いけしの生姜が姿を見せない繊細な仕事ぶり。しかも骨は丁寧に除いてあり、崩れるほどには煮込まないが、口に入れた時に柔らかく崩れる触感は料理人の技量の高さを裏付けている。
このレベルの鯖の味噌煮は、銀座でもあまり多くないと思った。見た目はまったく名店には見えないかれど、出される料理の質は高い。これは掘出物だと、ニヤニヤしながら昼時を待っている食いしん坊の私です。