ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

現場知らず

2024-11-29 09:17:01 | 社会・政治・一般

二期も防衛大臣を務めた割に石破首相に対する自衛官の評判は悪い。

この方、とにかく現場を嫌がる。ソマリアでのPKO活動から帰国した自衛隊隊員を出迎えるイベントは行かず、大臣室でお気に入りの番記者相手に、プラモの兵器を手にして得々とご高説を賜っていた御仁であるらしい。

いわゆる兵器マニアの気は私もあるが、物事の軽重の鼎ぐらいは分かるつもりだ。多分だけど、この方、PKO活動なんて報告書を読めばいいと思っていたのではないかな。

馬鹿だね。下士官が上官に文章に提出する書面なんて決して本音は書かれない。上司の不興を買うような書面なんて書く訳がない。それが役人というものだ。それが分かっている政治家は案外と少ない。

金権政治家としてマスコミから毛嫌いされた田中角栄は、現場のたたき上げなので、上司の覚えの良い文章が横行している現実を知っていた。農水省のエリート官僚が作文した被災報告書を一読してから書いた当人のもとへ足を運び「お前、現場を見に行ったのか?」と答えの分かっている質問を投げかけて困惑させた。

そのあと、日程をやり繰りして角栄は被災現場を直に視察した。高級スーツが汚れるのを厭わず、ゴム長靴を履いて農民を脇に置いて、被災した農地をずかずかと歩き、現状を嘆く農民の声に耳を傾けた。

東京に戻った角栄は、役人たちに発破をかけ新たな予算をたてさせて現場の実情に即した救援策を実施させた。傍に帯同を命じられたエリート官僚は、その的確さと実行力の凄さに呆れ、角栄の手足となって働いた。好き嫌いを超えて従わざるを得ないとエリート官僚は自覚した。

コンピューター付きブルトーザーの異名は伊達ではなかった。ただし、その救護策を息のかかった企業にやらせて、後で献金させたのもまた事実である。田中角栄は、まさしく贈賄政治家であるが、有権者は誰が自分たちの生活を真摯に考えてくれたかを分かっていた。だからこそ収賄で逮捕され収監された角栄を支持した。

確証はないが、石破首相は政治資金に関する限り清廉潔白だと思う。何故なら彼に賄賂を渡しても無駄だからだ。快適な永田町から動かず、役人の作成した良く出来た報告書を精緻に目を通しているだろう。そして役人作成の予算案を了解することが仕事だと思っている。

現場に行かないから、当然知らないだろう。熊本や能登の被災地へ自衛隊員を運ぶ輸送車に空調がないことを。あの猛暑のなかで、何時間もクーラーなしの輸送車に乗って救援業務に向かう自衛隊員の苦労なんて知らなくて当然だ。

別に石破首相だけじゃない。霞が関のエリート官僚はどれも似たり寄ったり。だから知るまい。記者クラブでの快適な横流し仕事に慣れきって現場を取材しない記者たちも同様だ。近年大幅に強化された自衛隊の兵装を誇らしげに語るが、おそらく知るまい。

最新鋭の国産戦車である10式戦車には当初空調がないことを。だから猛暑の中鋼鉄の戦車のなかで作業する自衛隊員の苦しみなんて理解できないでしょう。最新鋭のステルス戦闘機であるF35を誇らしげに語りますが、それを整備する自衛隊員の使う営舎のトイレットペーパーなどの生活雑貨が隊員たちの小遣いで賄われていることを。

今回は自衛隊を語りましたが、他でも似たり寄ったりの話はいくらでもあります。現場から遠いものほど賢し気に国政を語り、勇ましく愛国心を称揚す。戦争でも一番安全な場所にいるものほど、誰よりも勇敢な科白を口にする。

歴史上、外からの攻撃で潰れる国よりも、内部崩壊して潰れる国のほうが多い。そして更に多いのが内部崩壊を知らないふりをしていたら、外からの攻撃であっさりと崩壊する国が最も多い。日本が近いうちにそうならない保証など、どこにもないと思いますよ。

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いつか来る日

2024-11-28 11:28:11 | 日記

地球という惑星が出来てほぼ45億年。

生物が発生したのが20億年前だとされるが、大規模な地殻変動や、小惑星の衝突といった惑星規模の災害を乗り越えて、現在の地球の生態系がある。

その地球に於いて、主に地表で生物が繁栄を謳歌したのは、多くの場合地球が暖かい時期である。地球は暖かい時期と寒い時期が交互に訪れている。ちなみにその判断は北極と南極において恒久的な雪があるかどうかで判別される。

つまり現在の地球は更新世という寒い時期である。より正確には、氷河期と氷河期の合間の期間であり、完新世と呼ばれる間氷期である。この間氷期は過去のデーターから概ね1万年から5万年程度続くとされている。

私が気になるのは、この間氷期がいつ終わるかだ。もっといえば、いつ次の氷河期が到来するのかといった疑問であり、怖れでもある。断言するが、現代の人類の文明社会は氷河期の到来と共に崩壊する。人類を絶滅に追いやりかねないほどのカタストロフィである。

もちろん逆の可能性もある。すなわち更新世が終わり新たな暖かい時期が到来することだ。ただし、この可能性は低い。これは地球という惑星の地軸の傾きと太陽輻射熱の受け方の問題であり、また太陽を回る軌道の問題など宇宙規模での変化が関係するからだ。

ただ地球が暖かい時期になっている方が、地表で棲息する動植物は繁栄する。極地の氷が溶けて海水面が上昇するため沿岸は海に沈むが、降雨量は増えて乾燥地が湿地に変り、植物が大いに繁茂する。必然、草食の生物は増えるし、それを餌とする肉食動物も増える。多くの場合、進化を伴い環境の変化に適応していく。

もっとも適応が難しい、あるいは厳しいと思われるのが我ら人間だ。国境という枠組みの中で互いの生存域を守り、生活してきた人間にとって温暖化は多くの場合、国境の変化を必要とする。その変化は国境紛争であり、多国間の戦争を導く。すなわち時代の覇者の新たな権力争いである。

私は平和な時代に安住するナマケグマである。なるべく現状維持を望むが、間氷期が終わり氷河期の再開の可能性の高さを危惧する。ところが、人間の産業活動により地球の大気温度を上昇させるほどの温室効果ガスを生み出してしまった。

この温室効果ガスは、間氷期を伸ばして氷河期の到来を遅らせている可能性がある。現時点での正しい予測は無理で、想定するしかない。分かっているのは、脱炭素社会なんて軽い目標では、到底人類の文明は守り切れない。

氷河期が到来すれば、壊滅的に農業生産は激減し、陸生生物の大半が絶滅する。一方、温暖化が惑星規模で進む、すなわち冷たい時期が終了して暖かい時期が到来すれば、やはり地上の生態系は劇的に変わる。

後者の可能性は現時点では低い。むしろ氷河期が到来する可能性の方が高い。あまり注目されていないが、近年太陽の黒点が減少している。これは地球上に降り注ぐ太陽の輻射熱が減少する状況を想定すべきだと主張する科学者がいる。

そうなると氷河期の到来を覚悟すべきなのか。

私は以前、気候変動とは緩やかに、しかし断固として進むものだと思い込んでいた。しかし近年の研究では、気候変動は急激に訪れる。日本でいえば江戸時代中期、西欧の17世紀に突如北半球を襲ったパウンダー寒冷期は短期間ではあったが、まったく予兆もなく突然襲来したと言われている。

またヴェルム氷河期を終わらせた温暖化は、突如として訪れて地球全体に広がり、ノアの大洪水の原型になったとの説もある。ちなみに日本列島は泥の中から生まれたとされるが、やはり北半球の氷が急激に溶けたことによる結果なのかと想像できる。似たような伝承は世界各地にあるのが興味深い。

果たして人類を襲う天変地異は温暖化なのか、それとも氷河期なのか。その答えを見ずに人生を終える可能性のほうが高いのですが、それでも興味は尽きませんね。

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落ち葉の怖さ

2024-11-27 12:59:26 | 旅行

秋の名物である紅葉は美しいと思う。

山に分け入り、見事に紅葉した森の中を歩くのは楽しい。紅葉や楢、楓の葉が降り積もった山道を、枯葉を踏み散らかしながら歩くのも悪くない。

だけど、雨上がりの紅葉の降り積もった山道は歩きたくない。何故かというと滑るからだ。登りはなんとかなるが、下りがヤバい。正直、危険を感じるほどだ。

あれは高校2年の冬だった。神奈川県側の表丹沢を登り、日ごろ滅多に行くことのない裏丹沢へ下った時のことだ。丹沢は広葉樹林が多いせいか、落葉樹も多く紅葉の時節は実に見事な色彩で楽しませてくれる。

しかし、数日前に振った雨が災いした。登山者の多い表丹沢と異なり、裏丹沢は人が少ない。11月も終わりの頃には落葉が降り積もり登山道は埋もれてしまう。おまけに一見乾いた枯葉が積もっているだけだが、下の層の落ち葉が湿っているため滑る、滑る。

先頭を歩いていた私は気が付いたら滑走するが如く緩斜面を滑り落ちてしまった。最初は驚いただけだが、すぐに危険なことに気が付いた。枯葉の下にはけっこう岩があり、身体がバウンドするので衝撃が痛いほどだ。とっさに手を伸ばして灌木を掴んでみたが、勢いが強くて灌木を引き抜いてしまった。

既に20メートル以上滑っている。命の危険を感じ、覚悟を決めて灌木を竿のように使って大木に向かい、ぶつかる様に仕向けた。両足をクッションにして衝撃を緩和したが、それでも体が宙に浮くほどであった。実際に宙に浮いたようで、落下した衝撃と痛みで呻いていると、上の方から「大丈夫かぁ~」とパーティのメンバーの声が聞こえた。

とりあえず返答したが、実際は苦痛に耐えて固まっていた。同時に生き延びたなとの安堵感に包まれた。まさか標高1千メートル以下の低山で、これほどまでに危険な目に遭うとは思わなかった。慢心といえば慢心だが、改めて山の怖さを我が身に叩き込まれた。

慎重に降りてきたメンバーと合流し、支えられながら立つと、どうやら骨折等はないようだ。ただ衝撃で全身が痛いというか痺れた感覚が辛かった。ザックの荷物を他のメンバーに分けて持ってもらい、ほぼ空身で下山した。

なにせ裏丹沢の下山口のバスは本数が少ない。最終便を逃すと面倒なことになる。金なし貧乏高校生にはタクシーは高すぎる。それが分かっていたので、急ぎつつも慎重に下った。精神的にこれほど疲労した下山は初めてだった。

下山口の道志の村は当時既にかなりの過疎が進んでいたが、丹沢と道志山塊に挟まれた静かな人里だった。夕暮れ時の紅葉が美しかったことは覚えているが、私は精神的なショックからか、すぐに寝てしまった。起きたらJRの無人駅だった。

ネットでニュースをみていたら、最近は低山登山がブームだとか。断言しますけど、低山だから安心って訳では決してありませんよ。やはり自然は侮れないです。

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ワールド杯アジア最終予選 対中国戦(アウェイ)

2024-11-26 12:14:30 | スポーツ

先週敵地で行われたワールド杯アジア最終予選の対中国戦は、日本が3-1で勝利し、勝ち点16とC組トップを確実にし、ほぼ予選突破だと言える。それはいいが、問題が多い、多すぎる。

試合そのものは、新たに中国の代表監督に就任したクロアチア人のイヴァンコビッチの分析力が目を引いた。これまで日本が得意としていた左サイドでの攻撃を見事に封じてみせた。やはり歴戦の監督の目には、森保監督の戦術の穴がよく見えていたのだろう。

もっとも選手の力量差の違いは如何ともしがたく、セットプレーでFWの小川が二得点。上田の穴を見事に埋めてみせた。が、しかし、DFがだらしない。これまで最終ラインを見事に守ってきた板倉がどうも不安定だ。だからこそ失点を喫したのだろう。

それと試合観戦中から違和感があったが、やはりピッチの幅を狭くして自国に有利な状況を作ろうとしたらしい。FIFAの定めるよりも、明らかなに狭いが故に、日本は大きなサイドチェンジをやり難かったらしい。相変わらず姑息なことをする国だ。

それとGKの鈴木へのレーザーポインター照射は頂けない。あれは罰則が適用されるべき。そして毎回のようにラフプレーをやらかす中国、これは想定内ではあったが、日本人選手に大怪我がなくてよかったと思います。

ただ途中からサウジ対インドネシア戦が気になってしまった。なにせ、日本がいつも苦戦するサウジが0-2で敗戦。いや、実にスリリングで面白い試合でした。インドネシアの奮起も凄かったけど、サウジの必死さがPC画面からも伝わってくる熱戦。でも、サウジってそんなに弱かったっけ?

これで日本がトップを独走するC組は二位争いがますます激化、いや混迷している。なんだ、この最終予選は。こんなの記憶にないぞ。他のA組、B組はイラン、韓国がトップだが、これは予想通り。ただ私がアジア最強だと思っているイランは失点が多い。また前半低迷した韓国だが、これは毎度のこと。いつも最後にしっかりと帳尻を合わせてくる。でもパレスチナと引き分けってどうよ。

分かっている。今回のアジア最終予選の混乱は、FIFAがアジアに対して前回の5チームから8チームに増やしたことが原因だ。おかげで緊迫感が薄れ、下克上が横行している。つまり試合自体のレベルは低下しているように思える。

これはまずいね。先週の対中国戦で前半日本が苦戦したのも、相手が日本を研究して森保監督の戦術の穴を突いてきたからだ。アジア相手だからなんとかなったが、これが欧州や南米のチームだったら、前半だけで大量失点もありうる。

たしかに日本はアジアでは頭一つ抜け出た感があるが、欧州予選や南米予選に比べればユルユルのアジアだからこそ。ブラジルの低迷やイタリアの苦戦など優勝経験国でさえ悶え苦しむのが本来のワールド杯予選のはず。

次節には予選突破を決めるだろうけど、早く世界基準に切り替えないとまずいね。後、突破を決めたら藤田など五輪世代を大幅登用して、若手の経験不足をなんとかして欲しい。今のA代表は層が厚いが、やはりレギュラー組と控えの間での力量差はある。今後の怪我人などを考慮すれば、更なるレベルアップを目指すべき。

特に久保、堂安、伊東、三苫などは替えがいない。それ以上に中盤を支える守田、遠藤、富安らには、それ以上に替えの選手がいない。日本は中盤が命です。それが分かっている久保は、この試合では中盤に下がることが多かった。やはり不安なのだろう。

ワールド杯本戦では対戦国は必ず弱点を突いてくる。日本のストロングポイントである中盤は、思ったよりも層が薄い。さらに付け加えるならば戦術の幅が狭い森保監督こそが実は一番の弱点ですが、彼に変り得る人材がいない。

日本サッカー協会は金儲けのためにDAZNに放送権を丸投げするアホっぷりを発揮して、サッカー人気を貶めている。それをまともに批判すら出来ないヘタレたマスコミが日本サッカーの三大弱点であることを自覚して頂きたいものです。

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兵庫県知事選挙

2024-11-25 09:06:29 | 社会・政治・一般

さっぱり分からん。

だから以下の文章は、憶測と邪推に塗れていることを予めお知らせしておきます。

当初、斎藤知事のパワハラ報道が報じられた時から疑問だったのです。なんで、被害者の方、弁護士に相談しなかったのか、と。自殺に追い込まれる程に強い圧迫を受けたのならば、それはパワーハラスメントとして司法の判断を仰ぐべきではなかったのではないかと。

私が不可解に感じた最大の理由でしたが、その後のマスコミの報道で「おねだり」だの「傲慢さ」「特権意識」などを裏付けるかのようなものが相次いだので、エリートによくある無意識でのパワハラなのかとも思っていました。

ただ、議会から不信任決議を突き付けられたにも関わらず、辞任しての再選挙を選んだあたりで、なんだか変だと感じていました。そして当の斎藤氏は知事としての実績を繰り返して主張していた。

このあたりで私は斎藤知事をパワハラで追いやったのは、既成利権を守らんとする役所側と、それに協力するマスコミではないかと疑い始めました。というのは、肝心かなめの兵庫県民が必ずしも斎藤氏に対して否定的ではなかったからです。

とはいえ兵庫県の行政などまるで知らない私です。だから確信はなかった。マスコミの報道では、対立候補の女性が優勢なはずなのだが、ネット上の情報ではむしろ斎藤氏が有利だと。そして後者の情報通り斎藤氏は知事に返り咲いた。

今週に入り斎藤氏の勝利は、もはや既成のマスコミに世論を誘導する力はないとの批評が相次いでいる。マスコミが弱いから斎藤知事を落選できなかったのだと。

違うだろう。いや、筋違いだと思う。

やはり県政の改革を訴え、それを実行しようとする斎藤知事を追いやりたかった既得利権者の抵抗こそがパワハラ被害報道ではなかったのか。行政の改革は、得てして役所の利権構造を危うくさせる。だからこそ維新の会に斎藤氏は所属していたのだろう。

しかし、維新の会は大阪市と大阪府の統合に失敗した。役所の利権構造を守りたい勢力に敗れたのが敗因だと私は考えている。だからこそ、維新の会は失速し、改革を大きく主張することを諦めたのだと思う。

一方、斎藤知事はあくまで強引に改革を推し進めた。それはパワハラと云われても仕方ないほどの強硬さであったのだと思う。いや、円滑な話し合いなど無理だと割り切り、見切っていたのだと思う。

率直に言って斎藤知事の遣り口は稚拙であったと思うが、彼にはそれしか選択肢がなかったのだろう。腹をくくった知事の立場は強い。県職員のリストラを恐れる教職員組合経由ではないかと思うが、左巻きのマスコミが動いた。それが一連の斎藤知事へのマスコミのバッシングであったのだと私は邪推している。

インターネットがない時代ならばマスコミの主張こそが、世の中の声として認められただろう。しかし、ネットの存在はマスコミだけが情報源ではなくしてしまった。新聞やTV、ラジオだけでなくSNSなどを通じて有権者は情報を得ることが出来る。

現時点で斎藤知事のパワハラ疑惑の真実は不透明だ。あくまで私の印象だが、この方パワハラ気味の言動は実際にあると思う。しかし、県政改革で実績があるからこそ有権者は支持したはずだ。この人が潔白を証明するのは難しいと思う。しかし、政治で実績を上げれば帳消しになる可能性が高い。どうなるか見ものである。

最後に一言云いたい。マスコミが県職員及び関係者の側に立って報道することを私は否定しない。そもそも公平で普遍中立な報道など無理だと思うからだ。だからこそ、公正を装ったような報道は止めろと云いたい。立場を鮮明にした上で報道するべきだ。それでこそ、民主主義を掲げる国におけるマスコミの正当な態度だと私は考えています

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