草を抜き、有機石灰を撒き、牛糞を混ぜ、土作りをして、深く耕し、そこにフカネギの苗を植えつけました。根がついて成長して行くにつれて、土をより多く被せていくとそこが白葱になっていきます。夕方3時間ほどの農作業でした。なんにも考えずに黙々と黙々と作業をしました。これでこころの港が満潮になりました。
筑波嶺(つくばね)のさ百合(ゆる)の花の 寝床(ゆとこ)にも 愛(かな)しけ 妹(いも)そ 昼も愛(かな)しけ 防人の歌
*
愛(かな)しけ愛(かな)しけ。人というのはかなしいもんですなあ。愛(いと)しがる愛(いと)しがる。夜も昼も。気が狂ったように、そばに可愛い妹(いも)を引き寄せて愛(め)でていたくなる。触れていたくなる。筑波嶺の高嶺の花の可憐な百合のような恋人は、所詮は高嶺の花。わたしは軍の陣地にあって、あなたを忍ぶだけ。今夜の寝床(ゆとこ)も一人の寝床(ゆとこ)である。
*
防人(さきもり)でなくったってそうだよ。万葉の昔ではなく、2014年であっても、そうだよ。少しも変わらないよ。かなしけ、かなしけ。かなしいもんだよ。さみしいもんだよ。秋風がにわかに吹き初めて、ますます気が狂うように、ものぐるしい。妹(恋しい人)の百合の姿を忍んでいると、たちまち瞼の裏の涙が恋しさで沸騰してくる。
*
愛(かな)しけ愛(かな)しけ。人というのはかなしいもんですなあ。愛(いと)しがる愛(いと)しがる。夜も昼も。気が狂ったように、そばに可愛い妹(いも)を引き寄せて愛(め)でていたくなる。触れていたくなる。筑波嶺の高嶺の花の可憐な百合のような恋人は、所詮は高嶺の花。わたしは軍の陣地にあって、あなたを忍ぶだけ。今夜の寝床(ゆとこ)も一人の寝床(ゆとこ)である。
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防人(さきもり)でなくったってそうだよ。万葉の昔ではなく、2014年であっても、そうだよ。少しも変わらないよ。かなしけ、かなしけ。かなしいもんだよ。さみしいもんだよ。秋風がにわかに吹き初めて、ますます気が狂うように、ものぐるしい。妹(恋しい人)の百合の姿を忍んでいると、たちまち瞼の裏の涙が恋しさで沸騰してくる。
おはよ。ふふふ。おはよう。
そおっとそっと。コオロギを恐がらせないように、逃げて行ってしまわれないように。
部屋の畳にまで、何処から侵入を謀ったのだろう。コオロギが触覚を振り回す。
おはよ。爽やかないい天気だね。こっちへおいでよ。気温28度だから、声温度も28度に合わせて喋る。
空の青がたまらない。気温が低いので長袖をしている。もうすっかり秋の気配だ。
おはよ。おはようを聞いてくれる人に、会いたい。
ふん。会いたいと思うヒト属の人が、では、おまへに居るか。沈黙が流れる。居てほしい。
では、その人はすぐにでも会いに来てくれるか。来ない。いつまで待っていても、来ない。
おはよ。声に出してもう一度つぶやいてみる。
森の中の木の幹でもいい。頬を当てて、手を回して、この世にあるはずの愛情を抱きしめていたい。
そおっとそっと。コオロギを恐がらせないように、逃げて行ってしまわれないように。
部屋の畳にまで、何処から侵入を謀ったのだろう。コオロギが触覚を振り回す。
おはよ。爽やかないい天気だね。こっちへおいでよ。気温28度だから、声温度も28度に合わせて喋る。
空の青がたまらない。気温が低いので長袖をしている。もうすっかり秋の気配だ。
おはよ。おはようを聞いてくれる人に、会いたい。
ふん。会いたいと思うヒト属の人が、では、おまへに居るか。沈黙が流れる。居てほしい。
では、その人はすぐにでも会いに来てくれるか。来ない。いつまで待っていても、来ない。
おはよ。声に出してもう一度つぶやいてみる。
森の中の木の幹でもいい。頬を当てて、手を回して、この世にあるはずの愛情を抱きしめていたい。
へえ、そうなんでございます。見えないものはみんな<タマ・シイ>なんでございます。学者さま方はそれを識だとか、意識だとか阿頼耶識だとか、難しい名つけておられるようでございます。タマ・シイは、物質的には、つまり物質の眼鏡を通してみれば、空洞のからっぽで、そこに身を置けばからんからんとした乾燥音を立てます。ぜんたいが壁玉(ぎょく)のブルーグリーンの色をしています。
思惟する玉で、タマ・シイ。思惟が存在の中心でございます。見えているものはあれは思惟の陰影でございます。まあ、言い切ってしまえば、それは遊びのようなもの。玩具遊具のようなもの。苦しみだ悲しみだ、愛だ憎しみだ、損をした得をしたという具合に、そこそこ遊ばせてもらっているのでございますが、あくまでもその奥座敷に鎮座しているのは思惟の玉。それで全宇宙の存在を深めておるのでございます。わたしという単独の存在を深めているばかりではないのです。
全宇宙的存在が深められればそれだけわたし単独のそれは浅くてかまわなくなります。貧しくてかまわなくなります。わたしが偉くなったとか強くなったとか、或いはそうでないとかは問題にならなくなります。わたし単独が貧しくとも浅くとも、タマ・シイはちっとも恥ずかしがりません。広々として明るく温かいばかりです。へえ、思惟の陰影を、わたしやわたしたちや宇宙全体の暗さだとしなくともいいのでございます。
思惟する玉で、タマ・シイ。思惟が存在の中心でございます。見えているものはあれは思惟の陰影でございます。まあ、言い切ってしまえば、それは遊びのようなもの。玩具遊具のようなもの。苦しみだ悲しみだ、愛だ憎しみだ、損をした得をしたという具合に、そこそこ遊ばせてもらっているのでございますが、あくまでもその奥座敷に鎮座しているのは思惟の玉。それで全宇宙の存在を深めておるのでございます。わたしという単独の存在を深めているばかりではないのです。
全宇宙的存在が深められればそれだけわたし単独のそれは浅くてかまわなくなります。貧しくてかまわなくなります。わたしが偉くなったとか強くなったとか、或いはそうでないとかは問題にならなくなります。わたし単独が貧しくとも浅くとも、タマ・シイはちっとも恥ずかしがりません。広々として明るく温かいばかりです。へえ、思惟の陰影を、わたしやわたしたちや宇宙全体の暗さだとしなくともいいのでございます。
たましいのつましき食事する雲を入り日囲みて百舌鳥(もず)を鳴かする 李野うと
*
雲にはたましいがある。腹がへるときには、ぎょろりとした目をしている。雲はたましいの目もて食事をする。がつがつはしない。食べる量もつましいものだ。今日は何を食べたか。貧しい農夫と貧しい漁夫の働いている背中だ。お金持ちのそれを食べたっておいしくはない。食事中の雲を入り日が囲んでいる。天地のたましいが百舌鳥を呼んで来て鳴かせている。雲にばかりか、天地にもたましいがあるか。おお、あるともあるとも。
*
雲にはたましいがある。腹がへるときには、ぎょろりとした目をしている。雲はたましいの目もて食事をする。がつがつはしない。食べる量もつましいものだ。今日は何を食べたか。貧しい農夫と貧しい漁夫の働いている背中だ。お金持ちのそれを食べたっておいしくはない。食事中の雲を入り日が囲んでいる。天地のたましいが百舌鳥を呼んで来て鳴かせている。雲にばかりか、天地にもたましいがあるか。おお、あるともあるとも。
行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲
(行く秋を雲だけが流れていて、作者名が浮かんできません)
*
「の」が4連続してしだいに収縮していく。そしてぽっかりとぽっかりと一片の雲が秋を独り占めする。
大和の国には薬師寺があって、いまも変わらず厳かに仏舎利の塔が聳え立ち、「ゆ」「や」「や」のヤ行が風をこしらえて、ゆるやかに取り巻いている。
*
かって奈良には古い都があった。薬師寺は法相宗の大本山。680年、天武天皇の発願。白鳳時代、天平時代の仏教美術品も収められている。
法相宗は別名唯識宗。この世の一切の存在は識(こころ)の造りだしたものに過ぎないとした。その識の八番目に、全人類共通遺産の阿頼耶識(あらやしき)という識があるとした。
*
ここのみほとけは薬師如来、つまりお医者さまである。
ヒト属は病む。目を病み、口を病む。こころを病み、からだを病む。たましいを病み、思想を病む。
病まずにいられることはないか。ない。病んでいいのである。病んでみればそこに見えてくる仏がある。仏にゆだねていいことが分かる。
*
病む者にはどうしても医者がいる。仏さまとは、このお医者さまなのだ。従って、仏教の役割は医者の役割である。病む者のこころを元気にさせる教えである。
*
そんなことあんなことを一片の雲から考える。
秋風吹きたつ平城京の都の地に、いざや片雲の風に誘われ、とろりとろり行ってみたくなってきた。
(行く秋を雲だけが流れていて、作者名が浮かんできません)
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「の」が4連続してしだいに収縮していく。そしてぽっかりとぽっかりと一片の雲が秋を独り占めする。
大和の国には薬師寺があって、いまも変わらず厳かに仏舎利の塔が聳え立ち、「ゆ」「や」「や」のヤ行が風をこしらえて、ゆるやかに取り巻いている。
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かって奈良には古い都があった。薬師寺は法相宗の大本山。680年、天武天皇の発願。白鳳時代、天平時代の仏教美術品も収められている。
法相宗は別名唯識宗。この世の一切の存在は識(こころ)の造りだしたものに過ぎないとした。その識の八番目に、全人類共通遺産の阿頼耶識(あらやしき)という識があるとした。
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ここのみほとけは薬師如来、つまりお医者さまである。
ヒト属は病む。目を病み、口を病む。こころを病み、からだを病む。たましいを病み、思想を病む。
病まずにいられることはないか。ない。病んでいいのである。病んでみればそこに見えてくる仏がある。仏にゆだねていいことが分かる。
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病む者にはどうしても医者がいる。仏さまとは、このお医者さまなのだ。従って、仏教の役割は医者の役割である。病む者のこころを元気にさせる教えである。
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そんなことあんなことを一片の雲から考える。
秋風吹きたつ平城京の都の地に、いざや片雲の風に誘われ、とろりとろり行ってみたくなってきた。
海暮れて鴨の声ほのかに白し 芭蕉 「野晒し紀行」より
*
海が暮れてしまった。薄暗くなった足下を照らしてくれるのは渡ってくる鴨の声である。ぼんやりと仄かに白く涼しげな声が、今日一日の旅の疲れを癒やしてくれる。
*
芭蕉も旅人をしているが、海も旅をしている。遠いところから流れ着いている。それは渡ってくる鴨にしても同じだ。同じ身の上を3つ列べて、今日を慈しむとしよう。
*
ここには人が居ない。同行している弟子があいるはずだが、歌には現れてこない。地方地方には信奉者も待ち構えていただろう。芭蕉はこのときまだ41才の若さである。思いを届けたい人もいたであろうが、その仄かな女性の姿も現れてこない。
*
無常観に徹するにはこの方がましか。海を見て鴨を聞いてこころの白いキャンバスに眼前の風景を描く。季節は冬。鴨は北から渡ってくる。寄せる海の波も荒々しい。画家の芭蕉の夕暮れに、仄かに灯っているものは何であっただろう。
*
海が暮れてしまった。薄暗くなった足下を照らしてくれるのは渡ってくる鴨の声である。ぼんやりと仄かに白く涼しげな声が、今日一日の旅の疲れを癒やしてくれる。
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芭蕉も旅人をしているが、海も旅をしている。遠いところから流れ着いている。それは渡ってくる鴨にしても同じだ。同じ身の上を3つ列べて、今日を慈しむとしよう。
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ここには人が居ない。同行している弟子があいるはずだが、歌には現れてこない。地方地方には信奉者も待ち構えていただろう。芭蕉はこのときまだ41才の若さである。思いを届けたい人もいたであろうが、その仄かな女性の姿も現れてこない。
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無常観に徹するにはこの方がましか。海を見て鴨を聞いてこころの白いキャンバスに眼前の風景を描く。季節は冬。鴨は北から渡ってくる。寄せる海の波も荒々しい。画家の芭蕉の夕暮れに、仄かに灯っているものは何であっただろう。
旅行業者からの旅のお誘いがよく来る。紅葉の東北4日間なんていいだろうな。でも、障害者は一人ではパック旅行について行けないことになっている。介護者がついて面倒をみていないと、同行者の旅を邪魔してしまうからだ。駅でも空港でも、グループの歩くスピードについて行けない。車椅子を押してくれる人がいないといけない。介護者は都合二人分の荷物を持ちながら、尚且つ車椅子も押さねばならなくなるので、大変な重労働になるのだ。家内と二人だと、老老介護になってしまうので、それほど健康に自信が持てない家内も敬遠をしてかかることになる。といって、若い逞しい人を雇うわけにもいかない。そんな大金はない。そこで、結局は諦めてしまう。ときどき旅先で労力を提供して下さる方がいるが、今度はこっちが恐縮してしまって縮こまることになる。障害者の旅とはなかなか難しいのだ。
でも、十和田湖もいいだろうな。奥入瀬もいいだろうな。鳴子温泉もいいだろうな。パンフレットの紅葉風景を見て、それでその気分に浸るとするか。これだと人に面倒をかけないですむ。
でも、十和田湖もいいだろうな。奥入瀬もいいだろうな。鳴子温泉もいいだろうな。パンフレットの紅葉風景を見て、それでその気分に浸るとするか。これだと人に面倒をかけないですむ。
そのときわたしは
揚羽蝶がひらひら舞っているのを
眺めておりました
小雨が金柑の緑を濡らしておりました
はい
生きていたときのわたしの記憶は
これで全部です
それからもう何千億年もたちましたが
これだけの情景が
ずっとずっと
それからのわたしをあたためているのです
揚羽蝶がひらひら舞っているのを
眺めておりました
小雨が金柑の緑を濡らしておりました
はい
生きていたときのわたしの記憶は
これで全部です
それからもう何千億年もたちましたが
これだけの情景が
ずっとずっと
それからのわたしをあたためているのです
アフガニスタンにも戦争があって
ウクライナにも戦争があって
イラクやシリアにも戦争があって
イスラエルにも戦争があって
中国の奥地でも戦争があって
各地で人間の仲間を敵にして殺し合って
緑色の地球が砂漠になるまで憎しみが広がった
というのに
黒揚羽は小雨そぼ降るこの村里に下りてきて
のんびり飛び回っているだけじゃないか
恵比寿南瓜は黄色いラッパのような花を
午後の空に突き出して
畑一面で
平和の音楽を鳴らしているだけじゃないか
ウクライナにも戦争があって
イラクやシリアにも戦争があって
イスラエルにも戦争があって
中国の奥地でも戦争があって
各地で人間の仲間を敵にして殺し合って
緑色の地球が砂漠になるまで憎しみが広がった
というのに
黒揚羽は小雨そぼ降るこの村里に下りてきて
のんびり飛び回っているだけじゃないか
恵比寿南瓜は黄色いラッパのような花を
午後の空に突き出して
畑一面で
平和の音楽を鳴らしているだけじゃないか