バカもいい加減にしてほしい。
私の知る限り、自衛権を議論している政府なんて、この日本だけだと思う。個人だろうと、集団であろうと、はたまた組織であろうと、自らを守ろうとするのは当然である。本能に限りなく近いものであり、生まれついての権利である。
集団的自衛権?
バカらしい。そんなこと、もう半世紀前から実行しているではないか。朝鮮戦争の時にアメリカ軍の兵站を担当したのを忘れたのか。兵站(武器、食料の補給)は立派な軍事行為である。
いい加減、武器で攻撃することだけが戦争だなんて欺瞞は止めて欲しい。太平洋戦争の時、アメリカ軍は勇猛な日本軍と直接やり合うよりも、その兵站を断つことにより、日本兵を餓死、病死においやって戦争を有利に進めた。
これは兵站を軽視し、十分な護衛をつけなかった日本軍の失態であり、そこに付け込んだアメリカの戦法は正当なものだ。兵站は戦争行為そのものだ。
戦争を謝ればいいと、安直な反省で誤魔化してきたからこそ、兵站の失敗で南方の戦地で死んでいった若い日本兵を思いやることを忘れていられる。この醜悪な愚かさあってこそ、今さら集団的自衛艦を議論するなんて間抜けなことをしている。
はっきり言います。自衛隊は憲法違反です。個別であろうと、集団であろうと軍事力を用いて守ること(自衛)は、立派な憲法違反です。憲法を素直に読めば、これ以外の解釈なんてありえない。
砂川判決だァ?自衛隊を違憲だと判断できぬ最高裁に、まともな判断が出来る訳がない。
護憲派だァ?本気で憲法を守りたいのなら、自衛隊を解体することを主張すべき。
いい加減、空理空論に過ぎぬ平和憲法なんて幻想にすがる愚かさを自覚すべきだぞ。
でも、それが分かっていて尚、日本国民の過半数は憲法改正に踏み込むことはしない。波風立てず、世間様を騒がすようなことを避け、現状維持の安寧さこそを良しとする日本的良識こそが、その最大の病原となっている。
憲法9条が空文であることは分かっている。護憲派の愚かしい偽善ぶりも分かっている。分かっていても、それでも安穏な生活が守られている現状を維持していたい。それが大半の日本人が思う平和なのだろう。
自衛権は当然であり、いざとなったら(誰かが)戦うのも当然だと思っている。でも、今、わざわざ波風立てる必然性がどこにある。今がいいなら、それでいい。
多分、日米安保が機能している限り、日本が自主的に憲法改正に踏み込むことはないでしょう。
あァ、でも腹立たしいぞ。
タイトルに問題あり。
これは「・・・がなくなる日」といったシリーズものの新書なので、致し方ないのは分かるが、少し無理がある。著者もその趣獅ノ沿って書いているのだが、微妙にずれている。
そもそも著者が自称するレストラン・ジャーナリストなる仕事にしても、従来の美食評論家とどれほど違うのか、少々疑問にも思える。多少はレストランの経営に踏み込んだ論評もしているが、その踏込がまるで足りない。
基本的にターゲットが一般の消費者だから、その程度でいいとの見込みなのか、それとも経営を判断できるだけの見識がないのか不明だが、レストランの経営に口出すには、かなり力量足らずだと思う。
かなり否定的に書いてしまったが、美味しいものを食べたいと思う一般消費者からの視点で読めば、十二分に楽しめる内容だと思う。私自身、著者と年齢が近いこともあり、そのレストラン来訪史には近しいものを感じて、楽しく読み切れた。
なかでも共感できたのは、厨房がみえるカウンター形式のレストランに対する見解だろう。私も料理人が調理する手際の見事さを楽しみながら食事するのは好きだ。あれも味覚の一部を構成していると思うほどだ。また料理人と気軽に会話できるのも楽しい。
実のところ子供の頃、レストランに行くのは、かなり心理的な障壁が高かった。子供ながら正装というか、だらしなくない恰好で行かねばならぬと思いがあり、気軽には行けなかった。
実際、私が子供の頃レストランに親に連れていかれる時は、普段着ではなかったと思う。幼い時のデパートの食堂はいざ知らず、渋谷や浅草のレストランに行く時は、お出かけ用の衣服を着せられたことは、未だに覚えている。
だらしない恰好が好きな無精者の私は、この一点をもってレストランが苦手との思い込みがあったぐらいだ。このせいで、大人になっても、レストランにはいささか苦手意識があったほどだ。特にホテルのレストランには、未だに苦手意識が残っている。
ただ、さすがに大人になると、この堅苦しさをビジネスライクに乗り切り、形式ばった格式をそれなりに楽しめるようになった。これはいささか偏食気味ではあるが、美味いもの好きの父と、美食が過ぎて糖尿病にまでなってしまった故・佐藤先生のおかげでもある。
実際、美味いが高いお店の大半は、この二人に連れて行ってもらってのものである。やはり場数を踏んで、経験値を重ねると余裕が出てくる。おかげで、体重が増える、増える。困ったものである。
でも、私はやっぱり料理人が作るのが見える形式のお店が好きだ。あのプロの手際としか言いようがない見事な手さばきを鑑賞しながら、料理が出されるのを待つ時間も楽しい。もちろん、その料理が目の前に出され、口に運び下で味わい、胃袋が満足を伝える瞬間は悦楽の境地である。
食は人生の楽しみだと、つくづく思いますね。
そんな心算はなかった。
小学生の頃、一時期ボーイスカウトの年少組であるカブスカウトに入っていた。私はここで初めてボランティア的なことをする楽しみを知った。その日は地域のゴミ清掃をすることになっていた。
都会とはいえ、まだまだ開発に取り残された原っぱや、林はけっこうある地域であった。その草むら茫々の中に入り込んで、捨てられているゴミを集めてくるのが、その日の役割であった。
同じ班の仲間が大声を上げるので、なにかと思い行ってみると、そこには大きな犬の死骸が捨て置いてあった。ハエや蛆が気持ち悪い以上に、悪臭が凄かった。少し前に飼っていた犬との別れを経験していた私には、とても他人事には思えず、大人の人たちと相談して、穴を掘って埋めてあげた。
イイことをしたというよりも、哀しい思いの方が強く、その後も時折訪れては花を添えたりしていた。その後、しばらくして引っ越すことになり、私は退団してしまった。引越先にもボーイスカウトはあったが、当時いろいろと荒れていた私は、入り直す気はなく、元のカブスカウトの仲間とも疎遠になっていった。
だが、林のなかに埋めた犬のことだけは忘れずに覚えていた。自転車を漕ぎ漕ぎ一時間、わざわざやってきて花を添えての墓参りは時々やっていた。多分、別れた愛犬ルルのことが忘れがたく、最期まで面倒を看れなかったことを悔いていたからだと思う。
数年たって中学に進学した頃だと思う。当時、都内の古本屋を巡って安い文庫本を買い漁っていたので、そのついでに件の林のなかに寄ってみた。すると、私が積んでおいた石は崩され、ゴミが飛散していた。
残念に思いゴミを片付けると同時に、ちょっと思いついて雑草を人型になるように抜いて、その脇にわざとらしく石を積み上げ、ついでに花を添えて置いた。これなら荒らされることはないだろう。
その後、すっかり忘れてしまい、高校を卒業して再び引っ越すことになり、偶然だがその林の隣町に移った。宅地開発が進み、ずいぶんと風景が変わっており、件の林もだいぶ小さくなったようだ。
犬を埋めたことを思い出して、林の中に入り込んでみて仰天した。なんと小さいが赤い社が置かれており、木のベンチまで据え置かれてあった。そのベンチにお年寄りが休んでいたので、思い切って訪ねてみた。ここは、何を祭っているのですか?と。
するとお年寄りは、昔ここで行き倒れた人がおったらしく、夜な夜な人魂が舞うので鎮魂のために地主さんが社を設けたと言う。
話しを聞きながら、顔が引きつる思いであった。昔っていつよ、行き倒れって何の話だよ。思い当たる節がありすぎて冷や汗まで出てきた。とりあえず、社にお参りというか、一礼して逃げるように立ち去った。
人魂は知らんが、人型になるよう雑草を抜いておいたのは他でもない私の仕業だ。まさか、あんなことになっていたなんて知らなかった。今さら真相をばらすのも気が引けて、以来そのままになっている。
まァ、考えようによっては、捨て置かれた犬の鎮魂にはいいのかもしれないが、騙したようでなんか後ろめたい。でも、今さらの話なので黙ったままだ。幸い、その林は十年くらい前に更地にされて今は高層マンションが建っている。
でも、入り口の脇に小さな赤い社があるんだよね。まさかと思うけど、さすがに確認する気にもなれない。ちょっとした悪戯心が、あんなことになるなんて思わなかったぞ。
あまりに頑なであることは、時として不幸に思えてならない。
もちろん、何に対して頑なであるかによる。頑固一徹であることは、ある意味信頼であり、誇りであり、品位と敬意を伴うことは珍しくない。
だが、頑なさは、融通の利かなさであり、柔軟性の欠如であり、相手を慮る優しさの欠落でもある。
もっといえば、頑なさとは、心が固いことではないか。固くなりすぎていて、相手を撥ね付けるばかりで、受け入れる度量に欠けていたのではないか。
人生も半世紀を過ぎると、改めて自身の半生について顧みるようになる。いや、顧みざるを得なくなる。
間違いなく、私は頑なな人間だ。それは必ずしも欠点ではなく、むしろこの頑なさに支えられて今日までの自分を作ってきた。苦しい時、逃げ出したい時、なにもかも放り出したいような時でさえ、自らの信念にしがみ付き、頑固一徹に生き方を変えずに貫いてきた。
それが全面的に間違っているとは思わない。ただ、別の生き方、在り様もあったようにも思う。
何故あの時後を追わなかったのか。何故あの時意地を張らずに謝らなかったのか。そして何故あの時黙って立ち去ったのか。
思い返すと後悔ばかりが胸を疼かせる。日頃痛むことはないが、なにかの拍子に思い出すと、じんわりと悔恨が呻きだす。
表題の作品は、イギリスの高名な紳士の下で長年執事として仕えた老人が、旅に出て自らの人生を顧みる物語です。淡い期待を抱きつつ、それが苦く重い悔恨へと変わっていく様を、沈みゆく夕日と暮れなずむ街灯に照らされながら味わう。
あたかも、地下室の奥に大切にしまっておいた珠玉の銘酒を飲み、その味が期待ほどではなく失望しつつも、その酔いを深く味わうかのような読後感は、決して不快なものではありませんでした。
イギリスが斜陽の帝国と評されて久しく、その英国にあって消えつつある職業の典型である執事の生き方を、沈みつつある夕日に照らすように著した物語は、一読の価値があると思います。機会がありましたら是非どうぞ。
多分、呼ばれないだろう。
それは分かっているが、それでも願ってしまう。なにがといえば、来月に発表されるサッカー日本代表メンバーのことである。
現在の日本代表は、ヨーロッパのチームに所属する選手が大半を占める。例外はガンバの遠藤と今野だけだ。この海外組を中心に据えたチームで、過酷なアジア予選を勝ち抜いてきた。
しかし、監督のザッケローニはチームに活力を呼び戻すため、日本のJリーグで活躍する選手を登用しはじめた。GKの西川、ボランチの山口、FWでは大迫と柿谷あたりが現在有力視されている。
いずれも20代前半の若い選手であり、伸び盛りでもあり、私も期待している選手たちである。しかもここにきて、海外組のうちSBの内田、ボランチの長谷部は怪我でチームを離脱。DFの吉田も負傷からの復帰明けで万全の体調とは言い難い。
そうなると、香川や本田までもがャWションを絶対に保証されているわけではないと、目の色を変えてきている。事実、昨年の東欧遠征で不調だったのを受けて、オランダ戦、ベルギー戦では香川に代えて大迫、柿谷が活躍し、遠藤や今野のャWションに山口や細貝が台頭してきている。
かつて中田英や中村俊輔の不調で、チーム力が大幅に減退していたことを思えば、頼もしい限りである。しかし、試合後半に途中出場した遠藤や香川が活躍して、オランダに引き分け、ベルギーに勝ったことを思えば、まだまだ彼らの実力は欠かせない。
そうなると、来月発表されるメンバーは、昨年のレギュラー陣に加えて二三人の若手が加わってものになろうと予測できる。あまりサプライズはないと思う。多分、そのメンバーで十分戦えると、ザッケローニが考えているだろう。
でも、私はベテランの復帰を期待している。具体的には、川崎フロンターレの中村憲剛と大久保、名古屋グランパスのトゥーリオ、そして横浜マリノスの中村俊輔と中沢である。
ワールドカップはサッカー選手誰もが憧れる最高の舞台である。そのピッチに立つ選手たちは、肉体面のみならず精神面でも多大な負担を受ける。遠藤はベテランだが、チームを鼓舞するタイプではない。だからこそ、それが出来るベテランが必要になると思う。
俊輔も憲剛も、ワールドカップではその実力を発揮出来たとは言いかねる。胸に期すものは当然にあると思う。私はそれに期待してしまうのだ。予選リーグは実力伯仲といいつつ、日本が一番弱いチームであることに変わりはない。
どのチームも日本戦には確実に勝ち点3を獲るつもりでいる。日本にとっては守られるよりも、攻められるほうがチャンスは多い。その意味で、どうしても守備を確実にする必要がある。
ところがザッケローニ・ジャパンは、相変わらず守備が不安定だ。こんな時こそ必要なのは、経験豊富なベテランだ。遠藤や川島だけではチームが不調の時、和が乱れるのを抑えきれない。特に同じJリーガーの多くの若手FWから、あの人のパスを受けたいと切望される中村憲剛だけでも代表に復帰させてほしい。
3週間後には発表される代表メンバーだが、私としてはベテランの復帰を願って止まない。ただ、ザッケローニは若手が好きなんだよね・・・だから多分、呼ばないだろうと予測できるのだけどさ。
まァ、発表まで後3週間あまり。サプライズ、期待しています。