眼下の風景 絵は彩の渦輪の本より矢川の家の窓から見下ろし家々に囲まれた道と畑の空間を子どもたちが声をあげながら群れで追っかけっこをしている。どんよりした曇り空に紅梅が満開、暖かくなったサインだろう。道に転がって戯れている者もいる。ふと少年時代を思い出した。履物は何をはいていたのだろうか。今は運動靴だがその頃は藁草履か下駄だった。冷たさなど念頭になかったなあ。天真爛漫さは時代を超えて子どもの天性だ。眼下の子どもたちは遊びに飽きたのか集団で帰って行く。加齢者は来るべき時が迫ると童心に帰るのか、幼いものが愛しく可愛く感じられる。動物も含めて小さなものに慈愛心が増し仏心に至ったとさえ感じる。特に子ども連れの母親だ。出会うと子育ての苦労が手に取るように判るので寒空の自転車3人乗りは大変だろうと同情する。我が一家でも通って来た道なのだが当時は当たり前と思って妻への同情心などなかった。年齢と共に希望と覇気が減り、弱いもの、幼い対象に思いが向かうのか。平穏な市井人だが健康で、家族に大きな心配ごとが無いせいか。(自悠人)