一時期、水滸伝にはまっていた。面白いのは間違いない。
不満があるとしたら、その物語の最後にある。内憂外患に悩む宋王朝のため、地方の叛乱勢力を唐オ、押し寄せる異国の敵を倒し英雄として凱旋した梁山泊の面々。その過程で多くの同志が倒れ、生き残った仲間も褒章こそ受けたものの、必ずしも安らかな生涯を送ったわけではないことが、最後に語られる。
なかでも頭領である宋江は悲惨だ。政府高官に妬まれ、あまつさえ暗殺される。黒旋風の鉄牛を死の同伴者に選び、粛々と死を従容する最後は、英雄の死としては不遇としかいいようがない。
全ての同志の最後が語られることなく物語が終えたことに、いささかの不満があった。多分、それはシナの大衆も同じ想いであったのだと思う。だからこそ、その後の梁山泊の英雄たちが創作された。それが表題の作品だ。
実はこの本を紹介するか否かは、けっこう迷った。普通では、まず手に入らないと思うからだ。東洋系の古書を集めている古本屋か、ある程度規模の大きい公立図書館でないと、まず置いていない本だと思う。元々、発行部数が少ない本の上、かなりの水滸伝ファンでないと、手を出しにくい本だからだ。
実際、その内容も水滸伝のファンでないかぎり、さして面白いと思うことはないだろう。簡単に顛末を述べれば、政府が信用できなくなった梁山泊の生き残りは、仲間を集めて新天地を求めて、船で大海に乗り出す。やがて未知の島を見つけて・・・そんな内容なのだ。
無理して読む内容の本ではありません。ただ、今にして思うと、当時の中国人にとって、やはり政府は信用できるものではなく、政府の役人の手の届かぬ世界への渇望を満たした本なのだと想像できる。この本の書かれた当時シナを支配した明朝は、歴代のシナの王朝のなかでも屈指の苛烈な国内統治で知られている。
私は江戸時代の徳川幕府の、5人組等の統治政策は、明朝に学んだものではないかと勘ぐっている。実際、明朝くらい、その支配する民衆を管理拘束しようとした政権は、そう多くないと思う。その厳しい支配に苦吟した大衆が、そのはけ口に水滸伝等の物語を愛好したのだろうと思う。
今も昔も、シナの民衆は政府を信用しない。ここ十数年、経済が急成長し、自己主張を強めた中国の過激な愛国運動が目立つ。日本やアメリカがそのはけ口とされることが多いが、あまり信用しないほうがいいと思う。反日を叫ぶ一方で、日本製品をブランド品として愛用する。アメリカに対する反発を強める一方、そのアメリカに入国したがる中国人。
裏表どころか、二重三重の裏を持つのが中国人。そのことを誰よりも知る北京政府は、大衆の過激な反日、反アメリカ発言の裏に潜む不満を嗅ぎ取る。
知ってか知らずか、シナの民衆の叫びを真に受ける日本のマスコミ報道は、よくよく注意して読んだほうがいいと思う。最近は、北方版の水滸伝が売れているらしい。まだ読んでいないが、読みたい本のリストには入っている。何故、シナの民が水滸伝を長年好むのか、そのことを考えながら、じっくり読みたいものだ。
不満があるとしたら、その物語の最後にある。内憂外患に悩む宋王朝のため、地方の叛乱勢力を唐オ、押し寄せる異国の敵を倒し英雄として凱旋した梁山泊の面々。その過程で多くの同志が倒れ、生き残った仲間も褒章こそ受けたものの、必ずしも安らかな生涯を送ったわけではないことが、最後に語られる。
なかでも頭領である宋江は悲惨だ。政府高官に妬まれ、あまつさえ暗殺される。黒旋風の鉄牛を死の同伴者に選び、粛々と死を従容する最後は、英雄の死としては不遇としかいいようがない。
全ての同志の最後が語られることなく物語が終えたことに、いささかの不満があった。多分、それはシナの大衆も同じ想いであったのだと思う。だからこそ、その後の梁山泊の英雄たちが創作された。それが表題の作品だ。
実はこの本を紹介するか否かは、けっこう迷った。普通では、まず手に入らないと思うからだ。東洋系の古書を集めている古本屋か、ある程度規模の大きい公立図書館でないと、まず置いていない本だと思う。元々、発行部数が少ない本の上、かなりの水滸伝ファンでないと、手を出しにくい本だからだ。
実際、その内容も水滸伝のファンでないかぎり、さして面白いと思うことはないだろう。簡単に顛末を述べれば、政府が信用できなくなった梁山泊の生き残りは、仲間を集めて新天地を求めて、船で大海に乗り出す。やがて未知の島を見つけて・・・そんな内容なのだ。
無理して読む内容の本ではありません。ただ、今にして思うと、当時の中国人にとって、やはり政府は信用できるものではなく、政府の役人の手の届かぬ世界への渇望を満たした本なのだと想像できる。この本の書かれた当時シナを支配した明朝は、歴代のシナの王朝のなかでも屈指の苛烈な国内統治で知られている。
私は江戸時代の徳川幕府の、5人組等の統治政策は、明朝に学んだものではないかと勘ぐっている。実際、明朝くらい、その支配する民衆を管理拘束しようとした政権は、そう多くないと思う。その厳しい支配に苦吟した大衆が、そのはけ口に水滸伝等の物語を愛好したのだろうと思う。
今も昔も、シナの民衆は政府を信用しない。ここ十数年、経済が急成長し、自己主張を強めた中国の過激な愛国運動が目立つ。日本やアメリカがそのはけ口とされることが多いが、あまり信用しないほうがいいと思う。反日を叫ぶ一方で、日本製品をブランド品として愛用する。アメリカに対する反発を強める一方、そのアメリカに入国したがる中国人。
裏表どころか、二重三重の裏を持つのが中国人。そのことを誰よりも知る北京政府は、大衆の過激な反日、反アメリカ発言の裏に潜む不満を嗅ぎ取る。
知ってか知らずか、シナの民衆の叫びを真に受ける日本のマスコミ報道は、よくよく注意して読んだほうがいいと思う。最近は、北方版の水滸伝が売れているらしい。まだ読んでいないが、読みたい本のリストには入っている。何故、シナの民が水滸伝を長年好むのか、そのことを考えながら、じっくり読みたいものだ。