人類の悲劇の象徴
破壊したのはクロアチア系民族主義者と言われるが、宗教がからむ民族間の憎しみは単一民族の我々の理解を超える感情だろう。現在も川を挟んでクロアチア人とイスラム系の人が別々に居住するという。橋のたもとには「93年を忘れるな!」と小さな石碑がある。橋や川の周辺のビル群にも痛々しい銃痕が無数に残っている。資料館で見たこの橋の物語で特に印象に残ったのは2004年の復元時、拾い集めた砕片を並べ、最後の一枚を誇らしげに嵌め込んでいる職人の表情だった。橋への深い愛情がひしひしと伝わる笑顔だった。
破壊された日はなんと9・11
橋のたもとの売店でDVDを買ってきた。橋が爆破される瞬間は胸が痛む。砕片を拾い集める人々や橋職人、完成時の祝祭行事等、苦労して集めたフィルムを繋ぎ合わせただけの素朴なDVDだが、観るだけで心臓がドキドキするリアルな出来だ。爆破当時の恐怖と人々の悲しみが伝わってくる。なんとキャプションに1993年9月11日とある。9月11日?同時多発テロも9・11だった。チリのクーデターも9・11だった。単なる偶然だろうか?
民族融和・共生の象徴に
緑の木々を背景にエメラルドの水面を跨いで映えるこの橋から突然一人の男性が観光客数人の前で飛んだ。背中からのダイブだ。なんと美しいフォーム!全身に力が行きわたっている。誰かが「ケナンさんだ!」と叫んだ。身体を拭き、衣服を着け、上がって来ると勿論握手攻め、その観客の中からケナンさんは若い女性の手を握った。「貴女が好き!」と言ってるようだったが、残念ながら女性は手を振りほどいた。民族が異なるようだった。民族意識が恩讐の彼方に雲散霧消する日はいつの日だろうか。美麗な橋、スタリ・モストが世界遺産に登録された理由は歴史的価値と民族融和の象徴(デジタル大辞泉)としてだという。それはそれは美しいこの橋が個民族の居住地を繋ぐのみならず人々の心もつなぎ、通わせ、笑顔を往来させる日が近いことを願ってやまない。(彩の渦輪)