ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

松田選手の死亡に思うこと

2011-08-31 12:08:00 | スポーツ
早すぎる死であることは間違いないし、人気のある選手であったことも確かだ。

ただ、その実績を思うといささか疑問に思うところが出てくるのが、今月急逝したサッカー元日本代表であり、横浜Fマリノスの名物選手であり、その後JFLのチームに移籍した松田直樹選手だ。

180を越す長身であり、気の強さ、身体の強健さは世界レベルのDFだと言われていた。柱谷、井原が引退した後、日本代表を支えるのは松田だと言われたこともある。

トルシェ率いる日本代表選手として日韓ワールドカップでは、フラット3といわれたDFラインの一翼を担う選手の一人として活躍。

その後、ジーコ監督の逆鱗に触れて以来、代表からは遠ざかったが、横浜Fマリノスの中心選手としてJリーグで活躍してきた名選手であった。まだまだ活躍できると思ったが、よもやの死であり、多くのサッカーファンを驚かせ、嘆かせた。

規律を重んじるジーコの主張は分るが、もしドイツ大会の時に、松田が代表にいたのなら、あれほど惨めな敗退はなかったと思う。怪我で帰国の田中誠、不調の中沢、信頼喪失の宮本とDF陣崩壊こそが、ドイツ大会の敗退原因だったと思うので、あの時ほど松田の存在が重要に思えたときはなかった。

それだけに早すぎる死を嘆く気持ちは、私にも相当強い。

ただ、ここはもう少し冷静に考えてみたい。松田が日本サッカー界期待の大型DFであったのは事実だ。だが、その実力には、いささか疑問符が付くと、私は考える。

たしかに松田は、日本人としては大柄で身体能力も高いが、世界レベルで、とりわけヨーロッパの大型DFと比べれば見劣りする。また海外の大型FW選手に力負け、スピード負けしていたのも事実だ。

これは松田に限らない。日本人よりも大型の選手に対抗するのに、日本人の体格サイズは物足りない。だからこそ、外国人監督は、日本人DFに長身や体格を求めない。

オシムが言うように俊敏さや、クレバーなプレー、規律と統率力など日本人の資質を活かしたディフェンスをすることで、海外の大型選手に対抗させるのが、最も有効な手法なのだろう。

しかし、私は少々疑問に思っていた。やはり長身DFは必要ではないか。身体の強さ、体格の大きさもDFには必要ではないかと思っていた。

しかし、先月の女子ワールドカップにおいて、小柄な日本人DFたちがヨーロッパの大型FWを押さえ切ってみせたのには驚愕した。どうみてもふた周りは大型のスウェーデン、ドイツ、アメリカの選手たちを、なでしこジャパンの選手たちは凌いでみせた。

やはり、日本人には日本人にあった戦術をとるべきなのだと、よく分った。小柄なDFでも、十分海外の大型選手に通用する。それを実証してみせたわけだ。

そう考えると、松田直樹のような大型DFにこだわることは、あまり賢明とはいえないのだろう。松田を重用したトルシェ監督でさえ、常時出場させたのは松田よりも小柄な中田浩二であり、フラット3の残り二つを森岡と宮本、松田に争わせて出場させていた。

ジーコも松田よりも小柄な宮本や田中誠を重視した。自分の才幹に自信をもっていた松田が不満を抱いての造反であった。そして、その造反をジーコは決して許さなかった。それゆえ、松田選手が日本代表としてピッチに立つことはなくなった。

日本人の俊敏さを活かすことを重視したオシムは、当然松田を呼ぶことはなかった。また、いささか不思議だが、マリノスを率いたこともある岡田監督も、もはや松田を呼ぶことをしなかった。

私は長身のDFは必要だと、今でも思っているが、長身大柄であることにこだわりすぎる必要はないと考えるようになった。

ただ、そうは思っても松田選手は見る価値のある選手でしたよ。なにしろ熱い、額にバンダナを巻きつけた松田が、前線に向かって走ると、観客はついつい期待して注目せざるえませんでした。それほど得点力のある選手ではなかったのですが、人目を引きつける熱いプレーは、まさにプロ。

その意味で、早すぎる死を惜しむ気持ちは強いですね。
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臓器売買事件に思うこと

2011-08-30 12:35:00 | 社会・政治・一般
今後もなくならないと断言できる。

先月あたりから、新聞などで報じられているように、臓器売買に暴力団が絡んでいた事件のことだ。新聞を流し読みなので、事件そのものはよく知らない。

どうも、先年の病気腎の移植で騒がれた万波医師の所属する病院グループがターゲットのように思える。憶測だけど、多分密告者がいて、さらに警察に狙われていたのだろと思う。

マスコミ様が言わないので、私が言ってしまうけど、この手の事件は今後もなくなりません。

なぜなら、需要があり、供給がそれに追いつかない以上、大金をはたいても、それが違法であろうと、臓器移植を望む人たちが途切れることはないからです。

さらに言ってしまうと、臓器移植、とりわけ腎臓移植が広まらないことを願う人たちがいるはずです。絶対に口をつむんでいるでしょうけど、金を産む鵞鳥を手放したくないと心底思っているはずだ。

血液を浄化する機能(透析)を持つ腎臓なくして、人は生きられない。だが、腎臓の機能低下は薬品によっては治せない。腎臓に負担をかける塩分とたんぱく質を控えめにする食事療法だけが、効果的だと分っているが、外食が多い人たちには難しい。

機能の低下した腎臓では、人間は生きられない。これだけ医療の発達した今日でさえ、腎機能を回復させる薬は見つかっていない。対応策は二つある。

日本で多く行われているのが、人工腎臓、つまり透析機を利用して、週に2~3回通院しての透析を受ける方法だ。駅前の診療所などが、仕事帰りの患者を受け入れている。広告看板などを丁寧にみれば、簡単に見つかると思います。

はっきり言えば、医師にとってドル箱的な存在であることは、間違いのない事実です。なにせ、今後も患者は増える一方ですからね。

もう一つは他人の腎臓を移植する方法だ。ただし、血液型を中心に適合の良し悪しがあり、必ずしも成功するわけではない。また、他人の腎臓を移植すると、免疫の拒絶反応が出る。そこで免疫抑制剤の服用は必要不可欠となる。

生涯薬から縁を切れない身体となるが、人工腎臓よりもこちらを望む患者が多い。ただ、腎臓提供者が少ないため、近親者からの移植以外では、なかなかに適応する移植腎臓は見つからない。

以前は海外へ渡航して、腎臓移植を受ける方が少なくなかったが、国際社会からの批判が多い。金持ち先進国の腎臓病患者が、金をはたいて貧困国の健常者の腎臓を移植するのだから、批難されるのも当然だと思う。

そんな訳で現在は事実上禁止されているに近い。もちろん抜け道はあるらしいが、まず一般の方には分らない。そこで、裏社会の人間が暗躍する余地が出てくる。

腎機能を回復させる方法がない以上、透析か移植しか生きる道はない。病院に拘束される時間が長い透析よりも、薬漬けであったとしても腎臓移植が良いと考える患者が多い。

だが、移植に活用される腎臓の数が圧涛Iに足りない。だからこそ、大金をもって有利に物事を進めたいと考える人は、後を絶たない。それゆえに、暴力団などの裏社会の人間が付け込んでくる。

現在、研究が急速に進められているips細胞を活用した内蔵クローンによる移植用臓器の実用化は、まだまだ遠い先のことだろう。だとすれば、やはり腎臓移植を裏金払ってもやりたいと切望する腎臓病患者は、これからも必ず出る。

臓器売買を批難することが無意味だとは言わないが、批難するだけでは解決しない。やはり移植のためのドナーを増やす努力が、今まで以上に必要になると思います。

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火車 宮部みゆき

2011-08-29 12:03:00 | 

幸せになりたかっただけなのに、気がつかぬうちに、破滅に至る。

これがクレジットの怖さだ。私は大学を卒業した後、信販会社に就職した。一番長くやったのが、分割払いを希望する顧客の信用調査だった。この与信業務は板ばさみのポジションにある。

信販会社としては、なるべく多くの顧客に自社の分割払いを使って欲しい。競合他社よりも、なるべく多く与信を与えて、信販の代理店たる各小売店に売り込みたい。営業部からは、はやく与信OKを出せと、やいのやいのと騒がれる。

その一方、分割払いの遅延は困る。遅延客から回収するのは手間も時間もかかる。これは回収部の仕事であり、担保をとらねば個人には貸さない銀行と異なるだけに、遅延金の回収はとても面倒。だから安易に与信OKを出すと、後日回収部から呼び出されて、コテンパンにどやされる。

このサンドイッチ状態で、いかにバランスをとれた与信をするかが、与信業務の肝となる。

その業務は電話とコンピューターが中心だ。分割払いを希望する顧客の情報を入力して、信用度を調べる。知人を装って自宅や会社に電話をかけることもある。名前や生年月日、住所などを少し変えて入力して、偽名などの可能性を疑うことも多々ある。

なぜなら、多重債務者は、しばしば嘘をつくからだ。一度でも遅延すれば、その情報は会社のコンピューターに記録される。それが度重なり、遅延債権となれば信販会社系の情報ネットに登録される。

多重債務者は、それを知っているので、名前を一部変えたり、親族の名を使ったり、あれこれ誤魔化さそうとする。それを見抜くのが仕事だ。慣れてくれば、割と見つけやすい。なぜか、みんな似たような手口なので、悪質な多重債務者は、わりと簡単に見つけられる。

困るのは、悪意なき多重債務者であり、無知な過剰債務者だ。

例えば、毎月の手取り20万だったら、ローンの返済に充てられるのは、その四分の一、つまり5万が限度だとおもっていい。三分の一を超えるようだと危険であり、借金を借金して返す羽目に陥る直前の状態だ。

まして、手取り収入の半分以上をローンの返済に充てるような人は、まず多重債務者であり、破産予備軍でもある。要するに、自分の収入以上を消費に充てているのだから、返せるわけが無い。

ところが、意外にこの過剰債務者は多い。ただし、しっかりと毎月返済している人も少なくない。これは実家住まいの方が大半だ。つまり家賃や水道光熱費がかかっていないので、なんとか返済できている。

だが、大概の過剰債務者はギリギリの生活を送っている人がほとんどだ。耐え切れなくなると、親や友人から借りて凌いでいる。だが、いずれは破綻する。収入以上の支出をしているのだから当然だ。

与信の仕事をしていると、これ以上のローンは返済が無理だと自然と分ってくる。まァ、大概は親を保証人につけたりして与信をしてしまう。

内心、これは無理だと思うケースも、けっこうあった。だからついつい、電話での聞き取りの際に、余計なお節介をしたことが何度もある。もう、これ以上のローンを組むのは止めなさいと、親切から忠告しているのだが、それが素直に聞き入れられることはまずない。

自分がローン破綻の境界線上にいることを自覚できていないので、むしろ余計なお節介だと逆ギレされるほうが多い。後で営業から叱られるの上に、数ヵ月後には回収部からも呼び出される。やはり私の予想通り、返せなくなったようだ。

私の忠告が受け入れられなかったのは、消費者にクレジットの知識が欠けているからだ。自分では分っているつもりなのだろうが、そのくせ自分の抱えているクレジットの総額さえ分っていない。

サラリーマン金融(サラ金)や、過大なローンを抱えた個人が破産にいたり、自殺や一家心中が社会問題化したのは、昭和50年代末のことだ。60年代には、金融監督庁など監督官庁が強力に規制をかけるようになったので、表向き問題は沈静化したようにみえる。

しかし、表題の作品で宮部みゆきが取り上げたように、むしろ問題は静かに、深く潜行しているのが実情だと思う。私は義務教育で、金融について学校で教えるべきだと思う。子供のうちからクレジットの有益性と危険性を教えておかねばならない。

クレジット破産は、知っていれば避けられるはずの問題でだ。しかし、どこでどう干渉があるのか知らないが、現在学校で行われている金融教育は、いくつか教えていないことがある。

ご存知だろうか、過去にクレジットの支払遅延が数回あっただけで、銀行は融資を拒否することを。サラ金からちょこっと金を借りて、無事に返済しても、銀行は融資に及び腰となる事実を。

灰色金利に規制がかかったのは、ほんの2~3年前のことに過ぎない。多重債務者は、トランプのババ抜きのように扱われている現実は、なんも変わっていない。そして、一度でもクレジット破産を経験してしまえば、銀行はまともに相手してくれなくなる。

高度な金融社会と化した現代の日本にあって、消費者金融やクレジットカードは、今や欠かせぬ金融商品となっている。にもかかわらず、利便性だけが宣伝され、危険性に対する教育が十分にされていないことは、大きな問題だと思う。

宮部みゆきが丹念に下調べをした上で書かれた表題の作品は、そんなクレジット破産の裏面を見事にえぐりだす。私としては、銀行がスポンサーとなって執筆された金融に関するテキストを読むより、この作品を読んだほうが、よっぽど役に立つと思うな。

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ダイエット

2011-08-26 12:31:00 | 健康・病気・薬・食事

ダイエットが嫌いだ。

酒をほとんど嗜まない私にとって、食事は人生の楽しみであり、ストレス解消の手段であり、生きがいに近いものを感じている。だから、食事量を減らすダイエットは、私の人生観からして認めがたい。

だから本格的なダイエットはしたことがない。

しかし、そうも言ってられなくなってきた。原因は体重の増加だ。肝臓の機能に影響を与えるくらいに太ってきた。必然的に血圧も上がる。これが一番怖い。

さりとて、食事制限はしたくない。やはり運動がいいと思うが、9年ほど前に失敗している。

当時、一番副作用のきつい薬をやめてから3年ほどたち、体調が好調であったので、週2~3回ほど、軽く走ったりしてみた。三ヶ月たっても病気は再発せず、少しずつ負荷も増やして、体重も少しずつ減量していった。なにより、走るのが楽しかった。

そんな四ヶ月目に、難病が再び息を吹き返した。幸い、主治医の冷静な判断と、必死に安静を守った結果、それ以上悪化せずに今日に至る。以来、激しい運動は一切していない。

だが血圧上昇の恐怖から逃れるためには、なんらかの対策が必要であることは間違いない。既に血圧を抑える薬は飲んでおり、生涯のみ続けねばならない。

いろいろ考えた末、当面秋口までは週に一回。走る時間は15分程度に抑えて、後は身体をほぐす運動のみで30分以内でやってみることにした。

あくまで現在の体調次第であり、調子がいいときは2回走ったりしている。しかし、体調が芳しくないときは無理に走ることはしない。だから月に4回程度に収まっている。

この程度の運動では容易に痩せられないが、経験的に3ヶ月から半年程度で少しずつ痩せてくるだろうと予測している。そのほうが過剰な疲労を避けられ、無理のないダイエットになるとも期待している。

ただ、やってみて一番ショックだったのは、走るフォームが大きく崩れていることだった。

膝を上げて足を踵から着地させて、やんわりと足先までに着地する勢いで、再び足を持ち上げる。それだけのことだが、それがスムーズに出来ないことにショックを受けた。

身体は走るフォームを覚えている。しかし、身体がその動きを実現できていない。筋力の衰えが一番の原因だと思うが、これには大いに困惑した。

走り出して一ヶ月、ようやくまともなフォームで走れるようになってきた。走るのは、もっぱら仕事から早目に帰宅した夜に限っている。なんとか週一を確保しているが、体重はまるで変わらない。

もっとも、それは予定通り。最初の半年で1キロ、一年後には2キロ痩せていればいい。そのくらい、ゆっくりとした減量ならば体力もさほど低下せずに済むはずだ。

はて、一年後はどうなっているのだろう。ちょっと楽しみだな。

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15%節電

2011-08-25 17:08:00 | 日記
今月に限っては、水曜日はお休み。

それが私の事務所が打ち出した15%節電を達成するための方策でした。お気づきの方もいるかもしれませんが、今月は土日以外に、水曜日もブログの更新はお休みしています。

当初、如何に15%の節電を達成するか、いろいろと思案したのですが、なかなか見つからず。結局、事務所で一番電力を消費するのは、サーバータイプのコンピューターであり、次がレーザープリンターでした。三番目はクーラーなのですが、部屋の気温を上げるのは、窓からの輻射熱を別にすれば、コンピューターとプリンター。

サーバーを立ち上げねば仕事にならない。サーバーを使わなければプリンターも使わない。さて、どうする?

考えた末の結論は、休日を増やす。でした。幸い8月はそれほど仕事量が多くない。決算も、一件の大口を別にすれば、小口の法人決算が数件あるだけ。

事務所内でスタッフと相談した結果、8月限定で水曜日を節電のための休日とすることになったのです。従いまして、ブログの更新も8月は、従来の土日休日に加えて水曜日もお休みです。

ご了承の程、よろしく御願いします。

で、やってみた結果、平日の勤務時間を増やさなければならなくなってしましました。やはり簡単にはいきません。まあ、ダラダラ仕事するより、明確な意識を持って仕事をするほうが良いと思うので、このまま8月は週休三日でやってみます。

もちろん、9月からはいつもどおりです。でなきゃ、仕事こなせませんからね。
コメント (2)
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