赤提灯という食堂があった。お年寄り二人が切り盛りしていた。学生達がよくここを訪れて来ていた。お年寄りはわたしたち学生をことのほか可愛がってくれた。その2軒隣に、風呂屋があった。3時になると開いた。番台にはおばあちゃんが座っていた。学生達は赤提灯で夕食を済ませ、ここの風呂屋に流れた。やはりわれわれ学生を可愛がってくれた。下宿に戻って夜更かしをした。12時を過ぎると腹が減った。室見川の川土手に屋台が立っていた。銭守というおばさんが、われわれ貧しい学生たちの面倒を見てくれた。わたしはまだ20才を過ぎたばかりだというのに、ここへ行っておでんを食べて、あろうことか日本酒の熱燗を飲んだ。もちろん1合きりだ。ある晩そこへ若い娘さんがやって来た。何があったのか知らないが熱燗を重ねた。そして隣で飲んでいるわたしの後ろへ回ってやさしく抱いてくれた。わたしは童貞だった。対応ができなかった。ふたりきりでもう一軒行こうとしきりに娘さんが誘った。童貞のわたしはどんな勇気も持ち合わせていなかった。娘さんはわたしの腕を離さない。わたしはこれを拒否する。そうこうしているうちに酔った娘さんがそこへ倒れ込んでしまった。わたしはここを辞去した。娘さんが追って来て夜の闇の川土手に倒れる音がした。わたしは振り向かないで立ち去った。
何十年も昔の話である。どんな娘さんであったのかももう覚えてはいないが、すまないことをしたと今でも思っている。
何十年も昔の話である。どんな娘さんであったのかももう覚えてはいないが、すまないことをしたと今でも思っている。