それからが長いんですぞ、それからが。
*
それからというのは、死んだ後のそれからの期間のことである。
*
生きている期間が1としたら、それからが10。つまり1:10だ。
*
生きている間の10倍の暇があると計算すれば、死後の長々しい間の、生活(必ずしも死んで過ごすだけではない)の手段をいろいろと考えておかけねばならないだろう。
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なあに慣性の法則に則っていくだけですから、ご心配はいりません。生きている間のあれこれ因果因縁の法則が、同じ温度を保って、引き続いて続いていくだけです。
*
わたしが造った悪業善業が繰り返し繰り返し繰り返されていく。古代のインド人はそういう輪廻(りんね)から解脱(げだつ)をしたいと考えていた。
*
人を助けた善業によって助けられて行く。人を救った善業によって救われていく。人に優しく対応した善業によって優しく対応されていく。人を守った善業によって守られていく。そればかりではない。その逆もある。
*
・・・とすればこれはタイヘンである。同じ結果が果てしもなく続く、とすればそれはタイヘンである。
逃れる方法はあるか。(つまり解脱の方法はあるかということ)
*
ある。
結果を変えたければその原因になるものを変えればいいのである。或いは受け止めた結果を甘受して、それを恨まず悔やまず、そこからよい原因と指し変えればいいのである。
*
苦しみと悲しみを引き受ける、これがそうである。
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どうしておれがこんなに苦しまねばならないんだ?
どうしておれがこんな悲しい目に遭わねばならないんだ?
そう思うことがたくさん降りかかってくるが、因果説に依れば、それはすべてその原因をわたしが造ったことになる。
*
これを逆手に取れば、新しい原因を造れば新しい結果をもらうということになる。これで明日(死後の明日)が楽しみになるのである。
*
解脱は小乗仏教の自利の功徳であるが、その解脱はいま引き受けている結果の改造工程にあったのである。これが見付かったのだ。とすれば、高僧だけではなく凡夫にだってこれが可能になるのである。
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現在の悪業を引き受ければいいのである。人を責めずおのれを悔やまず、自らがこれを受け取っていけばいいのである。そうすればそれは帳消しになっていくのである。消えてしまうのである。
*
業からの解脱。解脱の知見。解脱の工程。
この発見はアメリカ大陸新大陸発見ほどの驚きだったことであろう。
*
死後の輪廻、これが永久不変ではなくなったのである。
これで死後の世界が希望に彩られるようになったのである。現在をどう生きるか。現在のわが業火をどうやって消せばいいか。
他者を恨まず責めず、脅さず軽んぜず。おのれを嘆かず悔やまず、羨まず蔑まず。それを新しい次の原因にして新しい次の結果を待つ。
これで仏教は明るい仏教になったのである。
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それからというのは、死んだ後のそれからの期間のことである。
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生きている期間が1としたら、それからが10。つまり1:10だ。
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生きている間の10倍の暇があると計算すれば、死後の長々しい間の、生活(必ずしも死んで過ごすだけではない)の手段をいろいろと考えておかけねばならないだろう。
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なあに慣性の法則に則っていくだけですから、ご心配はいりません。生きている間のあれこれ因果因縁の法則が、同じ温度を保って、引き続いて続いていくだけです。
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わたしが造った悪業善業が繰り返し繰り返し繰り返されていく。古代のインド人はそういう輪廻(りんね)から解脱(げだつ)をしたいと考えていた。
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人を助けた善業によって助けられて行く。人を救った善業によって救われていく。人に優しく対応した善業によって優しく対応されていく。人を守った善業によって守られていく。そればかりではない。その逆もある。
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・・・とすればこれはタイヘンである。同じ結果が果てしもなく続く、とすればそれはタイヘンである。
逃れる方法はあるか。(つまり解脱の方法はあるかということ)
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ある。
結果を変えたければその原因になるものを変えればいいのである。或いは受け止めた結果を甘受して、それを恨まず悔やまず、そこからよい原因と指し変えればいいのである。
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苦しみと悲しみを引き受ける、これがそうである。
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どうしておれがこんなに苦しまねばならないんだ?
どうしておれがこんな悲しい目に遭わねばならないんだ?
そう思うことがたくさん降りかかってくるが、因果説に依れば、それはすべてその原因をわたしが造ったことになる。
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これを逆手に取れば、新しい原因を造れば新しい結果をもらうということになる。これで明日(死後の明日)が楽しみになるのである。
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解脱は小乗仏教の自利の功徳であるが、その解脱はいま引き受けている結果の改造工程にあったのである。これが見付かったのだ。とすれば、高僧だけではなく凡夫にだってこれが可能になるのである。
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現在の悪業を引き受ければいいのである。人を責めずおのれを悔やまず、自らがこれを受け取っていけばいいのである。そうすればそれは帳消しになっていくのである。消えてしまうのである。
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業からの解脱。解脱の知見。解脱の工程。
この発見はアメリカ大陸新大陸発見ほどの驚きだったことであろう。
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死後の輪廻、これが永久不変ではなくなったのである。
これで死後の世界が希望に彩られるようになったのである。現在をどう生きるか。現在のわが業火をどうやって消せばいいか。
他者を恨まず責めず、脅さず軽んぜず。おのれを嘆かず悔やまず、羨まず蔑まず。それを新しい次の原因にして新しい次の結果を待つ。
これで仏教は明るい仏教になったのである。