二期も防衛大臣を務めた割に石破首相に対する自衛官の評判は悪い。
この方、とにかく現場を嫌がる。ソマリアでのPKO活動から帰国した自衛隊隊員を出迎えるイベントは行かず、大臣室でお気に入りの番記者相手に、プラモの兵器を手にして得々とご高説を賜っていた御仁であるらしい。
いわゆる兵器マニアの気は私もあるが、物事の軽重の鼎ぐらいは分かるつもりだ。多分だけど、この方、PKO活動なんて報告書を読めばいいと思っていたのではないかな。
馬鹿だね。下士官が上官に文章に提出する書面なんて決して本音は書かれない。上司の不興を買うような書面なんて書く訳がない。それが役人というものだ。それが分かっている政治家は案外と少ない。
金権政治家としてマスコミから毛嫌いされた田中角栄は、現場のたたき上げなので、上司の覚えの良い文章が横行している現実を知っていた。農水省のエリート官僚が作文した被災報告書を一読してから書いた当人のもとへ足を運び「お前、現場を見に行ったのか?」と答えの分かっている質問を投げかけて困惑させた。
そのあと、日程をやり繰りして角栄は被災現場を直に視察した。高級スーツが汚れるのを厭わず、ゴム長靴を履いて農民を脇に置いて、被災した農地をずかずかと歩き、現状を嘆く農民の声に耳を傾けた。
東京に戻った角栄は、役人たちに発破をかけ新たな予算をたてさせて現場の実情に即した救援策を実施させた。傍に帯同を命じられたエリート官僚は、その的確さと実行力の凄さに呆れ、角栄の手足となって働いた。好き嫌いを超えて従わざるを得ないとエリート官僚は自覚した。
コンピューター付きブルトーザーの異名は伊達ではなかった。ただし、その救護策を息のかかった企業にやらせて、後で献金させたのもまた事実である。田中角栄は、まさしく贈賄政治家であるが、有権者は誰が自分たちの生活を真摯に考えてくれたかを分かっていた。だからこそ収賄で逮捕され収監された角栄を支持した。
確証はないが、石破首相は政治資金に関する限り清廉潔白だと思う。何故なら彼に賄賂を渡しても無駄だからだ。快適な永田町から動かず、役人の作成した良く出来た報告書を精緻に目を通しているだろう。そして役人作成の予算案を了解することが仕事だと思っている。
現場に行かないから、当然知らないだろう。熊本や能登の被災地へ自衛隊員を運ぶ輸送車に空調がないことを。あの猛暑のなかで、何時間もクーラーなしの輸送車に乗って救援業務に向かう自衛隊員の苦労なんて知らなくて当然だ。
別に石破首相だけじゃない。霞が関のエリート官僚はどれも似たり寄ったり。だから知るまい。記者クラブでの快適な横流し仕事に慣れきって現場を取材しない記者たちも同様だ。近年大幅に強化された自衛隊の兵装を誇らしげに語るが、おそらく知るまい。
最新鋭の国産戦車である10式戦車には当初空調がないことを。だから猛暑の中鋼鉄の戦車のなかで作業する自衛隊員の苦しみなんて理解できないでしょう。最新鋭のステルス戦闘機であるF35を誇らしげに語りますが、それを整備する自衛隊員の使う営舎のトイレットペーパーなどの生活雑貨が隊員たちの小遣いで賄われていることを。
今回は自衛隊を語りましたが、他でも似たり寄ったりの話はいくらでもあります。現場から遠いものほど賢し気に国政を語り、勇ましく愛国心を称揚す。戦争でも一番安全な場所にいるものほど、誰よりも勇敢な科白を口にする。
歴史上、外からの攻撃で潰れる国よりも、内部崩壊して潰れる国のほうが多い。そして更に多いのが内部崩壊を知らないふりをしていたら、外からの攻撃であっさりと崩壊する国が最も多い。日本が近いうちにそうならない保証など、どこにもないと思いますよ。