第一次世界大戦は旧ユーゴスラヴィアで起こった一発の銃撃が引き金だった。第二次世界大戦はポーランドへのドイツの進軍がきっかけだった。
両者の共通点は、いずれもユーラシア大陸の外周部分で発生した政治的軋轢が原因であることだ。
おそらく日本の学校教育で歴史を学んだ方には理解しづらいと思う。大雑把に説明すると、人類の歴史はユーラシア大陸が中心であり、その周辺部に政治的圧力がかかると大規模な紛争になりやすいことは歴史が証明している。
妙に思う日本人が多いはずなのは、日本の学校教育で教わる世界史がユーラシア大陸西部の周辺地域である西欧の歴史と、ユーラシア大陸東部の周辺地域であるシナの歴史を合わせたものであるからだ。
改めて確認するが、氷河期の最中に現生人類は登場し、旧人類たるネアンデルタール人らを駆逐して地上の覇権を握った。この時の人類は間違いなく遊牧を中心として各地域、各民族ごとにユーラシア大陸全域に活動していたと考えらえる。
しかし、氷河期が緩み暖かくなると、河が海に流れ込むユーラシア大陸周辺部に定着して農業を営むことを始めた。もちろん長年の慣習である遊牧生活を捨てた訳ではない。まだ農業が十分の生産量を上げることが難しかったからだ。
皮肉なことに、人類の生息域の外れであるはずの北アフリカ及びオリエントと呼ばれる肥沃な三角地帯に於いて灌漑技術が発達し、農産物が蓄積され都市国家が生まれた。だいたい今から7千年くらい前のことだと思われる。
この頃から大河周辺において農業を中心に栄える国家と、相変わらずユーラシア大陸を東西に疾駆する遊牧民族との間で戦いが恒常化した。言うまでもないが、現在の私たちの文明は定着化した農業国家が母体である。歴史も当然にユーラシア大陸周辺部を中心に語られる。それはそれで意義のあることではある。
しかし、17世紀までは遊牧民族が人類の歴史に於いて大きな役割を果たしてきたことには変わりはない。ところが、従来の世界史の本では、遊牧民族の扱いが不当に低い。この問題が顕在化したのは19世紀も末のことであり、地政学の泰斗マッキンゼーは、ユーラシア大陸内部すなわち遊牧民族の生息域をハートランド、農耕民族の生息域であるユーラシア大陸の周辺部をリムランドと呼び問題を二分化してみせた。
我々日本も含めて西欧はリムランドで繁栄した国家群である。それゆえにハートランドを支配した遊牧民族を軽く見る傾向が強い。産業革命以前、人類を主導したのはこのハートランドで興亡を繰り返した遊牧民族である。違和感を感じるとしたら、それは認識を改めるべきだ。
例えば車輪を生み出したのは、おそらく騎馬を使う遊牧民族だし、それを活用して古代社会を席巻したのは歴史上の事実だ。また鉄器の精製もまたハートランドで産み出され、遊牧民族により広まった。その外にも小麦粉の利用法、馬具の発達、火薬の製法などもハートランドで起き、騎馬を用いて東西に拡散した。
なお、西欧をリムランドだと定義するのに違和感を覚える方は多いと思うが、バルト海の海岸からポーランド、ベラルーシ、ウクライナ、黒海までがハートランドでそこから西側がリムランドだと理解して欲しい。実際、地図をみれば西欧がユーラシア大陸の西端に突き出た半島部分だと看做せるはずだ。
現在のウクライナ戦争も、ハートランドとリムランドの境界線を巡る戦いだと理解できると思う。人類の歴史を大きく動かしてきたのは、実は遊牧民族であり、彼らこそがユーラシア大陸の東西をつなげ、人類の活動域を広げてきた主役であった。
表題の書は地政学者ではなく、正統な歴史学者である。以前から遊牧民族に注目し、地道な研究でその歴史を網羅して新しい世界史の構築に挑んでいる。日本の歴史教科書ではハートランドの歴史が十分に掲載されていないので、地政学を正しく理解できず、結果的に歴史も十分な理解に届かない。
広大なユーラシア大陸を東西に疾駆して人類の歴史を動かしてきた遊牧民族を理解する上でも必須の書だと思います。機会がありましたら是非ご一読を。