それは彼等の自由だと思うし、別に邪魔する気もない。ただ、国民の多数は、現行の死刑制度を消極的ではあっても支持している。
私は死刑が最も素晴らしい刑罰だとは思わないが、他に変わるべき刑罰が思いつかないので、やはり死刑を支持している。現行の無期懲役は、本当の無期ではなく、早ければ7年後ぐらいには出所してしまう。
困ったことに相当に長い期間刑務所に入れておいても、全ての受刑者が反省する訳ではない。いや、そもそも反省する気さえない。
実際、婦女子を数名暴行致死させておきながら、「女が抵抗するから、仕方なく殺したんだ。素直にやらせりゃ命まで奪う必要はなかったんだ。だから悪いのは女どもさ」と平然と口にする受刑者がいる。
私は実際に聞いたわけでもないが、おそらく事実だろうと思う。傍目にはどんな悪事でも、当事者には自分を正当化する理屈がある。だから、如何なる刑罰であっても、そのような輩を更正させることなんて出来ないと、悲観的ながらそう確信している。
死刑がベストな選択だとは思わないが、犯罪者を完全に反省させ、被害者及びその家族を完全に納得させられる他の手段を私は見出しえない。だから、消極的ながら死刑に賛成せざるえない。
だが世の中には、絶対的確信を持って死刑に反対する人たちもいる。日弁連はその代表格だ。その日弁連がおかしな提言をしてきた。すなわち全員一致でなければ死刑は認めないとする提言を出してきた。
彼等は弁護士である以上、相応に頭がいいはずだが、なぜに分らない。
全員一致でなければ駄目だということは、多数派が同意を示しても、一人の反対があれば認めないということだ。すなわち、これは少数意見が多数意見を妨げる手段に他ならない。
改めて思い出して欲しい。日本は民主主義国家だ。民主主義の根幹の一つは「最大多数の最大幸福」であり、多数派の意見を正しいものと仮定して、世の中を動かす仕組みである。
全員一致というやつは、多数派の意見を少数派の意見が弾圧する仕組みであり、きわめて独裁的であると同時に、反民主主義的な遣り口だ。それを日弁連が口にしているのである。
どうも日弁連というところは民主主義を嫌い、多数派を少数派でもって制圧したいらしい。邪推させてもらえば、民主主義よりも独裁政治が好ましいと思っているのだろうか。
実際のところは、正しい目的(死刑廃止)のためなら手段(民主主義の否定)は問わない、といったところでしょうがね。正義という名の美酒に酔いしれると、どんな優秀な知能もおかしくなるようです。